国立大学法人 和歌山大学

将軍が育った和歌山城

和歌山城は、秀吉の弟羽柴秀長によって1585年に築城が開始され、場所地名の岡山と和歌の浦とを合わせて「和歌山城」と命名されました。これが和歌山という地名の始まりです。その後浅野氏が天守閣等を改修、整備し、紀伊徳川氏が引き継ぎ、明治維新を迎えます。天守閣は1846年に焼失し、1850年に再建、また1945年に焼失し、1958年、現代の建築方法で再建されました。城郭内は国史跡に指定されています。

紀州徳川家と吉宗

紀州徳川家は、1619年に、徳川家康の第10男頼宣が初代藩主として紀伊国和歌山城に入り、成立。以降、第14代茂承まで14代続いた。

第5代藩主吉宗・第13代慶福(家慶)は将軍となった。

有名な将軍吉宗は、1684年紀州に生まれ、幼少年期紀州で育つ。幼名は源六・新之介。1686年初めて将軍にお目見え、これより主税頭と号す。翌年越前で3万石を拝領し、大名となる(現地へは赴任せず、紀州に在国)。1705年藩主就任。諱名は初め頼方、藩主就任後吉宗。1716年将軍就任。年号が享保と変わる。幕政改革を進め、幕府中興の祖といわれる。第13代将軍まで吉宗系統が続く。

一の橋・大手門

浅野氏時代、大手を北に変更する城下改造が着手され、徳川氏時代に京橋以北の本町筋を整備し、こちらが城の正面となった。内郭と三の丸に一の橋が架かる。1983年にかけ替え、復元。

岡口門

岡口門は、羽柴秀長が築城時から浅野氏時代の途中までの大手門。城の東部を「岡」と呼ぶので、この名が生じた。東に進めば古代以来の紀伊国の中心日前宮に到る。1957年国重要文化財指定。

紅葉渓

紅葉渓は、初代藩主頼宣が造営した西の丸にある池泉廻遊式庭園。1985年国の名勝に指定。

御橋廊下

政庁のある二の丸と藩主の憩いの場である西の丸とをつなぐ廊下橋。18世紀前半に造られ、近年まで失われていたが、2006年に復元された。

両郭に高低差があり、斜めに架けられている。珍しい作りである。

(バス停、公園前・市役所前・県庁前下車。城内は無料。天守閣入場のみ350円)

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