国立大学法人 和歌山大学

世界遺産「紀州山地の霊場と参詣道」

和歌山に、世界遺産(World Heritage)があることを、知っていますか。

かつて、「蟻の熊野詣」といわれるほど人々が列をなして巡礼に向かった「熊野三山」。日本で最も有名な僧の一人である空海が山中に開いた「高野山」。厳しい山岳修行で知られる「吉野・大峰山」。これらの霊場とそこへの巡礼道は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されています。

和歌山県では、全国で初めて世界遺産条例を制定し、人類のかけがえのない財産を護り、未来に引き継いでゆこうとしています。

紀伊・熊野

黒潮の流れる太平洋に突きだした紀伊半島は、複雑な海岸線で囲まれ、深い山地からは、何本もの川が流れだして海に注いでいる。温暖多雨の森は豊かな木を育て、この地域は、古くから「木の国」「紀伊」と呼ばれてきた。

都から隈にある半島南部は、熊野と呼ばれ、古代から霊的な聖地と見なされていた。

熊野三山・熊野詣

やがて、熊野信仰は、山中を流れる熊野川中流の本宮大社、河口の新宮・速玉大社、さらに、滝をのぞむ那智大社、あわせて「熊野三山」への信仰に集約され、三山は、仏教色の濃厚な山岳宗教の霊場として、現世と死後の安穏を求める巡礼者を集めるようになる。

古代の終わり、11世紀には、最高権力者であった上皇らによる熊野詣が繰り返され、さらに中世になると、熊野詣は、武士や庶民の間にも広がって、熊野道には巡礼者の列が続く。

熊野古道

都の京都から熊野三山に参詣するにはいくつかコースがあるが、現在の大阪から南下して紀州に入り、一部山中に峠をこえながら海岸沿いに田辺に至り、そこから山中に入って「中辺路」を辿って熊野三山に向かうという、1ヶ月ほどかかる巡礼道が一般的だった。

現在も中辺路は、かつて沿道に配置されていた「王子」と呼ばれる神社も含め、古代以来の巡礼道の面影を色濃く残しており、訪れる人々の心を洗ってくれる。

伝統を理由にいまも女性の入山を拒む大峰山には、フェミニズムの視点からの批判もあるが、熊野三山は古来、身分の上下も性別も問わず、また病や障害も問わず、あらゆる人々を受け入れてきた。熊野古道は、いま、外国人観光客も含め、多くの人々がそれぞれの思いをもって歩ける、開かれた巡礼道となっている。(中辺路へは、田辺からバスも利用できる)

高野山

一方、9世紀に活躍した有名な僧空海は、紀伊山地北部の高野山に金剛峯寺を開き、高野山には多数の寺院が建てられてゆく。杉などの森林に囲まれた山内には、国宝をはじめとする数多くの仏教文化財があり、一般の人が体験宿泊できる宿坊も多い。(JR和歌山線橋本駅から、南海高野線とケーブルカー)



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