ホームメッセージ住居の哲学 ――「教養」の来た道(104) 天野雅郎

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住居の哲学 ――「教養」の来た道(104) 天野雅郎

もともと和歌山の和歌浦に家を建てて、住もう、という気は、まったく無かった。と言うよりも、どこかに自分の家を建てて、住もう、という気が僕自身には、そもそも無かった、と言うのが正直な話である。なにしろ、今でも郷里に戻れば自分の生まれ、育った家が、あるし、僕自身が普段の生活を営む上で、いわゆる「マイ・ホーム」(my home=我が家)を必要とする理由は、ほとんど見つからないまま、いくつかの「アパート」(→アパートメント・ハウス→apartment house=共同住宅)や、実に恐れ多いことに、何と「大邸宅」を意味する「マンション」(mansion→manor house=領主館)に、恥ずかし気(け→げ)もなく、移り住んでいれば充分であったから。唯一の懸案は、引っ越しをする度に増え続け、置き場所を確保するのにも一苦労となる、膨大な本の山であった位(くらい)。

ちなみに、この位(くらい)という語は、その由来を遡ると、字面(音読→ジメン、訓読→じづら)の通りに、人が立つ(位=人+立)という意味であり、それぞれの人の位置や位階や、要するに、居場所を指し示す語であったけれども、その本来の意味は、もともと「神の位」(白川静『字訓』1987年、平凡社)を指し示す「座居」(くらゐ)のことであったから、そもそも起源的に、人の居場所は神の居場所に他ならない、という事実が理解できないままでいると、いつまで経っても君や僕(すなわち、人)は、みずから(←自づから←身つから)の居場所が分からないまま、途方に暮れるしかないであろうし、そこから派生的に、君や僕が家を建てて、そこに住み、暮らし、そこで日の暮(くれ=暗・眩)るのを経験する意味も、いつまで経っても分からないままであろう。......残念ながら。

ところで、このようにして僕自身は、これまで自分が過ごしてきた人生の、ほぼ半分を「アパート」や「マンション」という名で呼ばれる建物で送り、残りの半分は、いわゆる「マイ・ホーム」と称される場所で過ごしている。そして、そのような五分五分(フィフティー・フィフティー)の付き合いの中から、ようやく気が付いたことは、やはり「アパート」や「マンション」は字義どおりに、それが結局は「ハウス」(house)であって、決して「ホーム」(home)とは、なりえない、という事実であった。裏を返せば、そのような「ホーム」を欠いている状態(すなわち、ホームレス→homeless)は、必ずしも「アパート」や「マンション」を欠いていることと、同じではないし、それどころか、いっこうに「アパート」や「マンション」を欠いていなくても、起こりうる状況ですら、ある。

その意味において、僕は人が「アパート」や「マンション」に暮し続けることに対し、そのまま肯定的な判断を下すことの叶わない側である。もちろん、人には人の、それぞれの事情があるであろうし、そのような事情を個人の問題としてではなく、社会の問題として考えなくてはならい、という思いもある。また、いくら「マイ・ホーム」を建ててみても、それが結果的に、皮肉にも「ホームレス」状態を産み出す原因になってしまったり、そこから自分自身が、とうとう「マイ・ホーム」探しの旅に出る切掛(きっかけ)になってしまったり、することも、ざらに起こっている訳である。でも、そのような「マイ・ホーム」探しの旅に出た人が、決まって自分自身の「マイ・ホーム」を、それが段ボールであっても、ブルーシートであっても、自分自身の手で造ることになるのは、意味深い。

要するに、僕に言わせると「マイ・ホーム」とは、どこまで自分が自分の手で、その住居の建造に立ち会い、その住居を自分の手で拵(こしら)え上げようとしたのか、という点に掛かっている。その点において、すでに出来上がり済みの「アパート」や「マンション」が、僕にとって「マイ・ホーム」になることは、ありえない話であるし、それがインテリア(interior=内面)に関しては、いくら自分の好き勝手を許されていても、いっこうにエクステリア(exterior=外面)にまで、その好き勝手の手が届かない以上は、不十分なものでしか、ありえない。ましてや、それが賃貸の「アパート」や「マンション」であったとすれば、このような好き勝手自体が、内面的にも外面的にも、その幅を利かすのは不可能であり、不都合であり、下手をすると、裁判沙汰に陥り兼ねない有様である。

と言う訳で、僕自身は自分の家を建てた折、可能な限り、インテリアに関しても、エクステリアに関しても、自分で材料を揃え、自分で図面を引き、例えば――玄関ドアのデザインを考え、これをデッサンに描き、この位置にドア・ノブを、この部分にステンド・グラスを......と言った具合に注文を出し、これを建具屋さんに無理を言って、拵え上げて貰(もら)った訳である。当然、このような作業の中には、僕には決定的に出来ないことや、僕の無知や無能が災いして、まったく手の届かないことも、いろいろ生じてはくる。が、このような作業に自分自身の、手を抜くのか、手を抜かないのかが、おそらく「マイ・ホーム」と「アパート」との、あるいは「マンション」との違いであり、それが突き詰めれば、さらに「ホーム」と「ハウス」の違いであることも、明らかなのではあるまいか。

ところで、君は前回、僕が話題にした夏目漱石(なつめ・そうせき)が、若い頃、いわゆる文学者や作家になる前に、建築家(architect)志望であったことを知っていたであろうか? この間の事情については、漱石自身が「無題」という題(?)の講演で、当時(大正3年→1914年)の東京高等工業学校(現:東京工業大学)の生徒を前にして、自分自身の言葉で喋っているから、君も興味があれば、これも「現代日本の開化」と同様、岩波文庫の『漱石文明論集』に収められているし、それとも君が旧漢字の、その上に旧仮名遣いの『漱石全集』(第16巻)を繙(ひもと=紐解)く熱意があるのなら、ぜひとも建築と文学の繋がりについて、あるいは、その違いについて、漱石自身の言い分に耳を傾けて欲しい。残念ながら、講演自体は略記が残されているのみで、かなり分かり辛いけれども。

さて、このようにして建築(architecture)の話を書き連ねている内に、そろそろ紙幅も尽きてきた次第。そこで最後に、なぜ僕が建築に対して、具体的に言えば、住居に対して、僕の知識や技能からすれば、かなり不釣り合いな、言ってみれば、身分不相応の関心を持ち続けているのかを、君に伝えて、話を次回に繰り越そう。――理由は簡単である。建築とは、古代のギリシア以来、その字義どおりに、世界の根源(arche)へと通じる技術(techne)のことであって、それは単に大工(techton)の棟梁の仕事のことではなく、むしろ当時、この世界の根源を「水」に譬えたタレスや、それを「無限なるもの」と称したアナクシマンドロスや、さらに「空気」に擬えたアナクシメネスと同様の、まさしく「自然学者」たちの発言や行為や、ほかならぬ哲学に、相通じるものであったからである。

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