ホームメッセージ他人の数学 ――「教養」の来た道(106) 天野雅郎

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他人の数学 ――「教養」の来た道(106) 天野雅郎

自分(ジブン=呉音)や自身(ジシン=呉音)や、小難しく(それとも、小賢しく)言えば、自己(ジコ→ジ=呉音、コ=漢音)という名で呼ばれる人(......さて、何という名で呼んだら、よいのでしょうか?)がいて、それは差し当たり、君や僕以外の、誰のことでもないけれども、よく考えてみると、君や僕は決して独(ひとり=一人)の人(ひと)という形で、この世に存在している訳ではなく、君や僕の周囲には、いつも決まって君や僕以外の、外(ほか)ならぬ他(ほか)の人、すなわち、その名の通りの他人(タニン=呉音)がいて、むしろ日本語の歴史に即して言えば、このような「ひと」の「原義は他人であり、客観的には自己をも意味し、その自他を合せて、のち人間一般をいう語となる」(白川静『字訓』1987年、平凡社)のが順序である。――はじめに、他人(ひと)ありき。

論より証拠、このように白川静(しらかわ・しずか)が述べている、その典拠に挙げられている用例を、例えば『万葉集』(巻第13)から拾い上げてみると、それは「磯城島(しきしま、原文→式嶋)の/大和(やまと、原文→山跡)の国(くに、原文→土)に/人二人(ふたり、原文→二)/有(あ)りとし念(おも)はば/なにか嗟(なげ)かむ」(3249)という相聞(ソウモン=呉音)である。要するに、このようにして日本語では、もともと人(ひと)が特定の、ある誰かを指し示す語として使われており、しかも、それは何処(どこ←いどこ←いづこ←いづく)の、誰でも構わない人では、断じてなく、その人は文字どおりに、この大和(=日本)の国に二人とは存在していない、それどころか、世界中を探しても、宇宙中を探しても、決して見つけることの出来ない、一人の人なのであった。

そうであるからこそ、そのような人(ひと=他人)に恋(こひ=孤悲)をする時に、君や僕は決まって、その誰かが、別の誰かに置き換えることの叶わない、その意味において、まさしく「掛け替えのない」人であることを知り、知らざるをないことになる。また、そのような誰かが、何と困ったことに、君や僕の前から忽然(呉音→コチネン、漢音→コツゼン)と姿を消してしまうことになったら......それが「生き別れ」という形であっても、あるいは「死に別れ」という形であっても、君や僕は取り返しの付かない、どうしようもない、決定的な喪失感や空虚感を経験することになる。世の中には、いくら星の数ほど、人がいても、片の付かない話もあるのである。――「うちひさす/宮道(みやぢ)を人は/満ち行(ゆ)けど/吾(あ)が念(おも)ふ公(きみ)は/ただ一人のみ」(2381)

そして、そのような人と人とが、お互いに言葉を連ね合い、これを交し合う中から、日本(音読→ニホン・ニッポン、訓読→やまと)の歌(すなわち、和歌←大和歌←倭歌)は生まれてきたのであって、仮に君が和歌(音読→ワカ、訓読→やまとうた)山で、日々、和歌山大学の学生(呉音→ガクショウ、漢音→カクセイ、混交→ガクセイ)として過ごしているのなら、やはり君は「和歌山」の、その名に冠せられている「和歌」にも興味を持ち、これを嗜(たしな)むべきではないのか知らん、と僕は思うけれども、さて君の、興味のアンテナ(antenna=触角)は100年単位(century)であろうか、それとも10年単位(decade)であろうか、いやはや、それは実に今風に、わずかに君の周りの、ほんの小さな単位(年、月、週、日、時、分、秒......)の中を、慌しく動き回るだけであろうか。

ところで、最初に引用した『万葉集』の相聞には、次に掲げるような長歌(3248)が、まず置かれていて、その後に、さきほどの短歌(5・7・5・7・7=31文字)が並べられている。君も知っての通り、このようにして『万葉集』には大きく三つの、相聞と挽歌(音読→バンカ)と、それから雑歌(音読→ゾウカ)と呼ばれる、いわゆる部立(ぶだて)が存在している訳である。なお、その内の雑歌は文字どおりに、くさぐさ(=種々)の歌の意味であり、これが『万葉集』では、いちばん格が上の、公(おほやけ=大宅)の歌を指し示す語であって、その逆に、相聞と挽歌は私(わたくし)の、個人としての恋慕の情や、あるいは親愛の情や、ひいては、その情(音読→ジョウ、訓読→なさけ)の始まりや終わりや、心変わりや裏切りや、さらには死に至るまで移ろいを、表現するものであった。

 

式嶋(しきしま)の、山跡(やまと)の土(くに)に 〔この、日本という国に〕

人、多(さは)に満ちて有(あ)れども 〔人は、いくら満ち溢れていても〕

藤浪(ふぢなみ)の、思ひ纏(もと)ほり 〔思いは、からみつく、藤浪のように〕

若草の、思ひ就(つ)きにし 〔思いは、もえいずる、若草のように〕

君が目に、恋ひや明かさむ 〔あなたの目に、ひたすら恋して〕

長き、此(こ)の夜(よ)を 〔この、長い夜を明かすのでしょうか〕

 

さて、このようにして今回も、かなり七(しち)面倒臭い話で、このブログの筆を、僕は執(と)り続けてきたことになるのであるが、この一連の文章(「教養」の来た道)も、どうやら今年は今回で、お仕舞いにせざるをえないから、あまり七(!)くどい話や、七(!)むずかしい(○→むづかしい、×→むずかしい)話は止めにして、むしろ最後は、六借(むつかし=難)くない、六(ろく=陸)でもない話で、お茶を濁すのが叶うのであれば――それはそれで、結構この上ない話であるのかも知れないけれども、残念ながら、僕の頭の中には年がら年中、このような数字の連なりが駆け巡っている訳であって、突き詰めれば、それは一種の「数学」(mathematics)でもあり、この語の原義(ギリシア語→mathematike techne)の通りに、すべての人の「学習技術」でもあるから、ご容赦を。

ちなみに、この数回、僕が引き合いに出し続けている、漱石(ソウセキ→「石に漱〔くちすす〕ぐ」人→負け惜しみが強く、いつも「屁理屈」ばかりを言っている、変わり者)こと夏目金之助(なつめ・きんのすけ)も、このような形で「数学」を捉え、生涯、そのような「数学」と関わり合った人なのではないか知らん、と僕は思っている。が、そもそも君は夏目漱石の、例えば『坊つちやん』の主人公が、当時(明治38年→1905年)の「四国辺〔へん〕の〔、〕ある中学校」に、ほんの一月余りしか勤務しなかった(!)「数学の教師」であることを知ってはいても、かつて漱石自身が若い頃、いたって「数学」が苦手であり、当時の「大学予備門」の入学試験にはカンニング(cunning=ズル)をしたり、授業中には黒板の前で立往生をし、落第までしたりしたのは、知らなかったに違いない。

もっとも、このような話は漱石自身が、後年になってから暴露している話であり、決して僕が興味本位に、いろいろ穿鑿(せんさく)をしている訳ではないから、君も誤解をしないで欲しいけれども、ひょっとして君が夏目漱石の、このような一面にも関心を示せるのであれば、ぜひ『漱石全集』(岩波書店)の中から、その紀行(第8巻「満漢ところどころ」)や談話(第16巻「落第」)のページを、君自身が捲(めく)ってくれると有り難い。そうすれば、君は夏目漱石が数学に関しても、やがて悪戦苦闘の末、優秀な成績を収めることになった事実を知ることになるであろうし、何よりも君自身が、まったく数学には興味の持てない側であっても、きっと君は数学が、君自身の生きることや......その必然の裏返しとして、恋することや死ぬことに、直結する学問であることを、知るはずである。

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