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よむ、ということ ――「教養」の来た道(117) 天野雅郎

この所、僕は君に日本語の、歌(うた)に関する話をしていて、いささか引っ掛かっている点がある。と言い出せば、それが今回の表題の「よむ」という語についての拘(こだわ)りであることを、すでに君は了解済みであろう。また、それが差し当たり、辞書を引くと、例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)にも二通りの、漢字表記で「読(よ)む」と「詠(よ)む」と書かれている――その、いわゆる「よむ」という語の漢字表記への拘泥(コウデイ)であることも、ひょっとすると君は察し好く、分かってくれているかも知れない。でも、そのような漢字表記が単純に、この二通りの漢字表記のみの話で収まりが付くのであれば、それはそれで、それほど僕を悩ませることのない、言ってみれば、あのビュリダンの驢馬(ロバ)にならなければ済む程度の、悩みであったに違いない。

ところが......と、その漢字表記の話を始める前に、まず僕は恒例の、いつもの『日本国語大辞典』を引き、この「よむ」という語が実は、おそらく君が予想しているであろうよりも、はるかに多くの意味を含み持つ語であることを、君に知っておいて貰(もら)いたく、以下に逐一、そのまま『日本国語大辞典』の順番に即しつつ、その語釈を列挙しておくことにしたい。 1 声に出して一つ一つ区切りながら言う。 ㋑(一つ、二つ、三つ...のように)声に出して順にたどって数え上げていく。かぞえる。 ㋺(歌・詩・教典・文章などを)声をたてて、一区切りずつたどりながらいう。声に出して唱えていく。唱えて相手に聞かせようとする。 2 詩歌をつくる。詠ずる。 3 文章など書かれた文字をたどって見ていく。また、文章・書物などを見て、そこに書かれている意味や内容を理解する。

さて、いかがであろう。まず君は、この「よむ」という語が元来、これまた『日本国語大辞典』の説明に従えば、もともと「声に出して〔、〕ことばや数などを、一つ一つ順に節をつけるように区切りを入れながら(唱えるように)言う行為を表わすのが原義」であることを、知っていたであろうか。多分、知らなかったのではなかろうか。なぜなら、君や僕が現在、この「よむ」という語を使う時には、それが本であれ、雑誌であれ、新聞であれ、これらを黙って「よむ」のが通例であって、これらを声に出して「よむ」のは、端的に言えば大人ではなく、子供の行為であるかのように見なされているからである。実際、君や僕が子供の頃には、まさしく「一つ、二つ、三つ」と、声に出して数を数えることしか出来ず、それを大人になって振り返ると、何とも幼稚に、感じられてしまうように。

ところが、そのように幼稚な、子供っぽい――と、目下の君や僕に見下されている、何か(とりわけ、文字)を「よむ」という行為が、実は逆に、この「よむ」という行為の本来の形態であり、そのような形態を人間は、一人の人間の人生においても、人類の全体の歴史においても、延々と繰り返し、今に至っているのであって、例えば僕自身も、このようにして普段、君に文章を送り届けるべく、文字を書き連ねている最中(さなか)にも、結構、小さい声や大きい声を(......^^;)口から出して、僕はパソコンのキーボードを叩いている訳である。もっとも、それを僕の幼児性に起因する行為と、見なすことも可能であろうが、それでは僕の文章は、こましゃくれ(→こまっしゃくれ、こまっちゃくれ)の程度が酷(ひど)過ぎて、可愛気(かわいげ)のない文章であることの説明が付くまい。

ともかく、このようにして日本語では、それどころか、日本語以外の、すべての言語において――と僕は言い切るけれども、そもそも「よむ」という語は人間が、黙って何かを「よむ」という行為を指し示す語ではなく、むしろ反対に、もともと人間が声に出して、その何かを「よむ」という行為を指し示す語であったことを、君も僕も、しっかり受け止めておく必要がある。事実、例えば白川静(しらかわ・しずか)の『字訓』(1987年、平凡社)で「よむ」の語を引くと、そこには「数を数えることを原義とする。暦(こよみ)は「日數(かよ)み」の意。数えるようにして、神に祈り唱え申すことを詠(よ)むという。数えるにしても唱えるにしても、いずれも声を出して〔、〕いうことであった。「呼ぶ」とも関係のある語である。のち、しるされた文を読む意となる」と述べられている次第。

したがって、僕が先刻、列挙しておいた、あの『日本国語大辞典』の語釈の順序を、そのまま 1 から 3 へと、君は歴史的(すなわち、本来的)に辿り直す必要がある。裏を返せば、これを逆転して 3 から 1 へと、非歴史的(すなわち、非本来的)に「よむ」という語を理解し、あまつさえ(←あまっさえ←あまりさえ)そこから 1 や、下手をすると 2 の理解までもが抜け落ちてしまう、はなはだ危険な「よむ」という行為との付き合いを、昨今の君や僕は繰り返しているし、繰り返さざるをえない窮地に陥っている。論より証拠、君や僕は困ったことに、悲しいことに、もはや「詩歌をつくる」ことも「詠ずる」ことも、ほとんど出来ないばかりか、出来たとしても、それを無言の、まるで沈黙の苦行から産み出された、文字の羅列であるかのように錯覚しているのが、実情である。

このようにして振り返ると、ちょうど『日本国語大辞典』にも『字訓』にも、まったく同じように、用例として挙げられている、以下の『万葉集』(巻第十七、3982)の大伴家持(おおとも・の・やかもち)の歌......いわゆる「恋緒」と「恋情」の歌の中には、まさしく「よむ」という語によって、君や僕が声に出し、声を出し、歌を「よむ」という行為を繰り返さざるをえないことが、告げ知らされているのであって、しかも、そこには何層もの意味で、この「よむ」という行為が重なり合い、反復され、こだま(谺→木霊・木魂)をし続けていることが、窺われうる。その点において、あらゆる歌は「よむ」という行為を通じて、これを潜り抜けることで、必然的に「数(よ)む」ものでもあれば「詠(よ)む」ものでもあり、そして、また「読(よ)む」ものでもあったことになるのである。

 

春花(はるはな)の/うつろふまでに/相(あひ)見ねば/月日よみつつ/妹(いも)待つらむそ

 

なるほど、この歌においても、君が原文(いわゆる、万葉仮名)で「よみつつ」を、そのまま「余美都追」として受け止めることができるのか、どうかは重要であり、この歌の理解にとっても、それは望ましい条件であったに違いない。なにしろ、この歌が作られた時、天平十九年(747年)に大伴家持は、現在の富山県高岡市にあった、越中の国の国庁に国守として単身赴任中であり、そこから「余」りにも「美」しい「都」の姿を思い描き、それを夢の中にまで「追」い求め、そこに残してきた、妻(大伴坂上大嬢)のことを偲ぶのが、この歌の主旨であったから。でも、そのような文字に関する理解を飛び越えて、はるかに歌は遠く離れた、この二人の恋人を結び付け、文字どおりの歌(うた)としての機能を果たしえたのではなかろうか、と僕は思うけれども、さて君は、いかがであろう。

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