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虚・虚・実・実 ――「教養」の来た道(13) 天野雅郎

虚虚実実(キョキョジツジツ)という言い回しがある。今回は最初に、まず恒例の儀式の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引くことから始めると、そこには「虚」が「備えのすき」を意味し、これに対して「実」は「堅い備え」を意味する、という前置きがあり、その次には「相手の虚をつき、実を避けるなど、計略、秘術を尽くしてわたりあうこと。虚実」という語釈が置かれ、その後には『信州川中島合戦』の用例(「切込む刀の虚々実々、謙信呉子が秘術をつくせば、信玄孫子が心をねり」)が付け加えられている。したがって、この語は元来、江戸時代の中期の用語であったことが分かる。と言うのも、この用例は近松門左衛門の、いわゆる時代物浄瑠璃の傑作の一つであり、享保6年(1721年)に大阪(当時の表記は、大坂)の竹本座で上演されたのが、その初演であったから。

と書けば、この時点で君は、川中島だの、謙信だの信玄だの、おまけに近松門左衛門だの、ほとほと興味を失いつつある側であろうか、それとも逆に、これらの語の交響(シンフォニー)の中から、ワクワクする、ドキドキする……それどころか、文字通りの「血湧き肉躍る」興奮の前触れを、感じ取りつつある側であろうか?どちらでも構わないけれども、よもや君が関西人であり、いわんや大阪人であるならば、近松門左衛門の操人形浄瑠璃(すなわち、文楽)に対して、関心が無いとか、面白味に欠けるとか、ぶったまげることを言わないで欲しい、とは願っている。ちなみに、この「ぶったまげる」という日本語は、漢字で書けば「打魂消」となり、もともと「魂消(たまげる)」の強調形であったので、それは僕の魂(たま→たましい)が消えるほどの、凄まじい驚きを表現している。

なお、この「たまげる」という語も『日本国語大辞典』で、ついでに調べてみると、そこには「げる」が「きえる」の変化形であることを、あらかじめ説明してから、ほとんど「たまげる」と類似の表現である「肝(きも)を潰(つぶ)す」が、語釈の冒頭に掲げられ、さらに続いて「驚く。びっくりする。仰天する」という語釈が並べられた後、最後に「たまぎる。たまがる」という「たまげる」の兄弟(姉妹?)が顔を揃えている。また、このような「たまげる」は近畿周辺の「びっくるする」を中心にして、その外側には「おびえる」が、さらに外側には「たまげる」が、まるで蝸牛(かたつむり)の殻のように、同心円状にグルグルと分布する、方言の一つであったことも指摘されている。――君は、これまで「びっくりする」が方言(!)であったことに、気が付いていたかな?

もっとも、このような方言の分布は歴史的に、それぞれの語が文献に登場する時代や順序とは、必ずしも重なり合わないらしく、ここでも『日本国語大辞典』の助けを借りると、どうやら奈良時代の「おびゆ」(→「おびえる」)と「おどろく」が最も古く、次が平安時代の末期の「たまげる」や「たまぎる」や「たまがる」であり、結果的に、いちばん新しいのは室町時代の末期の「びっくりする」であったようである。僕自身は、個人的に「おどろく」が音(おと)に由来し、例えば「オドロオドロ」に通じる点も含めて、好みであるけれども、例えば郷里の、僕の父の口から「びっくりする」という語は聞いた覚えが無く、いつも耳にするのは「おべる」や「おべはつける」という出雲弁である。

ところで、これまで君は何度か、近松門左衛門の名を耳にしたことがあっても、その作品を実際に読んだり、聴いたりしたことは、なかったのではなかろう?そのような君への道標(みちしるべ)として、ここで簡単な紹介をしておくと、そもそも彼(本名:杉森信盛)は武家の出身であり、武士の身分でありながら、それに背いて浄瑠璃や歌舞伎の脚本家となった人物であって、その経歴を知るだけでも、単純に君には驚いて……と言うよりも、肝を潰したり、減らしたり、飛ばしたり、その果てには仰天し、天を仰いだりして貰いたいのであるが、そのような彼の作品は、今回の虚虚実実の用例に挙げられている『信州川中島合戦』のような時代物と、まったく同じ年に、同じ竹本座で上演された『女殺油地獄』のような、いわゆる世話物(せわもの)とに、大きく分かれている。

世話物と呼ばれているのは、その双璧である『曽根崎心中』と『心中天網島』からも窺える通り、物語の辿り着く先には「心中」が待っている、当時の男女――それも、主として町人の男女の情念(パッション)や、いわゆる義理と人情の板挟みを表現したものであり、手っ取り早く言えば、当時の「現代劇」のことである。これに対して、時代物と呼ばれているのは、そのような彼らの生きている時代を離れて、例えば『信州川中島合戦』であれば戦国時代の、あるいは『出世景清』であれば鎌倉時代の、それぞれ人物や事件を題材にして描かれた、文字通りの「時代劇」のことである。もちろん、この「時代劇」や「現代劇」という語は新しく、20世紀を待たなくては姿を見せない語であるけれども、それぞれの語の内容は、それほど時代物や世話物と比べて、変わってしまった訳ではない。

さて、このようにして話を続けてくると、どうやら今回は太宰治の登場の機会が無いのか知らん、と君は早合点をしている側であろうか、それとも、そろそろ僕の話の伏線に気が付いて、かなり太宰治と近松門左衛門は似ている、と感じ出し、これから僕が取り上げようとしている人物についても、君は察しを付けてくれている側であろうか?確かに、僕が今回、虚虚実実(「相手の虚をつき、実を避けるなど、計略、秘術を尽くしてわたりあうこと。虚実」)を話題に選んだのは、それが君の虚(「備えのすき」)を衝き、君の実(「堅い備え」)を避け、ノラリクラリを装いながら、そこに「切込む刀の虚々実々、謙信呉子が秘術をつくせば、信玄孫子が心をねり」……お互いの「計略、秘術を尽くしてわたりあうこと。虚実」を、願わくは君と共に、楽しみたかったからに他ならない。

お仕舞(しまい)に、今回も僕の性懲りも無い、懐旧談を披露しておくと、僕は前回、太宰治と自分自身の読書体験の違いに触れ、その違いの理由が今一つ、腑(ふ)に落ちない点を述べておいたが、よく考えてみると、それは彼と僕の間の、家族制度や教育制度の差に起因するものではなかろうか、と思い直している。と言うのも、きっと幼少の頃、僕の母を通じて、僕にも生涯で最初の読書体験が訪れたはずであるが、その時分のことを振り返ると、そこには僕の祖母の口を通じて流れ出し、その頃の僕には皆目、訳の分からなかった物語が、今の僕の耳には届いてくるからである。しかも、それは想い起こせば、近松門左衛門の時代物(『夕霧阿波鳴渡』)を書き改め、明和5年(1768年)になって竹本座で上演された、浄瑠璃(『傾城阿波鳴門』)の一節であった次第である。

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