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アダム・スミス 大学を楽しむ ――「教養」の来た道(136) 天野雅郎

アダム・スミスがグラスゴー大学の学生であったのは、これまで幾度か、君に伝えてきたように、1737年から1740年までの、足掛け四年の間である。が......当然、ヨーロッパの大学の学年の始まりは秋(10月)であるから、厳密に言うと、彼がグラスゴー大学に籍を置いていたのは、わずか二年八箇月であったに過ぎない。と言ったのは、やがて彼は1740年6月、グラスゴー大学(と言うよりも、スコットランド)を離れ、オックスフォード大学(と言うよりも、イングランド)へと旅立つことになるからであり、この間の経緯については次回以降、僕は君に、その話を聴いて貰(もら)う予定である。とは言っても、この転学が結果的に、彼の大学中退(!)を意味していた訳ではなく、むしろ卒業を意味していたことは、現時点で君に、報告を済ませておく方が好都合であるのかも知れない。

すなわち、アダム・スミスはグラスゴー大学で、どうやら「学位をとるのに必要な課程を修了しなかった」(ジョン・レー『アダム・スミス伝』)のではなく、それどころか、逆に「1740年には、非常に優秀な成績でグラスゴー〔原文:グラスゴウ〕大学を卒業し、文学修士号を取った」のが、実情であるらしい。――と、このように書き記しているのは、W.L.テーラーの『ハチソン〔原文:ハチスン〕・ヒューム・スミス』(2007年、三恵社)であるが、これを事実として踏まえると、君や僕が目下、やっと24歳で取得し、それにも拘らず、その際の「修士」(すなわち、マスター)という名(master→magister→巨匠!)には、おそらく一生を費やしても手が届かないであろう、文学修士(Master of Arts→Artium Magister)の称号を、すでにアダム・スミスは17歳の折に、手に入れたことになる。

ちなみに、このような修士号の上には、さらに博士号(doctors degree)があって、この称号を持っていないと、大学の教員になれなかったり、一人前の研究者として認められなかったりする、実に驚くべき状況の中に、君や僕は置かれている。そして、そのようにして手に入れた、虎の子の博士号が何と、単に「運転免許証」程度の効力しか発揮しえないのであるから......空いた口が塞がらない。とは言っても、そのような博士号を例えば、夏目漱石(なつめ・そうせき)のように辞退(!)する勇気が、君や僕に残されている訳ではあるまいし、あるいは自分自身、一度として勉強したことのない哲学(philosophy)が、自分の学位(Ph.D.→Doctor of Philosophy→Philosophiae Doctor→哲学博士)に宛がわれていても、そのことを不審に思い、恥かしく感じる神経も、絶滅寸前であろう。

このような事態は、もともと大学(university→universitas)がヨーロッパの中世において、わずかに最初は、神学部と法学部と医学部からスタートをし、この三学部においてのみ、もっぱら博士(ドクター)の誕生していた時代が、長らく続いていたことが尾を引いている。裏を返せば、そこに後から、新参者の博士として加わったのが、この「哲学博士」(ピー・エイチ・ディー)であり、そこには広く、いわゆる人文科学と社会科学と、それから自然科学の、多くの学問領域が含まれることになる。したがって、このような事態はヨーロッパから、全世界に向けて「大学」が輸出され、雨後の筍(たけのこ=竹の子)のように生え出した、19世紀以降の出来事であって、それは皮肉にも、これらの学問領域が悉(ことごと=尽)く、教養学部に含まれていた時代の名残(なごり)なのである。

もっとも、僕自身は世間で、このような大学の卒業資格(graduation=学位授与)が何かと取沙汰(とりざた)され、それが世間体(セケンテイ)に即して言えば、ある誰かの「死活問題」にも繋がっており、その人にとっては大学の卒業資格があるのか、ないのかが――文字どおりに死ぬか活きるかの、切実な問題であることに理解が及ばない訳ではない。が、ここで再度、夏目漱石の言い回しを借り受けるならば、それは死ぬか活きるかの問題ではなく、活きるか活きるかの問題であり、むしろ重要なのは、その人が大学生の時に何を学び、どのような知識や技能を身に付けたのか......という点に話は尽きるのではなかろうか、と考えているので、仮にアダム・スミスが大学を卒業していても、していなくても、まったく問題にならない、と思っているけれども、さて君は、いかがであろう。

その意味において、アダム・スミスが大学生であった折、興味を持ったのがギリシア語と数学と、とりわけ道徳哲学(モラル・フィロソフィー)であったことは、あらためて振り返られて、しかるべきであろう。なぜなら、この三つの科目は揃って、いわゆる「専門科目」ではなく「教養科目」であり、言ってみれば、当時のグラスゴー大学の看板教授であり、名物教授であった三人(アレグザンダー・ダンロップ、ロバート・シムソン、フランシス・ハチソン)の開いていた、まさしく「リベラル・アーツ」(liberal arts)の授業であったからである。――要するに、このようにして後日、あの『道徳感情論』と『国富論』の著者となり、やがて「経済学の祖」と讃えられることになる、アダム・スミスの原点は、このような大学時代の「自由学芸」の中から芽吹き、花を開いたことになる。

言い換えれば、仮に君が和歌山大学の、どの学部(教育学部? 経済学部? システム工学部? 観光学部?)に所属していても、そこで君が汲々(キュウキュウ)として、それぞれの学部の「専門科目」を受講し、その単位を揃えることに齷齪(アクサク→アクセク)しているだけでは、おそらく君は大学の、いちばん大切な「教育の目的」を置き去りにしてしまっているのではあるまいか。......と、このように警鐘を鳴らしているのは、これまたアダム・スミスと同様、20世紀の「経済学の巨人」と称された、あのジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)であるけれども、彼が日本人(すなわち、君や僕)へのメッセージとして届けた『おもいやりの経済』(1999年、たちばな出版)には、以下のような一節(「人生を満喫するための教育」)が含まれているので、ご参考までに。

 

教育の目的は二つあると思う。一つは、仕事に直接結びつくような、実践的な知識や技術が身につくように、個人個人を訓練すること。あるいは、少なくとも職にありつけるような準備をすることである。実は、二番目の目的の方が一番目の目的よりも重要である。それは、人生を満喫するために、いろいろな可能性の扉を開ける〔原文:開けてあげる〕ことである。〔中略〕ここで気をつけなければいけないことは、効率や生産性を追求するあまり、教育の〔、〕もっと本質的な目的を忘れてはならない〔、〕ということである。科学、文学、音楽、芸術などといった人生のあらゆる面の楽しみ方は、教育を通じてしか学ぶことができないのだ。世界中の言語や多様性、異質なものを楽しむための〔、〕きっかけを与えてくれるのも、教育なのである。

 

要するに、このようにして「レベルの高い教育を受けた者には、レベルの高い仕事や、高収入への道が開かれるばかりでなく、毎日の生活の中で、より多くの楽しみを享受するチャンスも与えられる」のであって、単に「仕事を獲得したり生産力を高めるためだけの教育ではなく、この地球上での限られた人生(時間)を謳歌するための教育であって欲しい」と訴えているのが、ガルブレイスの「おもいやり(compassion)の経済学」であった次第。――と言う訳で、僕は今回、期せずして、アダム・スミスとガルブレイスの、この二人の「スコッチ気質」(the Scotch)の持ち主を、引き合いに出すことになったのであるが、そこに実は、もう一人の「スコッチ気質」の持ち主が名を連ねていたことを、君は察してくれているであろうか。そうであれば、僕はスコッチ(......^^;)嬉しいけれども。

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