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アダム・スミス 蛍雪の歌 ――「教養」の来た道(139) 天野雅郎

昨今、事あるごとに持ち出され、よく事の真相が分からないままに使われて(使わされて?)いる、日本語が多いので困っている。例えば、ミッション。――と言い出すと、僕のように子供の頃、我が家の近くにあり、女優の田中美佐子(たなか・みさこ)も通っていた、僕には縁遠い「ミッション・スクール」のことを想い起こし、この語を今でも、キリスト教の伝道や布教の意味で理解している側からすると、いわゆる「使命」という形の一般的用法や、それに先立つ軍事的用法には、とても違和感を覚え、居心地の悪いものを感じざるをえないのが正直な所であり、その意味において、ついつい今回も昭和四十五年(1970年)の流行歌(鶴田浩二『傷だらけの人生』)が、僕の頭を過(よぎ)ってしまった次第。......「こんなことを申し上げる私も/やっぱり古い人間でござんしょうかね」

 

何から何まで 真っ暗闇よ

すじの通らぬ ことばかり

右を向いても 左を見ても

莫迦(ばか)と阿呆(あほう)の からみあい

どこに男の 夢がある

 

と、このような「古い人間」の側からすると、昨今、いちばん気になっていて、それにも拘らず、そのことを口に出すと、何やらKY(ケーワイ→「空気を読め」!)のような目(白い眼→白眼視)で睨まれてしまったり、はなはだ場違いな、いけないことを喋り始めたかのようで、憚(はばか)られざるをえなかったりするのが、いわゆる「学び」という日本語である。――と言う訳で、この一連の文章(「教養」の来た道)では随分、久し振りになるけれども、例の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で「学び」の語を引いてみると、そこには最初に、この語の成り立ちの簡単な説明(動詞「まなぶ(学)」の連用形の名詞化)があり、その後には以下の四つの語釈が置かれているから、ご参考までに。「①まね。②まねごと。本式ではなく形ばかりに行なうこと。③訓練。練習。④学問」

なお、この四つの語釈は一応、年代順に並べられていて、①には鎌倉時代の用例が、②と③と④には、いずれも江戸時代の用例が挙げられている。が、厳密に年代を遡ると、③が17世紀、②が18世紀、④が19世紀の用例となり、この順序で並べ替えると、目下の私たちの「学び」の語釈に即した、遠近関係が生じることになる。ただし、最後の④の用例(『古道大意』)には「ちよこざいな学びを為て......」とあるように、この「学び」という語が原則的に、そのまま①の「まね」や②の「まねごと。本式ではなく形ばかりに行なうこと」を、踏まえた使い方をされてきたことが窺われうる。と言うことは、端的に言えば、この「学び」という語は③の「訓練。練習」においても、あるいは④の「学問」においても、それほど評価の高い、評判の好い「学び」では、なかったのではあるまいか。

もちろん、僕自身は現在の、いわゆる「学び」という語が翻訳語であり、このような伝統的な日本語(すなわち、やまとことば)の「学び」の歴史からは逸脱したものであることを、知らない訳ではないし、そのような近代的(modern)な「学び」の裏側には、いつも英語の learning という語が貼り付いていることも、知らない訳ではない。けれども、この英語(ラーニング)を日本語で「学び」と置き換えてしまえば、そこには必然的に、この語の対に「教え」という日本語が浮かび上がらざるをえないし、そこから続けて、このペア(pair)からは派生的に、あの「教(おしえ)の庭」や「学(まなび)の窓」が導き出されざるをえないことも、君や僕は明治十七年(1884年)以降、この『仰げば尊し』という歌を何度も、卒業式で歌い(歌わされ?)続けてきたから、充分に分かるはず。

ところで、そのような英語の learning という語が、もともと広く、学習一般を指し示す語となる前には、この語が具体的に「読書」の意味であったことを、君は知っていたであろうか。――裏を返せば、この語は目下、例えば「アクティヴ・ラーニング」という形で、君や僕の周囲に溢れている、煩(うるさ=五月蠅)いまでの呼び声とは逆に、君や僕が普段、静かに本を手に取り、そのページを捲(めく)り、線引きをしたり、書込みをしたり、メモを取ったり、ノートを作ったりしている、そのような日常茶飯の、ありふれた繰り返しの中に、とっくに君や僕の能動性(activity)は宿っており、そこに生き生きと根を張っていることを、証(あか=明)し立てる語であったことになるのであり、そのことは前回も、アダム・スミスの学生時代を取り上げて、僕は君に、伝えた通りである。

言い換えれば、仮に君がアダム・スミスには劣るにしても、それ相応の「読書」好きや「思索」好きであるのなら、おそらく「アクティヴ・ラーニング」の呼び声ほどに、迷惑千万(せんばん→10,000×1,000=10,000,000)な代物(しろもの)は、ないのであって、そもそも学習(learning)が能動的(active)で、意欲的で積極的な行為であることは、この語の語源(etymology=真理)に、はっきり示されている点である。したがって、そのような能動性を力説し、わざわざ強調しなくてはならない時代とは、反対に君や僕が通常の、大学生(人間?)としての当然の行為であり、権利でもあり義務でもある、あたりまえの「読書」や「思索」を軽視し、軽蔑し、最悪の場合には、それを嫌悪すらしている時代状況が、そこには背景(バックグラウンド)となっている、と見なさざるをえない。

このような事態は放置しておくと、それこそ無闇に体を動かしたり、闇雲に走り回ったりしていることだけを、人間の能動性として捉え、それ以外の行為は無気力で消極的な、いたって受動的(passive)な行為であると思い込む、はなはだ危険な時代を招き寄せることになるのではなかろうか、と僕は思うけれども、さて君は、いかがであろう。そして、そのような時代状況は、かつてアダム・スミスの生きていた、18世紀のイギリス(と言うよりも、イングランド)に、すでに訪れていたのであり、そのことを察知したからこそ、あえて彼はオックスフォード大学を離れ、そこで約束されている「立身出世」の好餌(コウジ)にも屈せず、しつこい言い回しで恐縮であるが、あえて「豊かなイングランド」から「貧しいスコットランド」への、その名の通りの「馬上の人」となったのであった。

実際、この当時の彼の、若い日の決断が、どのような状況で、どのような背景で為されたものであるのかは、よく分かっていない。が、それを彼は『国富論』(1776年)において、ちょうど三十年後の考察(第五篇第一章第三節第二項)として、じっくり練り直しているのであって、この部分は君や僕が現在でも、この経済学(と言うよりも、道徳哲学)の古典を繙(ひもと=紐解)く際の、絶好の入口となりうるものであろう。......と言う訳で、これから暫くは君自身が、その『国富論』のページを捲(めく)る番である。僕自身は、今回も最後に、ジョン・レーの『アダム・スミス伝』(1972年、岩波書店)の一節を引用しつつ、これまた日本人が、明治時代から親しんできた、スコットランド民謡の『蛍の光』(原題『久しき昔』)でも口ずさみながら、一月遅れの、夏休みを楽しみたい。

 

北国の小さな大学で、智恵をしぼって分配された〔、〕わずかなオートミールを食べながら、しかし撥剌たる精神をもって学問を修めていたスミスが、はるばるとやってきた結果〔、〕到達した結論は、イングランドの富裕な大学を支配している学問の沈滞は根本的には〔、〕ほかならぬ〔、〕その富のせいであり、その分配制度が悪いためである〔、〕ということであった。

 

ほたるのひかり、まどのゆき。

書(ふみ)よむつき日、かさねつつ。

いつしか年(とし)も、すぎのとを、

あけてぞ けさは、わかれゆく。 (『日本唱歌集』)

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