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山のビブリオグラフィー(第一話)――「教養」の来た道(140) 天野雅郎

この十年来、夜の9時頃に寝て、朝(?)の3時頃に起きる――という、われながら、信じ難い生活を続けている。われながら、と言ったのは、もともと僕自身は完全な夜型人間であり、例えば君のような「学生」の頃には、そのまま「学問をしている人。現在は普通、高校生以上、特に大学に通って学ぶ者をいう」(『日本国語大辞典』2006年、小学館)の字義どおりに、夜ごと夜ごと、いろいろ社会勉強(......^^;)も含めて、あやしい「学問」に精を出していたからであり、そのような僕が心機一転、夜型から朝型へと生活のスタイルを改めたのは、ほかでもない、僕が奇遇にも結婚をして、子供が生まれたことに端を発している。要するに、その折から僕の生活は、もっぱら娘(むすめ=生す女)の眠る時に合わせて、自分も一緒に寝る、という健気(けなげ)な状態に切り替わったのである。

裏を返せば、そのような偶発事(happening=happiness)でも起きない限り、結果的に人間が、みずからの生活のスタイルやサイクルや、リズムを変えることは至難の業(わざ=技)であって、そのまま放置しておくと、いつまで経っても人間は、いたって自分勝手な、自分中心の生活習慣を、ズルズルと続けていくしかないのである。したがって、仮に君が知らない間に、いつしか自分が我儘(わがまま)な、いわゆる「自己チュー」になっているのではないか知らん、と感じるのであれば、さしあたって君は本当の、正真正銘の「自己チュー」では、ない訳であり、その名の通りの人間(呉音→ニンゲン、漢音→ジンカン)である訳であるから、そのような君には「転地療法」や「気候療法」の簡便な方法である、引っ越し(moving=感動)という方法を、ぜひとも試して欲しい限りである。

実際、僕自身も現在の寓居(グウキョ=偶居)に引っ越してから、はじめて夜型人間から朝型人間になり、夜も黒々(くろくろ→くろぐろ)とした内に起き出して、このようにパソコンのキーボードを叩(たた)いたり、本のページを捲(めく)ったり、いろいろ錬金術師(alchemist=変成術師)のような作業を繰り返していると、いつしか窓の外が白々(しらしら→しらじら)と明け始めて、聞こえてくるのも、夜の虫の声から朝の鳥の声へと変わってくる。そして、その時、僕の目の前に姿を現(あらわ=露+顕)すのが、今から100年余り前――厳密に言えば、104年前の明治四十四年(1911年)に、例の夏目漱石(なつめ・そうせき)が登った奠供(テング)山であり、この間の事情については、すでに僕は君に、このブログ(第103回「夏目漱石、途中下車」)でも、紹介済みである。

言い換えれば、このようにして僕は、さながら『古今和歌集』(巻第一、16)の「読み人知らず」の歌......「野辺(のべ)近く/家居(いへゐ)しせれば/鶯(うぐひす)の/鳴くなる声は/朝な朝な聞く」のように、まさしく「朝な朝な」の幸福を、味わっている訳であり、その幸福が僕の場合には、主として「奠供」山という、あまり僕個人には有り難くない「仏語」(『日本国語大辞典』)で呼ばれ、それにも拘らず、その「供物〔音読→クモツ、訓読→そなえもの〕を手から手へ伝え〔、〕わたして仏前に供えること。また、その儀式」(同上)という語義に対しては、それなりに納得せざるをえない、この奠供山という山を、中心にして惹き起こされていることも、疑いようのない事実である。と言うことは、この山は僕にとって、単刀直入に言うと、僕の幸福の原点であることになる。

もちろん、それは僕にとって、この山が夏目漱石の登った山である、という繋がりにおいて、そこに特別な意味と価値を生じていることは確かである。けれども、そもそも山は君であれ、僕であれ、それが『日本国語大辞典』の語釈のように、もともと「火山作用、浸食作用、造山作用によって地表に〔、〕いちじるしく突起した部分。高くそびえたつ地形。また、それの多く集まっている地帯。山岳」の呼称であって、それは君とっても、僕にとっても、まったく共通の意味を備えており、その意味において、山は一種の共有物であり、共有地であり、共有財であるし、また、そうであらねばならないはずである。なにしろ、そうであるからこそ夏目漱石も、この和歌山の、和歌浦の奠供山へと、旅の荷解きを済ませるや否や、登ろう(!)という気を起したのであり、事実、登ったのである。

したがって、そこから山が「日本では古来、神が住む神聖な地帯とされ、信仰の対象とされたり、仏道などの修行の場とされたりもした」(同上)のは、あくまで派生的な、付随的な出来事であり、そのことで山を、ある特定の「神」や「信仰」や、その「修行」のための空間とするのは間違っているし、そのような間違いの中でも、ある誰かが「神」や「信仰」や、その「修行」のための代理人となったり、先導者(リーダー)となったり、そのことを通じて、特権的な地位や立場を手に入れ――それを占有するに至るのは、はなはだしい過ちである。すなわち、あくまで山は原理的に、それが君にとっても、僕にとっても、あるいは夏目漱石にとっても、等しく「(高く〔、〕ゆるがないところから)仰ぎみるもの、頼りとするもの、または、目標とするもの」(同上)であらねばならない。

その意味において、唐突ではあるが、例えば『万葉集』(巻第一、28)に収められている、あの持統(ジトウ)天皇の歌の中の「香具山」(かぐやま→原文:香来山)が、現在の君や僕の目にも、ひいては鼻(はな→香〔か〕を嗅〔か〕ぐ器)にも、とても新鮮な、あらた(新=改)しい、あざ(鮮=痣)やかな、夏の到来を告げているのは、この歌が一女帝の「御製歌」(おほみうた)であるからではなく、そこに多くの、数限りない「処女」(をとめ=乙女・少女)の姿が、浮かび上がってくるからではあるまいか。要するに、それは夏の到来に先立ち、これから「田植の前に、神聖な五月処女(さおとめ)の資格を得るために、村の処女たち」が「山遊び、野遊び」をし......「一定期間〔、〕処女たちだけを隔離して、物忌の生活を送った」頃の習慣が、背後に包み込まれているからである。

と、このように推測しているのは、山本健吉(やまもと・けんきち)と池田彌三郎(いけだ・やさぶろう)の『萬葉百歌』(1963年、中公新書)であるけれども、そこには「背後の古代生活を頭に置いて味わえば、この歌が〔、〕いっそう生彩を発揮してくる。人々の生活を律しているものが自然の運行であり、生活のリズムは自然のリズムに従って繰りかえされる。夏が来て香具山に処女たちの白𣑥〔しろたへ〕の衣が目に映〔は〕えれば、やがて田植の季節は到来する。だから〔、〕この歌には、おのずから〔、〕この年の農作物の豊かさと国うちの生活の幸福とを予祝しているものと言えよう」と述べられている。――さて、このような名解釈を読むと、さっそく君も僕と同様、今日から早寝、早起の習慣を始めようか知らん、と心を入れ替えるはずは......とうてい若い君には、無理な話だよね。

 

春過(す)ぎて

夏来(き)たるらし

白妙(しろたへ)の

衣(ころも)乾(ほ)したり

天(あめ)の香具山

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