ホームメッセージ山岳人について ――「教養」の来た道(158) 天野雅郎

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山岳人について ――「教養」の来た道(158) 天野雅郎

さしたる自慢では、ないけれども、これまで僕自身は一度として、いわゆる「白い山」(Mont Blanc)の名を冠せられている、モンブランを見たこともなければ、登ったこともない。――と言うよりも、むしろ登る気もなければ、見る気もない(?)と言い換えた方が妥当であろう。なにしろ、僕自身は人後に落ちない「出無精」(で・ブショウ)であって、誰かが僕に、仮に一定の金と暇を与えた上で、どうぞモンブラン見物にでも出掛けて下さい、と申し入れてくれたとしても、はたして僕がノコノコと我が家を後にして、バスに乗り、電車に乗り、飛行機に乗り、フランスとイタリアの国境にまで辿り着き、そこで噂(うわさ)通りに首が痛くなるまで、のけぞりかえり、眼前に聳え立つ「モンテビアンコ」(Monte Bianco)を見上げる気が起きるのか、どうかは定かではないからである。

何と勿体(モッタイ)ない、と君は呆れ返る側であろうか、それとも僕のように、ロッキング・チェアにでも座り、モンブランの写真集をパラパラと捲(めく)りながら、冷たいヴァイス(白)ビールの......例えば「エーデルワイス」(Edelweiss)の「スノーフレッシュ」(Snowfresh)あたりを飲みながら、アルペンハーブの香りを嗅いでいれば、それで沢山である、と考える側であろうか。ちなみに、僕が以前、このブログ(第150回:深田久彌論・拾遺)でも君に紹介したことのある、深田久彌(ふかだ・きゅうや)の『瀟洒なる自然』(1967年、新潮社)の中には、まさしく僕にピッタリの、いわゆる「安楽椅子の登山家」の章があって、そこでは「山に登る人」だけが「登山家」ではなく、むしろ「山について読んだり考えたりすることの好きな人」は、充分に、その一員とされている。

 

外国に armchair mountaineer という言葉がある。安楽椅子の登山家、つまり深々したクッションに尻をおろして、片手で上等の葉巻などを燻(くゆ)らし、片手で山の本を見ながら、架空登山を楽しんでいる老登山家の姿が眼に浮ぶ。彼は〔、〕ときどき書物から眼をあげて、窓の外の〔、〕こんもり繁った森を眺めながら、何か追想に耽るような面持〔おももち〕である。かと思うと、そそくさと椅子から立って、金文字の背を並べた書架に行き、その中から一冊を抜き出して熱心に何か〔、〕しらべたりする。

 

もっとも、このような「老登山家」と僕が決定的に違っているのは、この「老登山家は〔、〕もうヒゲは真白で、おそらく八十は越えているだろう」と――ここで深田久彌のイメージしている「彼」の姿が、いたって僕と懸け離れていることである。また、ついでに「昔〔、〕山で鍛えた身体は今なおカクシャクとして、その顔の強い線には、多年風雪に耐えてきた〔、〕あとが刻みこまれている。ただ残念ながら足腰が思うに任せない。彼と同年配の仲間には〔、〕まだ山へ出かける元気な男もいるが、彼は一年前からリューマチにかかって、山登りは断念せねばならなくなっている。それでも彼は山を忘れることができない。そこで地図と紀行による「安楽椅子登山」で鬱〔うつ〕を晴らしているわけである」と続く件(くだり=条)の、どうにか後半部分しか、あてはまらないことである。

とは言っても、僕が幸い、現時点で「リューマチ」(rheumatism=粘膜分泌→涙!)に罹(かか)っている訳でもなく、別段、いわゆる「鬱」を紛らわすために地図を見たり、紀行を読んだりしているのでもないことは、とりあえず君に、伝えておくべきであろう。言い換えれば、このような「老登山家」は本(もと⇔末)を正(ただ)せば、若い時分には列記とした、正真正銘の登山家(マウンテニア)であった。その意味において、僕個人は子供の頃、山の中を歩き回って、やたら昆虫採集や植物(食物?)採集に励んだ際の、並々ならぬ経験がある(......^^;)とは言っても、それは精々、標高数十メートルの山々に過ぎず、そこでは一向に、登山家と呼びうるような行動を取っていた訳でもなく、ましてやアルピニスト(alpinist)の卵を自認する思いなど、はなから欠いていたのである。

要するに、このようにして人は、それぞれが生まれ、育った環境(environment=包囲状態)の中で、それぞれの山と出会い、向かい合わざるをえないのであって、すべての人が同じ思いを抱き、山と関わるのは奇妙な話であるし、ありえない話である。それならば、それほど安直に「本当の意味での登山家とは、むずかしい登攀〔とうはん〕の技術上の問題を解こうと〔、〕やってみることが楽しくて、登山をし〔、〕山登りをつづける人」であり、逆に「ある山に、どれほどむずかしくとも、曲芸として登る人は登山家ではない。単に向こう側へ行くために峠を越す旅行家、山の風景は楽しむが〔、〕山の問題には興味を持たない逍遙者、山岳探検の主たる動機が科学の研究で〔、〕山に登る科学者、これらの人は皆、本来の意味での登山家ではない」と言い切るのも、言い過ぎではなろうか。

と、このようにして前回と同様、僕はアーノルド・ランの『登山百年史』(1967年、あかね書房)の一節を、引用しているけれども、このような考え方に対して、むしろ先刻の深田久彌の「安楽椅子の登山家」のように、いわゆる「スポーツ」としての登山に懐疑的で、否定的な立場もあることを、君は知っておくべきであろう。――「『登山はスポーツである』という表現を私は好まない。スポーツという言葉が、外国のように広い意味のニュアンスで解せられるのならいいが、日本ではスポーツは限定された意味しかもっていない。つまり棒高跳とかマラソンとか庭球とか。私は登山が〔、〕これらのスポーツより高級だとは決していわない。ただ一般のスポーツは、それを実践しなければ、スポーツとして成り立たない。ところが登山は......」と言って、深田久彌は次のように述べている。

 

ところが登山は、ウインスロープ・ヤングの有名な言葉があるように、「私がマウンテニア〔原文:マウンテニーア〕と呼ぶのは、山に登る人だけを指すのではない。歩くことが好きで、山について読んだり考えたりすることの好きな人は、誰でもマウンテニアというのである」ということが成立する。〔中略・改行〕私の知合いの中には、忙しくて、あるいは体が弱くなって、山へ憧れながらも山へ行けない人が幾人もいる。その人たちは山の本を読んだり、話を聞いたり、地図を見たりして、山を楽しんでいる。そして、その山に対する認識や知識から推して、山に行っても何も見て来ず、何も得て来ない〔、〕この頃の多くのスポーツ登山家よりも、その人たちの方が〔、〕はるかにすぐれた山岳人であると私は思っている。

 

さて、このようにして辿り直すと、そもそも「マウンテニア」(mountaineer)という英語に関して、これを「登山家」と訳すのか、あるいは「山岳人」と訳すのか、それ自体が結構、面倒な話であろうし、この語が元来、シェイクスピアの『テンペスト』(1611年)に由来する語であったことも、君や僕は、忘れてはならない点であろう。なぜなら、いわゆる「登山」(mountaineering)の歴史を振り返る時、それがヨーロッパの場合、遡っても18世紀の後半の、まさしく「近代登山の父」と称されている、オラス=ベネディクト・ド・ソシュールや、彼の懸賞に応募して、実際にモンブランへの初登頂を果たした、ミシェル・パッカールやジャック・バルマから、話は始まらざるをえず、それはシェイクスピアの『テンペスト』からは、厳密に言えば、はるかに175年後の出来事であったから。

もちろん、この間にはルソーやゲーテを始め、ヨーロッパの「山岳美の発見」(アーノルド・ラン『登山百年史』)に影響を及ぼした、幾人もの詩人や作家や、哲学者や科学者の名を挙げなければならないし、その証拠にヨーロッパの登山史の、いつも決まって出発点に置かれるのは、ペトラルカやレオナルド・ダ・ヴィンチである。したがって、このようにして「登山家」とは、決して呼べないけれども、おそらく「山岳人」と名づけることには、それほど躊躇(音読→チュウチョ、訓読→ためらい)を感じることのない、そのような一連の人物(?)群に、ふと僕は、かつて少年時代に手塚治虫(てづか・おさむ)の『鉄腕アトム』の中で読んだ、あの「地上最大のロボット」に登場する「スイス一の山案内用ロボット」モンブラン(13万5000馬力!)の姿を、懐かしく想い起こした次第。

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