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オープンキャンパス ――「教養」の来た道(193) 天野雅郎

今回も本当は、小栗風葉(おぐり・ふうよう)の『靑春』を読む(第七回)と題して、僕は君に、ほぼ今から110年前の「大学生」や「女学生」について、あれこれ話を聴いて貰(もら)いたい、と願っていたのであるが、いささか事情があって、今回は特別の一回を、さしはさむことにした次第。――と言ったのは、実は今週の日曜日(7月17日)に和歌山大学で、いわゆる「オープンキャンパス」があり、その場で僕も「模擬講義」という名の、高校生を相手にした体験授業を、することになったからである。と言うことは、このブログを仮に、高校生が目にする機会もあるのではないか知らん、それならば、あまり高校生には刺激の強い、過激な内容は避ける方が無難であろう......と、持って生まれた常識人ぶりを発揮して、今回は幾分、控え目な話にしようかな、と思い立った訳である。

なにしろ、今回は予定では、この「青春小説」の主人公の、関欽哉(せき・きんや)と小野繁(おの・しげる)を巻き込んだ、あの「懐妊」(=妊娠)騒動やら「堕胎」(=人工妊娠中絶)事件やらの、はなはだ際(きわ)どい話を、ふたたび僕は君に、聴いて貰う心算(つもり)でいたからである。また、そのような悲劇(tragedy=山羊歌)が、まさしく当時の「高等教育」(higher education)を受けた男女の間で生まれ、この点に限って言えば、ほとんど彼ら(+彼女ら)が男女の性(sex)の知識に乏しく、これを欠き、お互いの性的特質(sexuality)を理解できないまま、それこそ無闇矢鱈(むやみやたら)に性的関係(sexual relation)を持ち、これを貪(むさぼ)った末に、とうとう最悪の結末に辿り着いた経緯を、ある種の教育学や教育史の問題として、僕は論じたかったからである。

と、このような際(きわ)どい――それでいて、いたって際(きわ)ない話は次回に譲り、あらためて筆を執(と)り直すことにして、僕は今回、君に表題どおりに「オープンキャンパス」の話題を提供しておきたい、と考えているけれども、よく考えてみれば、この「オープンキャンパス」という語自体が、とても際どく、それにも拘らず、とても際ない語であるかのように......僕には感じられ、いささか躊躇(音読→チュウチョ、訓読→ためらい)を催さざるをえない、と言うのが正直な所である。理由は簡単で、例えば僕が大学生であった時分には、このような取り組みは日本中(世界中?)の、どの大学を捜しても見当たらず、要するに、この「オープンキャンパス」という語自体が、ある特定の時代の産み出した、新語(すなわち、和製英語)であり、流行語であったに違いないから。

とは言っても、この「オープンキャンパス」という語が何時、どのような時代を背景として、どのような事情で誕生した語であるのかを、僕自身は正確に、はっきり見通すことが出来ないし、せいぜい経験上、僕自身が10年ほど前から、当時の教育学部の課程説明やら模擬講義やらを、あれこれ引き受け続けてきたことを、想い起こすことが叶うのみである。が、このようにして振り返れば、おそらく和歌山大学で「オープンキャンパス」が開かれるようになったのは21世紀以降のことであり、ちょうど10年ほど前から、この行事は本格化をし、有体(ありてい)に言えば、まさしく「イベント」(event=出来事)化をし始めたのではなかろうか、と推測することが出来るし、この推測が、それほど誤った推測ではないのではないか知らん、と僕は思うのであるが、さて君は、いかがであろう。

なぜなら、このような取り組みを各(全?)大学が、こぞって行い、それどころか、場合によっては必死に、かなり血道(ちみち)を上げて取り組むようになったのは、その背景に端的に、それぞれの大学を受験する、高校生の数が減少したことが、理由に挙げられるし、それは高校生ばかりか、中学生や小学生も含めて、いわゆる「少子化」の傾向が根底に存在していることは、疑いがない。でも、そのような傾向と大学が、その名の通りの「オープンキャンパス」(=構内開放)という形で結び付き、お互いの穴埋めを図ろうとするのか、どうかは別問題であり、逆に言えば、そのような傾向に対して大学が、毅然とした態度で門戸を閉ざし、そのまま「クローズド・キャンパス」の状態を保ち、その立場を貫くことも、決して不可能ではないし、それは不都合でも不合理でも、なかったはず。

言い換えれば、なぜ大学は高校生に対して、あるいは中学生や小学生に対して、みずから門戸を開き、その構内(campus=広場)を開放する必要があるのであろう。そして、その必要があるとすれば、いったい大学は自分自身の、何をオープンにするべきであり、どのようにオープンにしなくてはならないのであろう。......僕自身は、しつこい言い方になるけれども、自分自身が「オープンキャンパス」という行事とは無縁の大学に入り、そのことを疑問に思ったこともなければ、不満に感じたこともなく、あたりまえに大学は、高校生であった僕には縁遠く、ほとんど理解不能の場所であったし、裏を返せば、そこに自分自身が入って、はじめて大学(university)の何たるかも、分かった訳であり、そこから幸運にも、大学という宇宙(universe)の広がりさえ、知ることが出来たのである。

このことは、例えば夏目漱石(なつめ・そうせき)の『三四郎』の中で、主人公の小川三四郎(おがわ・さんしろう)が「大学生」になり、はじめて郷里の九州(熊本)から汽車に乗り、東京へと向かった折の体験(=初体験)として、興味深く語られているし――それ以降、このような体験は私たちの国で、結果的に「大学生」がエリート(elite=選ばれた者)であった時も、そうではなくなった時も、ひいては「ユニヴァーサル化」という形で、そこに「大学全入時代」が訪れた時(すなわち、現在)も、多かれ少なかれ、等しく潜り抜けなくてはならない、何かであったのではなかろうか。要するに、そのような何かを、夏目漱石は当時の困難な時代を背景に、これから一人の「大学生」が引き受けることになる、その名の通りの「青春」の主題(テーマ)として、書き連ねたのであった。

願わくは、そのような「青春」への問い掛けが、今回(7月17日)の和歌山大学の「オープンキャンパス」には、存在していますように。そして、その「オープンキャンパス」へと足を運んだ、より多くの高校生の頭の中に、あの広田先生(=広田萇〔ちょう〕→旧制「第一高等学校」教授)の謎めいた、手厳しい忠告の言葉が届き、その頭の中が文字どおりに、オープンになりますように。......おそらく、そのことが成り立たない限り、結果的に「オープンキャンパス」は暑い、夏の一日を費やした、汗だくの恒例行事として始まり、終わり、いつものように高校生には、夏休みの前の「イベント」として、一方の大学生には憂鬱な、定期試験の前の「イベント」として、昨今の大学の「イベント三昧」の光景の中に、退屈な一日を積み上げるしかないであろう。至極、残念ではあるけれども。

 

すると男が、こう云〔い〕った。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より......」で一寸(ちょっと)切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚(とわ)われちゃ駄目だ。いくら日本の為〔ため〕を思ったって贔屓(ひいき)の引倒(ひきだお)しになる許(ばかり)だ」

此〔この〕言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持〔こころもち〕がした。同時に熊本に居〔い〕た時の自分は非常に卑怯(ひきょう)であったと悟った。

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