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新聞の発見 ――「教養」の来た道(198) 天野雅郎

最近の学生(すなわち、大学生)は新聞を読まない、という噂(うわさ)は始終、耳にする噂である。噂である以上は、風説であり、風聞であり、風評であるから、その真偽の程(ほど)は目には見えない、文字どおりに風(フウ→かぜ)のごときものであるのが通例であるが、どうやら、この噂に限っては「真実も真実、真赤な真実」(柳澤淇園『独寝〔ひとりね〕』)のようである。とは言っても、このようにして学生が新聞を読まなくなったのは、別段、今に始まった話ではないし、読まない、というだけの話であれば、それは新聞どころか、あらゆる活字(文字?)に該当する話でもあるし、さらに困ったことには、このようにして学生の「活字離れ」や「新聞離れ」を嘆く、その当人たちが案外、灯台下暗しの状態で、自分たちを棚上げにして、話を進めているケースも少なくはない。

事実、例えば僕自身が十数年前まで、それほど熱心な新聞の読者であったとは、とうてい評し難い状態であったし、現在でも正直な所、新聞という媒体(メディア)にはガッカリさせられたり、ビックリさせられたり、要するに、辟易(ヘキエキ)しているのが日常茶飯事であって、仮に新聞を読まなくても済むのなら、いっそのこと(......^^;)読まずに済ますことは出来ないものか知らん、と真剣に願わざるをえないほどである。なにしろ、もともと新聞(newspaper)という語の、存在理由と言おうか、成立根拠と言おうか、いわゆる「レーゾン・デートル」(raison d'être)にもなっている、その「ニュース」(news=新しい・知らせ)自体が、それほど現在では「ニュース」の名に値しない、いささか古めかしい、それこそ「オールド・ニュース」に等しいものに、なっているからである。

言い換えれば、現時点において君や僕が、そのまま新聞を新聞として、例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の語釈にもあるように、それ自体を「新しく聞いた話。新しい風聞。新しい話題」として、この語の原義どおりの意味で受け取るには、けっこう無理な時代が訪れている訳である。そして、その元凶(?)は言うまでもなく、テレビやインターネットを通じて、少なくとも新聞よりは格段に早く、この「ニュース」という「新しい出来事の知らせ」(同上)を君や僕に伝えることの叶う、まさしく近代的(モダン)な仕組が登場し、そのことによって逆に、そもそも近代的なメディアの代表であったはずの新聞(と言うよりも、新聞紙)が、その名の通りの「紙媒体」へと地位を追われ、むしろ古典的(クラシック)な印象すらもが、そこに伴われることになってしまっている。

論より証拠、この十数年来、それほど熱心な新聞の読者ではなかった僕が、再度――とは言っても、それが一体、何時の時分から起算しての「再度」であるのか、実にアヤフヤな話であるけれども......ともかく再度、新聞のページを捲(めく)るようになったのは、おそらく娘が毎朝、奇特(?)にも『毎日小学生新聞』の、とりわけ「哲学カフェ」のコーナーを読んでいたことに刺激を受け、なかなか「小学生新聞」も面白いな、と興味を持ったことの他には、きっと我が家の「お茶の間」から忽然(コツゼン)として、テレビが姿を消したことが主要な原因であったに違いない。とは言っても、姿を消したのは厳密に言うと、テレビ自体ではなく、テレビのアンテナであって、この十数年来、我が家のテレビはテレビ番組ではなく、もっぱら映画を観賞するための装置と化している訳である。

さて、このようにして振り返ると、もともと自他ともに認める「テレビっ子」でもあれば、まさしく「我が家にテレビが〔、〕やってきた」世代の一員として、なかなかテレビを見ずにおくことや、さっさとテレビと縁を切り、テレビを手離す決心をすることが、僕には至難の業であった次第。裏を返せば、そのような僕が新聞を、どうにかこうにか、必要とする理由があるとすれば、それは端的に新聞の、テレビ番組欄をチェックするためであり、別段、新聞の「ニュース」は幾らでも、同じものをテレビで見ることが叶うし、第一、新聞の紙面を隅から隅まで、読み通すには相当の努力と、何よりも時間が要求され、そのような時間や努力を省きたいからこそ、読んでいるはずの新聞が、反対に僕に時間と努力を要求するのは不合理な話ではなかろうか、と文句を言っていたのが実情である。

ちなみに、このような文句が今の僕から、抜け落ちてしまっている訳では、さらさら無くて、実は僕自身は現在でも、どうして新聞が毎日、毎朝、おまけに毎夕、我が家に届く必要があるのか知らん、と思っているし、政治や経済や、ましてやスポーツ関連の記事などは、ほとんどテレビで代替が可能であろうし、そちらの方が現実性や迫真性を、はるかに兼ね備えている点も疑いがなく、これらの「ニュース」を翌日の新聞で、わざわざ遅馳(おくればせ)に、どうして抜け殻になった状態で読む必要があるのか知らん、とも思っている。ついでに、かつては僕の大好きな、新聞の紙面で唯一(?)愛読していた、あのテレビ番組欄も昨今のように、週刊単位で用は足りるであろう。――残念ながら、それ自体が目下の僕には、無駄なサーヴィス(service=隷属)になってしまったけれども。

と、このような文句を心の中で、あれこれ呟きながら、それでも僕が新聞を読むようになったのは、繰り返すまでもなく、その競争相手(rival=同じ川の水を使う人)であり、結果的に圧倒的な、勝利者であったはずのテレビが、呆気(あっけ)なく我が家から姿を消したのと、それに合わせて僕自身が、娘と共に夜の9時に寝て、娘の方は朝の6時に、僕の方は未明(深夜?)の3時に目を覚ます、完全無欠な「朝型人間」に変貌を遂げ、それまで「夜型人間」であった頃の生活習慣を、綺麗(キレイ)さっぱり、捨て去ってしまったことに理由がある。すなわち、いくら現実性に富み、迫真性に満ちている、とは言ってみても、よく考えてみれば虚構の、嘘(うそ)の世界でしかありえない、テレビの「ニュース」を夜遅くまで起きて、目を凝らすこと自体が意味を失ってしまったのである。

要するに、それは僕自身が大袈裟(おおげさ)に言えば、新聞であれテレビであれ、このような近代的(モダン)な「ジャーナリズム」(journalism=毎日主義!)の仕組や、その媒体機関に対して、それほど生真面目(きまじめ)に付き合う必要はなく、生真面目に付き合えば......付き合うほど、どんどん僕自身の目や耳や、ひいては頭が疲れ切っていくだけである、という事実に、ようやく気付くことが出来るようになったからである。そして、この点を僕のように、いかにも愚鈍な状態ではなく、はなはだ鋭敏な状態で、とっくの昔に見抜いていたのが、前回と同様、今回も寺田寅彦(てらだ・とらひこ)の「ジャーナリズム雑感」(昭和九年→1934年)であって――この、今から80年余りも前に、当時の『中央公論』に掲載された論稿を、ぜひ一度、君にも目を通して欲しい限りである。

 

現代のジャーナリズムは結局〔、〕やはり近代における印刷術ならびに交通機関の異常な発達の結果として生まれた特異な現象である。〔中略〕高速度印刷と高速度運搬の可能になった結果として〔、〕その日の昼ごろまでの出来事を夕刊に、夜中までの事件を朝刊にして万人の玄関に送り届けるということが可能になった、この事実から、いわゆるジャーナリズムの〔、〕あらゆる長所と短所が出発するのであろう。

 

ジャーナリズムの直訳は日々主義であり、その日その日主義である。けさ起こった事件を昼過ぎまでに〔、〕できるだけ正確に詳細に報告しようという注文も〔、〕ここから出て来る。この注文は本来は〔、〕はなはだしく無理な注文である。〔中略〕実に恐ろしく無理な注文である。その無理な不可能な要求を〔、〕どうでも満たそうとするところから、ジャーナリズムの一つの特異な相が発達して来るのである。

 

毎日毎夕〔、〕類型的な新聞記事ばかりを読み、不正確な報道ばかりに眼をさらしていたら、人間の頭脳は次第に変質退化(デジェネレート)して行くのではないかと気づかわれる。昔のギリシア人やローマ人は〔、〕しあわせなことに新聞というものをもたなくて、そのかわりにプラトーンやキケロのようなものだけをもっていた。そのおかげで〔、〕あんなに利口であったのではないかという気がしてくるのである。

 

毎日繰り返される三原山型の〔注釈→三原山の投身者についての、おさだまりの〕記事には〔、〕とうの昔に〔、〕かびがはえているが、たまに眼をさらす古典には千年を経ても常に新しいニュースを読者に提供するような〔、〕あるものが〔、〕あるような気もする。きのうの〔、〕うそは〔、〕きょうは〔、〕もう死んで腐っている。それよりは百年前の真のほうが〔、〕いつも新しく生きて動いているのである。

 

スコットランドの湖水に怪物〔いわゆる「ネッシー」〕が現われたというので〔、〕えらい評判であった。しかし現代のジャーナリズムは、まだまだ恐ろしい〔、〕いろいろの怪物を毎朝毎夕〔、〕製造しては〔、〕都大路から津々浦々に横行させているのである。そうして、それらの怪物よりも〔、〕いっそう恐ろしくも〔、〕また興味の深い不思議な怪物は〔、〕ジャーナリズムの現象そのものであるかもしれない。

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