ホームメッセージガス灯の佇まい ――「教養」の来た道(207) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

ガス灯の佇まい ――「教養」の来た道(207) 天野雅郎

ガスという日本語は、その名の通りに、深い霧のような語である。――と言ったのは、この語が元来、英語の gas を音訳し、片仮名書きにしたものに過ぎない点は、はっきりしていても、その音訳の歴史は遡ると、すでに江戸時代にオランダ語から、漢字への置き換えが行なわれたのが最初であり、こちらは「瓦斯」の字を、宛がわれていたからである。この間の事情を、いつもの『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で補っておくと、そこには「語誌」の項において、まず「日本への紹介は、江戸時代末期の蘭学者による。最も早い時期の例としては〔中略〕「植学啓原」〔ソクガクケイゲン〕「舎密開宗」〔セイミカイソウ〕があり、大気とは区別される気体として〔、〕とらえられている」と述べられていて、その語釈の一番目にも「(広く)気体状の物質」という説明が施されている。

仮に君が、いわゆる理系(=理科系→science course)の学生であるのなら、この程度で説明は、もう充分であろうけれども、ひょっとすると君が化学にも、あるいは植物学にも詳しくない、まったくの門外漢(layman=素人)である可能性も、ない訳ではなかろうから、そのような文系向き(......^^;)の解説も、以下に僕は、付け加えておくことにしよう。とは言っても、僕自身が別段、化学や植物学の研究をしていたり、その道の専門家であったりする訳では、まったくないから、これから僕が君に伝えることは、それこそ平均的な一市民が、その名の通りの「市民性」(citizenship)の範囲内で、市民的な知識や情報や、まさしく「教養」(liberal arts→文科系=文系)として、おそらく身に付けておいても構わないであろう、いたって簡略な説明に終始せざるをえないので、ご容赦を。

まず、あらかじめ弁(わきま)えておいて欲しいのは、君や僕が現在、化学や植物学と称しているものは、当然、それ自体を日本人が考え付いたり、産み出したりした訳では、さらさらなく、これらの学問(science=知識)を日本人は、前回、僕が君に報告を済ませておいた通りに、いわゆる舶来品(=船で来た品→foreign goods, imported goods)として輸入し、そこに当初は、あたかも外国が目の前に姿を現(あらわ=露・顕)し、彷彿(ホウフツ=髣髴)とするかのような目新しさや、文字どおりの物珍しさを、感じ取っていた訳である。したがって、そのような時代の方が随分、今の君や僕に比べて、日本人は学問に対する新鮮な好奇心(curiosity=珍奇性)を備え、旺盛な情熱(passion=受苦)を携えていたのではなかろうか、と僕には思えるのであるが、さて君は、いかがであろう。

そして、そのような時代を目下、君や僕は「文明開化」(civilization=市民化)という名で、呼んでいるけれども、はたして君や僕は本来の意味で、この語に相応しい状態や態度を身に付け、手に入れることが出来ているのであろうか。それとも、そのような時代は百数十年前の――とうの昔に過ぎ去って、もはや学校の教科書の中にしか登場しない、歴史的な一時代へと姿を変えてしまったのであろうか。どちらにしても、はじめて日本人が上記のように、例えば化学や植物学を目の当たりにした時、そこに「舎密」(セイミ→セーミー→chemie)や「菩多尼訶」(ボタニカ→botanica)という音訳を施したり、これを従来の「本草学」と区別するために、あえて「植学」(ソクガク)という訳語を考案したりした、その努力の痕跡まで、君や僕は忘れ、蔑(ないがし)ろにしてはならない。

ところで、そのような植物学や、広く生物学(biology→生命学、生活学、人生学......)の枠の中で、まず日本人が出会ったはずの「ガス」が、やがて私たちの国に本格的な「近代化」(Modernization→Westrnization)の波が押し寄せるに連れて、これが第一の「(広く)気体状の物質」という意味から、これまた『日本国語大辞典』の挙げている、第二の意味(「石炭ガス、天然ガス、プロパンガス等の燃料用ガス。特に、ガス会社からガス管によって各戸に供給される都市ガスをいう」)へと変貌を遂げていく姿は、きわめて印象的である。また、そこから続けて、この語が「ガス糸」や「ガス焜炉(こんろ)」や「ガソリン」へと、あるいは「毒ガス」や「ガスマスク」や「ガス室」へと、さらには「おなら」や「屁(へ)」や「ガス抜き」へと、その使用範囲を広げていく姿は圧巻である。

その中でも、僕が今回、君に紹介したいのは「ガス灯」である。が、この「ガス灯」については、前々回、僕は岡本綺堂(おかもと・きどう)の『ランプの下にて』を通じて、いささか君に話題を提供しておいたから、おそらく「ガス灯」が「(石油)ランプ」と並んで、あたかも「文明開化」の双子(ふたご)のようにして登場した、当時の日本を代表する照明具(light=発光体)であり、典型的な時代の象徴(symbol=割符)でもありえたことは、了解済みであろう。ちなみに、この語を『日本国語大辞典』で、あらためて引き直すと、そこには「石炭ガス等の燃料用ガスを燃やして点火する灯火。青白い光を放ち、主に明治のころ用いられた。ガスライト。ガス電灯」と書かれていて、用例には、玉蟲佐太夫(たまむし・さだゆう)の『航米日録』(万延元年→1860年)が挙げられている。

と言うことは、すでに僕が「提灯行列の話」を、このブログ(第200回)で君に聴いて貰(もら)った折、触れておいた点であるが、どうやら日本人が「ガス灯」と「たいまつ行進」を、はじめてアメリカで目にしたのは、この同じ年の、あの勝海舟(かつ・かいしゅう)や福澤諭吉(ふくざわ・ゆきち)の、咸臨丸(かんりんまる)による太平洋初横断の折であったことになる。――と言い出すと、この二つの照明具の間には、かなり大きな違いがあるし、この二つの発光体を同じ、いわゆる「文明の利器」として扱うこと自体に無理がある、と感じる日本人は現在、圧倒的に大多数なのではなかろうか。でも、それならば逆に、昨今の君や僕が「ガス灯」や、あるいは提灯行列に対して、催さざるをえない「郷愁」(ノスタルジア)を、どのように君や僕は納得すれば、よろしいのであろう。

ところで、目下、僕の膝の上には『ガス燈』(1991年、アーバン・コミュニケーションズ)と題された、林英比古(はやし・ひでひこ)の写真集が置かれており、そこには「全国に点〔とも〕る約1,500基」のガス灯の中から、代表格が選び出され、ひっそりと日本の各地に、佇(たたず)んでいる姿が映し出されている。和歌山の周辺では、大阪(心斎橋ソニータワー前)や徳島(ろくえもんガス燈通り)や桑名(吉之丸コミュニティーパーク)のガス灯である。これらのガス灯が、今も同じ姿で、同じ場所に佇んでいるのか......どうか、よく僕は、事情を知らないけれども、これらのガス灯が僕には、何かしら周囲と不調和な、違和感を醸し出しているような気がして、正直な所、これらのガス灯を自分の目で、どうにかして見てみたい誘惑には、残念ながら、僕は駆られなかったのである。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2017 Wakayama University