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灯を点す夫(おとこ)たち ――「教養」の来た道(218) 天野雅郎

この二箇月、僕は「点灯夫の話」と題して、あれこれ灯(ひ)を点(とも)す夫(おとこ)たちの話を、君に聴いて貰(もら)ってきたのであるが、結果的に今年も、あと僅かを残すことになったし、また例の、いつもの僕の縁起(えんぎ)かつぎで、この「点灯夫の話」も第七回を数えたから、そろそろ別の表題で、別の話題を持ち出すことにしようか知らん、と考えている最中である。が、このようにして縁起が好いとか悪いとか、あるいは祝うとか、かつぐとか、表現する際に用いられている「縁起」とは「じつは仏法の根本をなす最も重要な教義」であって――と述べているのは、山下民城(やました・たみき)の『くらしの中の仏教語』(1978年、冬樹社)であるけれども、この本の「縁起」の項には次のような、君や僕にも分かりやすい説明が施されているので、ご参照を願いたい。

 

〈因縁生起〉(いんねんしょうき)ともいい、〈すべての現象は、ある原因(因)と〔、〕それを助長する条件(縁)によって生起し、相互に関係し合って成立しているもので、孤立して、恒常的に存在するものは〔、〕この宇宙に一つもない〉という真理である。《相応部経典》にある「これあるに縁(よ)りて〔、〕かれあり。これ生ずるに縁りて〔、〕かれ生ず。これなきに縁りて〔、〕かれなし。これ滅するに縁りて〔、〕かれ滅す」の偈〔音読→ゲ→梵語 gatha の音訳〕に〔、〕その真理が端的に語られている。

 

なお、この説明の中に登場する『相応部(そうおうぶ)経典』とは、いわゆるパーリ語(Pali)を使って書かれている、南方小乗(→上座部)仏教の経典のことであり、僕のような門外漢には、まったく道案内が叶わないが、この『相応部経典』(因縁篇)の、その名の通りの「因縁相応」に関して、例えば増谷文雄(ますたに・ふみお)の『経典のことば』(1967年、雪華社)には以下の解説が含まれているから、これまた君には、ご一読を願えると有り難い。そう言えば、かつて僕は一度、この仏教学者の授業を、大学生の頃に集中講義という形で受けたことがあるけれども、それは今から、もう40年ばかりも昔の話であり、この老大家が自分の本(『仏教とキリスト教の比較研究』)を裁断し、バラバラに(......^^;)解き解(ほぐ)して、話をしていた姿が懐かしく、想い起こされる次第。

 

この師〔釈尊〕によって説かれた法なるものは、すこしの曖昧性をもふくまぬ、まことに明々白々のものであったと申すことができます。それは、存在一般のあり方にほかならぬものであります。そして、そのありようは、相依性であり、関係性であり、因果性であると語られております。さらにまた、この師は、この法を一つの公式にまとめて「これあるに縁りて、かれあり......」〔以下、同上〕と表現しております。これほど明確な表現を、自己の宗教の究極のものにたいして試みた教祖は、どこにもありますまい。

 

さて、このようにして「縁起」とは、これを仏教語に即して言えば、そもそも「因縁生起」の略語であり、それは文字どおりに「因縁」が、君や僕の生活の中に、ひいては人生の中に、何らかの形を取って、誰かの姿を借りて「生起」することを指し示していた訳である。そして、その際の「因縁」とは恒例の、いつもの『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の語釈に従うと、これを大きく、二つの「力」に分けることが出来るのであって、それは「結果を引き起こす〔、〕直接の内的原因である因と、それを外から助ける〔、〕間接的原因である縁」であり、このようにして内的な、直接的原因である「因」(訓読→ちなみ)と、その一方において外的な、間接的原因である「縁」(訓読→ゆかり)によって、この世界の「すべての生滅」(=生成消滅)は、司(つかさど=掌)られている。

ちなみに――と、このようにして僕が何気なく、いつも口から出している「ちなみに」という語も、実は振り返れば、立派な仏教語なのである。が、このような内的な、直接的な「因」よりも、むしろ外的な、間接的な「縁」の方を、どちらかと言うと、おそらく日本人は重要視してきたのであって、この点については数多くの、この語を使った言い回しを介して、きっと君も容易に納得することが叶うに違いない。と言い出したら、おそらく君も直ちに、縁を組むとか引くとか、あるいは縁を繋ぐとか結ぶとか、また逆に、縁を切るとか絶つとか、このような表現が君の生活の中で、ひいては人生の中で、これまで縁も縁(ゆかり)もなかったとは信じられず、その意味において、おそらく君も色々と、縁は異(い)なもの味(あじ)なもの......と深く感じ入ることがあったのではなかろうか。

でも、このような言い回しが本当に、今でも日本人の社会や文化や、要は人間関係を、支えていると言い切れるのか、どうかは疑わしく、例えば「袖(そで)振り合う(もしくは、袖磨り合う)も他生の縁」という格言(maxim→maxima propositio→最大の前提!)が、もともと「道を行く時、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのだということ」(同上)を理解している日本人は、どの程度の数に上るのであろう。おそらく、この成句の中の「他生」を「多少」と勘違いしたりするのは、まだ序の口で、愛嬌のある方であり、これを皆目、冒頭の「袖」の語義からして、何のことやら訳の分からなくなっている日本人は、相当な数に上るのではあるまいか。

その点、このような誤解の代表に挙げられるのは、例えば大修館書店版の古語辞典(林巨樹・安藤千鶴子『古語林』)が、その刊行の年(平成九年→1997年)から「誤解されている古語」に掲げている、あの「情(なさけ)は人の為(ため)ならず」であろう。なかなか懇切な指摘も添えられているから、ぜひ君の一覧に供したい。――「この成句を「情けをかけると〔、〕その人のためにならない」と解するのは誤り。〔改行〕「ためならず」の「なら」は「成る」という動詞ではない。動詞なら「人のためにならず」となるはず。この「なら」は「ため」という名詞(形式名詞)に直接付いているのだから、断定の助動詞「なり」の未然形で、直訳すると「人のためではない」、つまり「他人に情をかけるのは、他人のためではない。めぐりめぐって自分に〔、〕よい報いがくる」という意」。

と言う訳で、このようにして「情は人の為ならず」は、決して他人のためではなく、むしろ自分のためにこそ、君や僕が誰か(あるいは、何か)に、何らかの「情」(訓読→なさけ、音読→ジョウ)を掛けることを指し示している。だから、せめて一年に一度くらいは、この年の瀬に誰か(あるいは、何か)のために、君や僕が忙しく動き回り、走り回ったとしても、罰(バチ→呉音、慣用音→バツ)は当たらないのではなかろうか、と僕は思うけれども、さて君は、いかがであろう。ちなみに、と僕は繰り返すけれども、このようにして君や僕が忙しく動き回り、走り回っている姿から、いわゆる「師走」(しはす→しわす)という語も生まれてきたのであって、それは言うまでもなく、幼稚園や保育園や、小学校や中学校や、高校や大学の先生が、走り回っている姿に限定される話ではない。

それどころか、このようにして年の瀬に、いちばん慌しく、走り回る必要があったのは「師僧」であって、この点については『日本語源大辞典』(2005年、小学館)の語源説が、その筆頭に「経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月」(→師馳)という解釈を置いている点からも窺われるし、その典拠に挙げられているのも、平安時代から室町時代へと至る、歌学書や古辞書であった。が、このようにして「師僧」や、ひいては、君や僕が慌しく、走り回る姿を美しく、はかなく、切なく、表現している名文は、僕の知る限り、吉田兼好(よしだ・けんこう)の『徒然草』(第19段)に極まるので、これを以下、君に紹介し、そして同時に、それを一種の「点灯夫の話」として、君に伝え、その「点灯夫」たちの走り回った後に残る......暗く、静かな夜の闇へと、僕は思いを馳せることにしよう。

 

年の暮れ果てて、人ごとに急ぎあへる頃ぞ、またなく、あはれなる。......御仏名(おぶつみやう)荷前(のさき)の使(つかひ)立つなどぞ、あはれに、やんごとなき。......晦日(つごもり)の夜は、いたう暗きに、松ども灯(とも)して、夜半(よなか)すぐるまで人の門(かど)たたき走り歩(あり)きて、何事にかあらん、ことごとしくののしりて、足を空(くう)に惑ふが、暁(あかつ)より、さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心細けれ。亡(な)き人の来る夜とて霊(たま)祭るわざは、このごろ都にはなきを、東(あづま)の方には、なほすることにてありしこそ、あはれなりしか。かくて明けゆく空の景色、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへ珍しき心地ぞする。大路の様(さま)松立てわたして、花やかに、うれしげなるこそ、また、あはれなれ。

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