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和漢の調べを楽しむ ――「教養」の来た道(232) 天野雅郎

僕が和歌山に移り住んで、その名の通りの「和歌」の勉強を始めてから、もう四半世紀を超えるのであるが、大学生の頃、何かの切っ掛けで始めた和歌作り......と言い出すと、何やら「若作り」のようで、いささか気持ちが悪いけれども、そのような創作面での和歌との付き合いは、いっこうに牛歩の状態を脱しないままである。が、どうやら和歌山は日本で屈指の、いわゆる「和歌三神」の鎮座する場所であるからなのか知らん、いろいろ和歌の勉強に励む人や、その集団が存在しており、たまたま僕も誘われて、そのようなグループの一つ(万葉わかな会)に顔を出すようになったのは、平成十年(1998年)のことであり、それから諸般の事情もあって、この会を結果的に僕が引き継ぐことになったのは、さらに三年後の、ちょうど21世紀の始発の年(2001年→平成十三年)のことである。

ちなみに、僕が先刻、和歌三神(わか・さんじん)と言ったのは、文字どおりに「和歌の守護神として、和歌と関連深い神や〔、〕すぐれた歌人を三柱あげたもの」であり――と、いつもの『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の語釈を君に紹介しておくと、さしあたり「近世、最も一般的なものは、住吉明神・玉津島明神・柿本人麻呂であるが、住吉明神・玉津島明神・天満天神・柿本人麻呂・山部赤人・衣通姫(そとおりひめ)とするものなど多くの説がある」。そして、この内の「玉津島明神」と「衣通姫」に繋がり合う形で、古くから「和歌の守護神」と見なされてきたのが、目下、僕がパソコンのキーボードを叩いている、この部屋の、この机の上から直線距離で、おおよそ200メートルほど先に位置している、和歌山の和歌浦の、玉津島(たまつしま=玉津嶋)神社であった次第。

ともかく、このようにして僕は和歌山に暮らして以来、それまでは折に触れ、パラパラと拾い読みをしているに過ぎなかった『万葉集』を、この「万葉わかな会」を通じて、月に一度、ことごとく読み通す(!)という経験をすることが叶い、そればかりか、その後に続けて『古今和歌集』と『新古今和歌集』の、いわゆる日本三大歌集も全部、読破することが出来たのである。おそらく、このような読書経験は単独で、自分一人で行なうことの困難なものであり、それを仮にコツコツと、孤独に成し遂げたとしても、それは多分、相当に独(ひと)り善(よ)がりの、まさしく独善的(self-righteous)な読書に留まるのではなかろうか、と僕は思うけれども、さて君は、いかがであろう。とは言っても、そのこと自体に気が付くのも、君や僕が独り善がりの読書を、脱け出した時ではあるが。

その意味において、僕は読書が人間関係と同様、とても複雑な経験である、と考えていて、世の中には習慣的に、ほとんど本を読まない人や、まったく本を読まない人がいる訳であるが、そのような人たちは必然的に、どこかで本嫌いを通り越して、きっと人間嫌いであるに違いない、と僕は感じている。が、このような人たちは翻ると、実は案外......と言うよりも、裏返しの形で自分自身を、ひどく好きな人たちが多いのではあるまいか。また、それとは一面、対照的であるかのように見えながらも、よく似た状態で自分自身を好きな人たちがいて、この人たちは普段、結構な読書家であったり、相当な読書家であったりするにも拘らず、その読書方法が至って個人的で、ひたすら独善的に、独り善がりの読書経験を積み、そのことに気が付かないまま、積み続けているケースが見受けられる。

おそらく、そのような読書方法を修正し、改善するためにも有効なのが、例えば大学で演習(seminar=苗床)の時間に、ある特定の本を一緒に読む、という経験であったに違いない。でも、残念ながら昨今の大学には、そのような時間を確保することが難しい上に、さらに一冊の本を共に読み合う、という経験自体が現在の、いわゆるコミュニケーション力(?)の乏しい大学生には、生理的に拒絶反応を催しかねないものでもあったろう。と言う訳で、逆に僕は昨年来、思い立って「古典講読」という演習形式の授業を始めたのであるが、意外や意外、これが結構、現在の大学生にも評判が好く、また春が来たら、この授業を新しいテキスト(text=織物)で再開するのを楽しみにしている。本当は、これが日本語ではなく、外国語で出来ると、万事めでたし、めでたし、なのであるけれども。

さて、そのような大学の授業と並行して、僕は数年前――厳密に言うと、平成二十一年(2009年)の春(4月)から、もう一方で「和歌浦万葉塾」という名の勉強会も開いていて、そこでは主として和歌山の和歌浦に因(ちな)んで、広く日本の文化や、宗教や学問や芸術や、とりわけ文学の話をしてきたのであるが、その最中に、ちょうど大学の「教養教育改革」の仕事も引き受けざるをえないことになり、こうして君にも、このような形で僕の考える、教養(ひいては、教養教育)の話を聴いて貰(もら)っている訳である。ただし、このようにして毎週、普通の教員の二倍も三倍も、授業を担当した上に、大学外で勉強会や読書会を続けるのは、かなり大変であり、とうとう一昨年(平成二十七年→2015年)の末に二つの、これらの会に切りを付け、幕切りをすることに決めたのであった。

ところが、やはり和歌山は和歌の神様の、古(いにしえ)より鎮座する場所であるからなのか知らん、なかなか僕を「和歌」から引き離し、解放してくれるには至らず、しばらく休憩した後に、ふたたび僕は和歌山の和歌浦で、今度は『百人一首』の会を催すことになった次第。おまけに、その会場が実に、玉津島神社からは目と鼻の先の、ただ川を隔てただけの場所であり、いよいよ僕と「和歌」との関係は切っても切れないものであるらしい、と観念をして、また今年の春を迎えている所である。まあ、僕自身は常に、いつもマイ・ペース(my pace→和製英語)であるし、僕に出来ることと出来ないことは決まっているので、あまり無理をする気はないし、無理をしても仕方がないのであるが、それでも毎年、巡り来る春に対しては、やはり僕も春らしくあらねばなるまい、とは思っている。

そこで、何と先月来、僕は『百人一首』に加えて、さらに新機軸として藤原公任(ふじわら・の・きんとう)の編んだ、あの『和漢朗詠集』の講読(講詠?)を開始し、おまけに、その中の漢詩を中国語と日本語で同時に読み、これを比較する、という企てを始めたばかりである。幸い、これが参加者の皆さんには好評で、僕も嬉しい限りであるが、ともかく古くから、このようにして何度も、くりかえし和歌の神様の鎮座する場所の近くで開かれてきたであろう、すべての勉強会や読書会の最高峰(......^^;)を目指すべく、僕の春を呼ぶ、春めいた取り組みはスタートを切った所である。なお、その会が次回、ちょうど玉津島神社の「桜まつり」と同じ日(4月1日)に開かれるから、ぜひ君も、その気になったら『和漢朗詠集』の、和漢の調べを楽しむために、足を運んで貰えると幸いである。

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