ホームメッセージ近親相姦について ――「教養」の来た道(240) 天野雅郎

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近親相姦について ――「教養」の来た道(240) 天野雅郎

いやはや、今回も前回に引き続き、なんとも過激な表題である。が、当然ながら(残念ながら?)僕は、この場で君に字義どおりの、例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)がアッサリと、この辞典にしてはアッサリすぎるほどにアッサリと、簡単に提示している語釈――「血縁の近い男女が性交を行なうこと」について、あれこれ話を聴いて欲しい訳ではないので、誤解のないように願いたい。なお、この語(近親相姦→キンシン・ソウカン)の典拠に『日本国語大辞典』は、明治十九年(1886年)に出版された『仏和法律字彙』(藤林忠良・加太邦憲共編)を挙げているから、この語が当時の「御雇(おやとい)外国人」であった、ジョルジユ・アッペール(Georges Appert)を介して、まず法律用語として私たちの国に持ち込まれるに至ってから、ほぼ130年の時間が経った訳である。

ところで......と、ここから話は急転回を遂げることになるが、僕自身は昨年(平成二十八年→2016年)来、大学の授業で「わかやま未来学」という科目を担当し、生半可(なまはんか)ではない、悪戦苦闘を続けている。なぜなら、この授業では和歌山大学に入学した、例えば君を始めとする学生諸君に、どうにかして「わかやま」の魅力(charm→carmen→和歌!)を伝え、その魅力をアピール(appeal=接近)し、それを通じて「わかやま」の「未来」を共に考えることは出来ないのか知らん、そして、願わくは君を始めとする学生諸君が、大学を卒業しても「わかやま」に住み、暮らし――要は、一人の「わかやま」の人間として生活し、人生を送ってくれないのか知らん、という途轍(トテツ)もない、途方(トホウ)もない取り組みを任され、これを引き受けるに至っているからである。

と、なんだか身(み=実)も蓋(ふた)もない話になりそうで、気が引けるけれども、もともと大学とは君や僕が、端的に言って、みずからの生まれ、育った場所を出て行くための機関(organ=道具)や組織(system=制度→institution)として設立され、誕生したのが本来の姿であり、その点、それを郷里と言おうか、郷土と言おうか、故郷と言おうか......ともかく、いずれにしても君や僕が、それぞれの「郷」(キョウ→漢音、呉音→ゴウ、訓読→さと)を後にして、そこから巣立っていくことに本来の、大学の意味や目的は備わっていた訳である。そして、そこから先は君や僕の、言ってみれば、決断と選択の問題であり、ふたたび君や僕が「郷」に帰り(→帰郷)在郷の人となるのか、それとも離れたまま(→離郷)望郷の人となるのかは、君や僕の「郷」との付き合い方次第である。

ともかく、このようにして「郷」とは、もともと「饗宴〔きょうえん=郷+食+宴〕の際の盛食の器〔中略〕を中心にして、左右に人が相向かって坐する形」(白川静『字統』1984年、平凡社)を指し示しており、そこには「田舎」(いなか→ゐなか)に暮らすこと(=在郷)と「都会」(みやこ)に暮らすこと(=在京)が、決して差別の対象となりうる訳では、なかったはずである。実際、この点については『日本国語大辞典』の「田舎」の語誌にも、次のように述べられているから、ご参照を。――「ゐなか」は、「みやこ」の対として、蔑視されていたとは限らない。上代の〔、〕いわゆる両貫貴族の本貫〔ほんがん〕の地、すなわち生産を営む場をさす場合には侮蔑性は少なく、都会的洗練を経ないものとしては、次第に、蔑称の意識が強まり、その意味での数多くの複合語をつくる。

と言うことは、このようにして「田舎」と「都会」の間に「次第に、蔑称の意識が強まり、その意味での数多くの複合語〔田舎○○⇔都会○○〕をつくる」のは、いったい何時の時代の出来事であり、そのような出来事を産み出した、社会や文化の成り立ちや仕組とは、どのようなものであったのか知らん、という点が気にならざるをえない。なにしろ、この点に納得が行かないと、おそらく君や僕は何時まで経っても、このような「都会」と「田舎」の対立構造や、その二極性(bipolarity)や二極化(bipolarization)や、いわゆる二律背反(antinomy→antinomia=法則矛盾)に苦しみ......胸を痛めることにも、なりかねないからである。と言う訳で、僕は目下、我が家の本棚から塚本学(つかもと・まなぶ)の『都会と田舎』(1991年、平凡社)を引っ張り出し、読み直している所である。

 

この不幸な事態は、むろん現代の課題である。東京〔=都会〕の側でも田舎の側でも、その打開策が講ぜられる。東京への一極集中の行き過ぎを抑えるとか、田舎が都会の風に追従するのではなく〔、〕それぞれの個性を生かして、魅力ある独自のコミュニティ建設につとめるといった主張は、ひろい支持をうける。だが、主張の正当性にもかかわらず、現実には都会の便益への〔、〕あこがれがある。〔中略〕都会は進んだ世界であり、田舎は〔、〕おくれた世界であるという感覚は、人生の成功者は都会に、そこでの競争に敗れたものが田舎に〔、〕という構図をも〔、〕ともなって、ひとびとをとらえている。田舎の側だけでなく、都会の側の不幸も、進んだ都会と〔、〕おくれた田舎観によっている。

 

なお、この本には「日本文化外史」という副題(→頼山陽『日本外史』)が付けられていて、この著者が「この本を歴史の記述であるとともに、また、時論への欲求をも〔、〕もたせたいという気持ち」で書き記していることも、さらに「人の生き方と深く〔、〕かかわるような歴史叙述の復活を念願」していることも、はなはだ僕には興味深く、共感の出来る点が多い。――とは言っても、そこで仮に「時論」に反し、抗する形で、みずからの「持論」を持ち出し、それが君や僕の生活や人生を、するどく突き刺すものであれば、あるほど、それを特定の誰かの物の見方や、頭の使い方として退け、そこから「理想」や「思想」を単なる、個人的な「感想」や「幻想」に摩(す)り替えていく、君や僕の生きている時代の「哲学嫌い」の風潮が、立ち開(はだ)かっているのではあるけれども。

さて、ここまで話が進んできて、今回の話題が表題どおりの、あの「近親相姦」という語に相応しい内容になっているのか......どうか、その判断は君に任せることにして、これまで僕は自分自身を、一度も「都会」の側にも「田舎」の側にも位置づけたことがなく、したがって、みずからを「都会人」であるとか「田舎者」であるとか、まったく感じた試(ため)しがない(!)という事実を付け加えておくのも無駄ではあるまい。と言ったのは、すでに僕は郷里(島根県松江市)を離れて、もう40年以上にもなるのであるが、実は今まで、そもそも郷里を離れたいとか、要は「田舎」を後にして「都会」に出たいとか、いっこうに考えたことがなく、それと同時に、逆に「田舎」に戻って、みずからの望郷の念を癒したいとか、慰めたいとか、そのように思ったこともないのが正直な話である。

これは一体、どのような事態を指し示しているのであろう。――と、僕自身が常に、いつも不思議に感じているのであるから、その理由が君には、よく分からなくても当然である。が、少なくとも僕自身は、みずからが生まれ、育った場所を離れていることが、とても辛くて、たまらない......という郷愁(nostalgia)を、どうやら感受することのない、鈍感な性格の持ち主であるらしく、その分、お蔭様で、これまで「都会人」であると自慢することもなければ、また「田舎者」であると卑下することもなく、言ってみれば、悠々自適に「私の個人主義」(夏目漱石)を楽しんでいる次第。まあ、そのような僕でも折に触れ、みずからが懐郷病(homesickness)を患った振りをして、あのカメレオンのような姿を装ってみたい気も起きない訳ではないから、この病の根は、相当に深いのであろう。

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