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若葉の秘密 ――「教養」の来た道(27) 天野雅郎

前回、僕は「若葉の季節」と題して、鑑真と芭蕉を中心に、幾つかのことを君に伝えたが、それでも結局、伝え切れない点は残らざるをえず、それを補う形で、今回は筆を執ることにした。まず、最初に恒例の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引くことから始めると、そこには「生え出て間もない草木の葉。芽出しの葉」という語釈が冒頭に置かれ、その次に、この語は夏の季語(season word)であることが説明されてから、典拠には『源氏物語』(若菜)の中の、玉鬘(たまかづら)の歌(若葉さす/野辺の小松を/引き連れて/もとの岩根を/祈る今日かな)が挙げられている。――君も承知の通り、この玉鬘は光源氏の、初恋の女性(夕顔)の忘れ形見であり、やがて光源氏の養女となり、当時の結婚制度(略奪婚?)に翻弄されながら、光源氏の手を離れていった女性である。

したがって、この歌も表面上、彼女が自分の子供(「野辺の小松」)を引き連れて、養父(「もとの岩根」)である光源氏を訪ね、その長寿(40歳!)を祝い、賀の歌を贈る、という設定になっている。が、ここで何故、この語(「若葉」)の典拠に挙げられているのは『源氏物語』なのであろうか? ……と言うと、実は『源氏物語』以前には、この「若葉」という語が未成立の語であった可能性が高い、からである。と言うことは、ひょっとすると「若葉」という語は『源氏物語』(と言うよりも、紫式部)の考案した語であった可能性も、ない訳ではないが、そのような詮索は玄人(くろうと=specialist)に任せておいて、もっぱら君や僕は素人(しろうと=layman)の側から、何かを、誰かを、愛する者(amateur=アマチュア)として、その特権を、思う存分に発揮しようではないか。

ちなみに、その『源氏物語』の中で、この「若葉」という語を冠せられ、さながら「若葉」の化身(incarnation)のように扱われているのは、玉鬘ではなく、やがて光源氏の妻となる、紫の上であり、それも彼女の10歳――要するに、現在の小学校の4年生程度の、少女の頃の姿であって、この点については、彼女を見初(みそ)めた光源氏の歌(初草の/若葉の上を/見つるより/旅寝の袖も/露ぞ乾かぬ)によって、君や僕にも分かり易い仕掛けとなっている。また、この歌を挟んで、この歌の前後に置かれている、それぞれ紫の上の、祖母の尼君の歌と彼女の侍女の歌と、それから再度、光源氏の歌を順(下記)に並べると、この「若葉」という語が紫式部(すなわち、これらの歌の、すべての作者)の中で、どのような経緯を辿って生まれた語であるのかも、ほのかに浮かび上がってくる。

 

生ひ立たむ ありかも知らぬ 若草を おくらす露ぞ 消えむ空なき

初草の 生ひ行く末も 知らぬまに いかでか露の 消えむとすらむ

手に摘みて いつしかも見む 紫の 根に通ひける 野辺の若草

 

なお、これらの歌が並んでいる……と言って、語弊があるのなら、これらの歌が鏤(ちりば)められている、その『源氏物語』の巻名は、いわゆる「若紫」であるけれども、この語は『源氏物語』の中に、その全編を通じても、一度として使われておらず、この語を有名にしたのは、その名を君も知っている、あの『伊勢物語』の一首――「春日野(かすがの)の/若紫の/摺衣(すりごろも)/忍(しのぶ=偲ぶ)の乱れ/限り知られず」である。もっとも、この歌は本来、在原業平(ありはら・の・なりひら)の歌であって、そうである以上は、この歌が作者と同時代の、平安初期の『古今和歌集』に収められていても、いっこうに不思議ではないのに、信じ難いことながら、この歌が収められているのは鎌倉初期の、実に300年の時を隔てて、編纂をされた『新古今和歌集』であった。

何が言いたいのか……と言うと、このようにして言葉というものは、命(いのち=息の霊)を持った生き物であり、それどころか、それは文字通りの動物(animal=息づく者)であって、それぞれの言葉が、どのような周期で、どのような振幅で、呼吸(すなわち、息を吐くこと、息を吸うこと)を繰り返しているのかは、はるかに人間の尺度を超えており、人間の生活や人生や生涯の、その「生」(life)の営みを凌(しの)いでいる、と見なさざるをえない。そうであるからこそ、逆に私たちは言葉を使い、いや、むしろ言葉に使われ、それぞれの生活や人生や生涯を送り、過ごすことが叶うのである。当然と言えば、当然のことであるが、このような言葉と人間の関係を、残念ながら、どこか私たちの生きている時代は誤解をし、下手をすると、逆転(転倒?)をさせている嫌いが強い。

例えば、先刻の「若紫」という語は、その意味において、ほぼ300年の時を隔てて、その息を「勅撰和歌集」の中に吹き返したのであり、それを現在の、私たちの時代の用語に譬(たと)えるならば、一方で人工呼吸(artificial respiration)という表現をすることも出来るであろう。が、裏を返せば、そこに「若紫」という語の、長く深い、自発呼吸(deep breathing=深呼吸)を感じ取る必要(と言うよりも、配慮)が、私たちには求められている。いずれにしても、このようにして「若草」も、あるいは「初草」も、共に『源氏物語』において、長く深い、それぞれの語の呼吸のために必要な、大気(atmosphere=蒸気圏)を見出し、手に入れたのであって、その栄誉を祝して、この物語(『源氏物語』)の作者は「紫式部」と、その名を呼ばれ続けて、今に至っているはずである。

もちろん、そのような栄誉によっても、この作者の実名(real name)を、君や僕が呼び戻し、その名を口にすることは決して叶わず、その限りにおいて、この作者の名(「紫式部」)は何時まで経っても、いわゆる著者(author)とはなりえないであろうし、その権威(authority)を、この語の通常の用法で、手に入れる時も訪れないであろうけれども、著者とは元来、まさしく増殖者(auctor)の意味であったことを踏まえれば、ひょっとすると「紫式部」は著者の中の著者、と逆に、評しうるのではあるまいか。何しろ、先刻の『伊勢物語』の「若紫」の歌も、あるいは『新古今和歌集』において、この歌の次に置かれている、醍醐天皇の一首(紫の/色に心は/あらねども/深くぞ人を/思ひ染めつる)も、どちらも揃って、名も無い「女」や「更衣」にこそ、贈られた歌であったから。

ところで、この文章を君が、ここまで辛抱をして読んでくれたのであれば、どうして僕が「若葉」や「若草」や「若菜」という語で、もっぱら女性の話をしてきたのか、その理由が、君には分かるであろうか? ――単に、それは僕の「女好き」や、いわゆる「好色」の所為(せい)ではないことを、君に伝えて、この駄文の締め括りとしたい。ただし、そのためには君が図書館に出向き、僕も愛用の、白川静の辞書(例えば『字統』や『字訓』や『字通』や、あるいは『常用字解』)を引く必要がある。すると、そこには今回の話題となった「若」(音読:ジャク、訓読:わか)の字が、驚くなかれ、何と女性の、それも「エクスタシー」の姿を、象(かたど)る字であったことが解き明かされている。……さて、その秘密(!)を、君は『源氏物語』の作者も気が付いていた、と思うかな?

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