ホームメッセージ「スポーツ気分」論 ――「教養」の来た道(352) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

「スポーツ気分」論 ――「教養」の来た道(352) 天野雅郎

やれやれ、またもやスポーツの話である。おまけに、今回は前々回の......その、さらに前々回の「スポーツ精神」論とは違い、おそらく君が聞いたことのない、と書き継いで、よく考えてみれば「スポーツ精神」よりも、むしろ「スポーツ気分」という言い回しの方が、ひょっとして君には馴染(なじみ→馴れ染み)深いのではないか知らん、と僕は思い直している所である。なにしろ、例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で「スポーツマンシップ」を引くと、そこには以前(第349回:スポーツマンシップを考える)君に紹介したことのある、あの「スポーツマンとして求められる、明るく正々堂々と全力をつくして競技をする態度、精神」という語釈が施されていて、このような「態度」や「精神」という語で「スポーツマンシップ」が置き換えられているのに出会すからである。

と言うことは、そもそも「スポーツマンシップ」とは「スポーツ態度」(?)や、まさしく「スポーツ精神」によって表現されるべきものであり、そこに「スポーツ気分」という名のフワフワした、受け取り様によってはチャラチャラした(→「チャラい」!)ある種の軽薄な感じが持ち込まれるのを、スポーツ自体が嫌悪し、拒絶している、と見なされかねない一面があることも確かであろう。でも、困ったことに『日本国語大辞典』には、スポーツの後に続けて、スポーツウエア(sportswear)とかスポーツカー(sports car)とか、スポーツ刈りとかスポーツシャツ(sports shirt)とか、スポーツ新聞とかスポーツドリンク(sports drink)とか、このような一連の語が並んでいるのであって、これらの語がフワフワした、いわゆる「チャラ男」の姿を呼び起こしがちなのも疑いがない。

要するに、このようにしてスポーツとは、一方において「態度」や「精神」に繋がり合う、どこか硬派なイメージを伴っているものである。が、それと同時にスポーツには、もう一方において「気分」とでも称するしかない、ある「心持。気持。ここち」(同上)や、その「様子。感じ。趣。雰囲気」(同上)が付き纏(まと)うことも事実であろう。ちなみに、このような場合に使う「硬派」や「軟派」という語は、もともと「政治用語」であり、前者であれば「自分の意見や主義、信念を強く主張し、貫こうとする傾向の人々。強硬派」を指し、後者であれば「意見や主義が軟弱な党派。強硬な主張をすることの〔、〕できない者」を示している――と、これまた『日本国語大辞典』には述べられている。そして、そこから興味深いことに、この語は次に、マスコミ用語に身を変えるのである。

と言ったのは、この語が19世紀の終わりになって、今度は新聞や雑誌の記事の内容や、それを扱う、担当の記者を指し示すに至ったからである。もちろん、お察しの通り、政治面や経済面が「硬派」であり、社会面や文芸面が「軟派」であった。おまけに、後者には『日本国語大辞典』によると、さらに艶物(つやもの)が付け加えられており、これは文字どおりに「つやめいた男女間の恋愛または情事」を主題にするジャンルである。と言うことは、例えば明治四十年(1907年)に夏目金之助(なつめ・きんのすけ)が朝日新聞に入社し、例の『虞美人草』を漱石(そうせき)の名で物して以降、彼は世間の目から見れば、ほかならぬ「軟派」であったことになるのだな、と僕は気付き、今更ながら、逆に彼の異常な......と評しても構わないほどの、人並外れた「硬派」ぶりが納得できた次第。

ついでに、君も知っている、あの「異性との交遊や、華美な服装を好んでする青少年の一派」を、この「軟派」という語が表現するようになったり、また、このような「女性との交遊、華美な服装などを柔弱であるとして反発し、理想や主義主張、男らしさに価値を置く人々。特に、とかく腕力に訴えたがる青少年の一派」を「硬派」と、反対に呼ぶようになったりするのは、いったい何時の時代の話なのであろう。と思って、あらためて『日本国語大辞典』で調べると、どちらの用例にも同じ、森鷗外(もり・おうがい)の『ヰタ・セクスアリス』が挙げられているから、この点で判断すると、この「性欲的生活」(Vita sexualis)の自伝的作品を森鷗外が発表し、これが発禁処分を受けた年、すなわち、明治四十二年(1909年)には上記の「硬派」も「軟派」も、成立済みであったことになる。

なお、そこから「ナンパする」という形で、この「軟派」という語が「転じて、俗に、街頭で声をかけて異性をさそうこと」にまで身を持ち崩すのは、さらに時代が下って、20世紀の終盤(1980年代?)を待たなくてはならないようであるし、そのような行為も今では、もう日常茶飯の、それこそ「スポーツ気分」に充ち満ちたものとなっているから、これ以上の詮索は控えよう。ただし、このような行為は遡れば、むしろスポーツの原点である狩猟や管弦や、あるいは行楽や酒宴や、要は「あそび」(=遊戯)の起源に即し、これを踏まえたものであったことも確かである。違うとすれば、そこに以下の「日本スポーツ協会」の憲章の定める「心得」が、まったく抜け落ちているか、それとも本人は「心得太郎兵衛」(こころえ・たろべえ)の心得違いをしているか、その、どちらかであろう。

 

第6条 スポーツに関わる者の心得

スポーツに関わる者は、スポーツ精神及びスポーツの使命を十分に認識し、スポーツを後世に伝え継ぐ役割を担い、それぞれの立場に応じて〔中略〕特に次の各号に定める事項に配慮しなければならない。(1)スポーツを行う者(以下「プレーヤー」という。)は、スポーツを愛し、楽しむために、自発的に行うとともに、常に相手を尊重し、スポーツ精神に基づいて自らの行動に最善を尽くさなければならない。(2)スポーツ指導者等(大会役員、審判員、スタッフ等を含む)は、スポーツが全ての人々の基本的な権利であることを理解するとともに、常にプレーヤーズファーストを念頭にプレーヤーを導き、サポートする役割を有していることを認識し、スポーツ指導者等の持つ影響力を自覚して行動しなければならない。(3)本会及び加盟団体の役職員は、団体の公益性と社会的責任を認識し、常に品位と名誉を重んじ、プレーヤーやスポーツ指導者等の模範となるよう行動しなければならない。

 

閑話休題。これで、やっと、どうにか「日本スポーツ協会」の憲章の引用は、お仕舞いである。まだ後に第7条(本会及び加盟団体の使命・役割)と第8条(本憲章の適用)が残っているが、これらは当面、僕の関心の埒外(ラチガイ)であるから、この場では省略する。ところで、これまで僕は「スポーツ気分」という表題を掲げて、いろいろ君に話を聴いて貰(もら)っているけれども、実は最初は、このような話題を持ち出す気は、まったく無くて、むしろ20世紀の哲学が歴史上、初めて主題化をした「気分」との関わりの中で、この「スポーツ気分」という語を捉え、それを逆に、それまでの「スポーツ精神」と比べ、論じることは叶わないのか知らん、と願っていたのであるが、残念ながら、その願いは僕の、いつものノラリクラリの態度が災いして、先延ばしにせざるをえない次第。

そこで、いささか罪滅ぼしの意味合いも込めて、僕は君に、中山元(なかやま・げん)の『思考の用語辞典』(2000年、筑摩書房)から次のような「気分」の項を紹介しておくので、ご一読を。エエ~、また辞書ですか(😞)と、君が呆れ返ろうが知ったことではない。哲学とは、まず何よりも辞書を引き、辞書を引き、これを繰り返すことによってしか成り立たない、ある種の、頭と心と、言うまでもなく、体の体操(gymnastics)であり、その訓練(exercise)であったからである。その意味において、僕は毎回、君に実際に僕自身が、どのような辞書の引き方をしているのか、その具体例を示し、好くも悪くも、君の見本(サンプル)にして貰えれば有り難い。――と、このように期待しながら、また今日も、いったい何度、僕は辞書を引き続けたのであろう。われながら、お疲れ様です。

 

気分は〔、〕からだの問題かな。こころの問題かな。よく〔、〕わかんないね。こういう〔、〕どっちつかずは哲学に〔、〕きらわれる。そんなわけで、ながらく気分と哲学は、よそよそしい間柄にあった。たとえばギリシアの哲学でも、個人の気分は哲学と縁のないものだった。身体的とも精神的ともつかない〔、〕あいまいま「気分」という概念は、プラトンのイデア論からも、アリストテレスの霊魂論からも〔、〕すべりおちてしまう。そして〔、〕のちの情念論の伝統からも、気分は〔、〕のけものにされていた。ヘーゲルでも気分は、みずからの自由を十分認識していない主観的な精神が〔、〕おちいる「ぼんやりとした」状態でしかなかったんだ(『精神哲学』)。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2019 Wakayama University