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現象について ――「教養」の来た道(356) 天野雅郎

精神について、まだ本当は喋りたいことが残っているのであるが、あまり精神という語に拘泥するのも気が引けるし、いやらしいかな(?)と僕は思い、今回は別の角度から、現象について、君に話を聴いて貰(もら)いたい。と書き出すと、結果的に僕にとって、精神という語と現象という語は、かなり似通った語であることにならざるをえない。もちろん、それは少しばかり前、君に「精神について」(第350回)と、その続き(第351回)を書き送った際、触れた点であるけれども、仮に精神という語と現象という語を結び付けるとすれば、僕のような人間や、その世代には馬鹿の一つ覚えにも似て、ヘーゲルの『精神現象学』の名が浮かび上がってくるのであり、われながら、その決まり切った連想には呆れ返るほどである。が、これも一つの、いわゆる精神現象と言うことで、ご容赦を。

ちなみに、このようにして精神現象という語を使うと、これまで君が一度もヘーゲルの『精神現象学』を読んだことが、ないのであれば、ずいぶん違うイメージを、この本に対して抱いてしまう虞(おそれ)があるのではないか知らん......と、このように判断して、例えば岩波書店の「ヘーゲル全集」版(金子武蔵訳)の『精神現象学』も、これを『精神の現象学』に改める、という快挙――と言おうか暴挙と言おうか、このような決断も生じたのではなかろうか。ただし、このような英断を下してみても、けっきょく『精神の現象学』は定着するには至らず、その後の翻訳者たちも、やはり『精神現象学』は『精神現象学』としている訳であるから、このようなタイトルは個人の、その都度の趣味や嗜好により、と評しては語弊があるが、あまり弄(いじ)らない方が賢明なのかも知れないね。

とは言っても、それを弄りたくなるのが翻訳者であって、その意味において、いつも翻訳者(traduttore)には裏切り者(traditor)の烙印が押されかねないのも、このイタリア語の警句(traduttore, traditor)が示している通りであろう。ただし、僕が大学生であった頃も、それ以降も、ヘーゲルの『精神現象学』の翻訳と言えば、この金子武蔵(かねこ・たけぞう)訳が定番であった時代は長く続いたのであり、おそらく20世紀の末年まで、哲学の勉強をする学生の部屋には必ず、と書き継ぐと、いささか誇張になるが、はなはだ多くの哲学青年の本棚には、この岩波書店版の『精神(の)現象学』が置かれていたはずである。実際、僕も当時、この2巻本を古本屋で見つけ、これにソコソコの大枚(たいまい)を叩(はた)いて、やっと購入した折の記憶は、いまでも鮮明に残っている。

もちろん、この他にも1960年代には、例えば河出書房の「世界の大思想」版(樫山欽四郎訳)が昭和四十一年(1966年)に出版されていたし、これは前々回、君に報告した通り、ちょうど僕が大学生になった年(昭和四十九年→1974年)にコンパクトな廉価版で出直していたから、それが今、我が家(=天野図書館)の書架に並んでいる訳である。そして、この後は1970年代になって、上記の金子武蔵訳が『精神現象学』から『精神の現象学』へと名を改め、上巻が昭和四十六年(1971年)に、下巻が昭和五十四年(1979年)に、それぞれ刊行されている。と言うことは、この時期、僕が大学生としてヘーゲルの勉強をしようと思えば、それなりの条件や環境は整っていたことにもなりうるのであるが、なかなか僕がヘーゲルに辿り着くまでの道は遠く、それは大学院に入ってからのことであった。

なにしろ、当時は大学の授業で、演習科目には決まってヘーゲルの『精神現象学』か、あるいは、カントの『判断力批判』あたりが取り上げられることになっていて、言ってみれば、この恒例行事に僕も、中途から参加することになったのである。であるから、僕が『精神現象学』を原書で、ドイツ語で読み出すのも大学院生になってからのことであった次第。なお、このような場には担当の先生(=教授)以外にも、上は博士課程から下は学部の、いわゆる「ゼミ」(=ゼミナール→Seminar→苗床!)に入り立ての学生も出席していて、これを取り纏(まと)めるのが助手(→助教)の役目であったが、おそらく現在でも、このような場が成り立っている大学は、大学らしい大学で、そこには大学らしい雰囲気も残されているのであろうが、さて昨今、それを期待しても構わないのであろうか。

ついでに、お浚(さら)いをしておくと、この後、しばらく時間が経って、20世紀の末年(平成十年→1998年)には作品社から長谷川宏(はせがわ・ひろし)訳が、21世紀の初年(平成十三年→2001年)には未知谷から牧野紀之(まきの・のりゆき)訳が、さらに昨年(平成三十年→2018年)になって新しく、ちくま学芸文庫から全2冊(上・下)で熊野純彦(くまの・すみひこ)訳が、それぞれ付け加わっているが、残念ながら、僕自身は郷里(島根県松江市)の隣の市で、もう今は、消えてしまった平田市出身の、長谷川宏訳の他に目を通したことはない。そう言えば、長谷川宏は彼の出身校である、平田高校(→「平校」)創設以来の秀才であると、いつか誰かに、どこかで聞いた憶えがあるけれども、その身の処し方と言い、なるほど......そうであろうな、と頷(うなづ)かざるをえない。

ところで、僕は前回、君に精神という語(すなわち、漢語)の成り立ちを報告した際、そこで精神の精(呉音→ショウ、漢音→セイ)が精米の意味であることを、あらかじめ述べておいたのであるが、残念ながら、これが精神の神(呉音→ジン、漢音→シン)という語と、どのように結び付き、関わりを持っているのかは、うまく話を繋げることが出来ずに終わっている。そこで以下、この点を明らかにしておくと、そもそも神とは字面の通りに「祭卓」(=示)と、そこに「電光の屈折して走る形」(=申)を添えて出来上がった文字である。この点に関しては、以前(第304回:神について)僕は白川静(しらかわ・しずか)の『字訓』(1987年、平凡社)の言い回しを借りて、そのまま「神」の話を君に聴いて貰っているから、この場で同じ説明を繰り返すのは控えたい。再度、ご参照を。

そして、このようにして空にピカッ(⚡⚡⚡)と、まさしく閃光を発して、神(かみ)が電光石火の状態で君や僕の前に姿を見せた時、それを日本語では雷(いかずち→いかづち→厳霊)と呼び、すでに奈良時代(『万葉集』)以降、そのまま神が鳴っていること(→鳴神)を指し示してきた訳である。さらに、この鳴神(なるかみ)から平安時代に至って、今度は神鳴(かみなり)という語も生まれるが、それと並んで、頻りに用いられるようになったのが「いなずま」であり、これに漢字を宛がえば、文字どおりの「稲妻」(いなづま)となる。――と、ここまで話が来れば、なぜ精神という語において精と神とが繋がるのかも、君は先刻来、お見通しであろうが、その際の性的な、男女関係を露骨に、はっきり表現している日本語が「いなつるび」(稲交尾→いなつるみ)という古語であった。

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