ホームメッセージ文学の時代 ――「教養」の来た道(369) 天野雅郎

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文学の時代 ――「教養」の来た道(369) 天野雅郎

いよいよ六月(June→Juno→女神月)も終わりに近づいて、前期の授業も残すは、わずかに七月(July→Julius→帝王月)だけとなっている。そこで今回は、そろそろ試験の準備も兼ねながら(......^^;)あれこれ三島由紀夫(みしま・ゆきお)関連の参考文献等、君に紹介しておこうか知らん、と僕は筆を執り出した所である。が、このような形で、このようなブログを書き続けていると、いろいろ世の中には奇特な人たちがいて、時々、テレビ局のディレクターや出版社のエディターや、要するに、ほとんど僕には縁の無い人たちからの問い合わせが来て、ビックリすることも稀ではない。なにしろ、我が家には 📺 ――と、この種の絵文字までパソコンのキーボードを叩いていると、お目に掛かる機会に恵まれるのであるから、これは嬉しいような悲しいような、けっこう複雑な心境である。

ともあれ、その 📺 の映らない生活が我が家では、長い間、日常茶飯であって、ご飯を食べる時も、お茶を飲む時も、その 📺 は沈黙を守っている。嗚呼(ああ)何と言う奥床(おくゆか)しい、慎(つつ)ましい 📺 であることか......ただ映画を映すためにのみ、そこに存在しているとは。――と、このようなことを書き継いでいて、ふと気が付いたのであるが、僕の亡くなった父親は三島由紀夫と似た、大正時代の末年の生まれであるけれども、その存命中、いっさい食事の席には 📺 を持ち込まず、最後まで 📺 を介入させずに食事(=家族)の場を維持しようとして、父親なりの悪戦苦闘をしていた事態が想い起こされ、感無量。言い換えれば、そのような涙ぐましい、大袈裟(おおげさ)に言うと、自分自身の体を張って何かを守ろうとする姿勢が、僕にとっての大正時代なのである。

さて、このような前置きで今回は、三島由紀夫に関する参考文献等、僕は君に見繕(つくろ)いたい訳であるが、まず何よりも彼自身が、作家として書き上げた作品の数々に、君には直接、目を通して欲しい限りである。逆に言うと、とにかく昨今の大学は学生のみならず、教員も職員も含めて、あまりにも本を読まない人たちが多く、ひょっとすると世の中で、いちばん本を読まない人たちの集まっているのが大学なのではなかろうか、と真面目(まじめ)に思い、悩まざるをえないほどなのである。論より証拠、おそらく大学生よりも高校生は、まだ本を読んでいるのではないか知らん、そして中学生は、もっと読んでいるのではないか知らん、と考えて遡ると、おそろしいことに小学生が、もっとも本を読んでいる(!)な~んて話は、いくら何でも、ありえない話......なのかなあ。絶句。

このようにして振り返ると、どうやら君と僕との世代(ジェネレーション)の間に横たわる、大きな隔たり(ギャップ)は、わりと簡単に手に取ることの叶う、いわゆる「文学全集」の類が日本文学においても、また世界文学においても、ほとんど存在していないことなのではあるまいか。と疑問に感じ、調べてみると、わずかに現在、池澤夏樹(いけざわ・なつき)の離れ業のような、個人編集の『日本文学全集』が河出書房新社から刊行されているのに行き着く程度で、その他には文庫版の、筑摩書房から出版された『ちくま日本文学全集』が浮かんでくるが、これは1990年代の前半のものであるから、もう今から四半世紀も前のものになる。と言うことは、こと三島由紀夫に限って言えば、これ以外の形で彼の作品集を読もうとすると、はるか、その昔を辿り直さざるをえないことになる。

事実、目下、僕の手許にある、これまた河出書房新社の「カラー版・日本文学全集」の中の『三島由紀夫』は、あわせて二巻本であり、第一巻(38)が昭和四十三年(1968年)に、第二巻(46)が奇しくも、この作家の亡くなる直前、昭和四十五年(1970年)の10月30日に刊行されているけれども、これ以外にも驚くべきことに、1950年代から1960年代に掛けては、それこそ毎年と言っても構わないほど、次から次へと彼の作品集は出版されている。例えば1960年代のものを並べてみると、まず集英社の「新日本文学全集」(33)の『三島由紀夫集』が昭和三十七年(1962年)に出て、これから一年刻みに、筑摩書房の「現代文学大系」(58)の『三島由紀夫集』と河出書房新社の「現代の文学」(40)の『三島由紀夫集』が、ひいては中央公論社の「日本の文学」(69)の『三島由紀夫』が続く。

これ以降も、この傾向は終息せず、これまで名を挙げてきた、河出書房新社からも集英社からも筑摩書房からも、言ってみれば、装いを新たにした「三島由紀夫集」は「日本文学全集」の一冊として、それどころか、その目玉として、ひっきりなしに書店の本棚を賑わしていた次第。なお、その集大成という形で、彼の個人全集を編み続けたのが新潮社であり、これは実に、昭和二十八年(1953年)から翌年に掛けての『三島由紀夫作品集』(全6巻)を皮切りに、昭和三十二年(1957年)から足掛け3年に及ぶ『三島由紀夫選集』(全19巻)――そして、何と、そこに『三島由紀夫戯曲全集』(昭和三十七年)と『三島由紀夫短篇全集』(昭和三十九年)と『三島由紀夫評論全集』(昭和四十一年)と、さらに『三島由紀夫長篇全集』(昭和四十二年~四十三年)が、同時に上乗せをされていたのである。

と、このような煩雑な事態を君に伝えるに際して、今、僕がページを開いているのは、昭和四十八年(1973年)に学習研究社から刊行された「人と文学シリーズ・現代日本文学アルバム」の中の『三島由紀夫』の、その普及版であるけれども、このような「日本文学アルバム」の類も以前、君に紹介しておいた、あの「新潮日本文学アルバム」の他には、おそらく存在していないであろうから、このような「日本文学アルバム」が出版されること自体が、ある特定の、固有の時代の相貌を抜きにしては、成り立ちえないのであろう。ちなみに、これと同様のシリーズ物で、僕が折に触れ、お世話になっているのが小学館の「群像・日本の作家」であるが、こちらは1990年代の初頭の企画であったし、上記の「新潮日本文学アルバム」にしても、そのスタートは1980年代に、遡らざるをえないはず。

と言うことは、仮に君が三島由紀夫に興味を持って、せっかく本屋に足を運んでくれても、そこには直接、手に取り、読むことの叶う本が......参考文献としては並んでいない、という事態が予想されるから、かなり困った話である。おまけに、これまた以前、僕が君に紹介しておいた、河出書房新社の「KAWADE夢ムック・文藝別冊」の『三島由紀夫』(2005年→増補新版:2012年)も、あるいは平凡社の「別冊太陽」の『三島由紀夫』(2010年)も、はたまた新潮文庫の「文豪ナビ」シリーズの『三島由紀夫』(2004年)も、どれもこれも、もう入手が困難な状況で――と嘆きながら、念のために調べてみると、唯一、最後の新潮文庫だけが新本で購入できる模様である。副題には「時代が後から追いかけた。そうか! 早すぎたんだ」とある。なるほど、冗談ではなく......本当に「早すぎたんだ」ね。

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