ホームメッセージ「グランパ」の威厳 ――「教養」の来た道(41) 天野雅郎

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「グランパ」の威厳 ――「教養」の来た道(41) 天野雅郎

僕は前々回、正確に言うと、その前の回から、いわゆる「おじいさん」の話を君に、続けて聴いて貰(もら)っているけれども、僕自身は個人的に、生まれた時には父方にも母方にも、すでに祖父が存命ではなく、その意味においては、まったく「おじいさん」(grandfather=一親等を隔てた「父」)という存在や、その雰囲気を、知らないままに少年時代を過ごした次第であって、例えば前々回に取り上げた、映画の『冬冬(トントン)の夏休み』の中でも、あるいは、原作の『安安(アンアン)の夏休み』の中でも、そこに描かれている「おじいさん」の姿が、はなはだ「威厳」に富み、子供には見ることも、触れることも出来ない何かを、その背後に抱え込んでいる……そのような、ある種の「おじいさん」との出会いが叶わなかったことに対して、時々、残念に感じることがある。

その所為(せい)でもあろうか、例えば原作の中で主人公(安安)が、祖父と一緒に犬の散歩に出掛け、祖父の投げる石を犬が追い、その石を咥(くわ)えて犬が戻り――ただ単に、それだけのことを繰り返している光景に、なぜ主人公は「興奮」し、まるで「夕焼けで顔が燃えるような気がした」のか、正直な所、よく僕には事情が分からない(^^;)と言うのが、当初の感想であった。でも、そのような分かりづらさと出会うことが、おそらく本を読んだり、映画を観たりすることの、いちばん重要な「経験」であろうから、僕は主人公の、文字通りに「曰(いわ)く言い難い」(『孟子』)経験を、そのまま受け止めることから、出発する必要があるに違いない。「どんな言葉も、いままでの生活で経験したどんな感情も、きょうの午後経験したことを伝えるには、物足りなかったのだ」。

それでも、例えば映画の中で主人公(冬冬)が、祖父と一緒に蓄音機(!)を回し、ソファーに座り、古いアルバムの写真を眺めながら、スッペ(Franz von Suppé)の『詩人と農夫』のレコード(!)を聴いている、その場面が次第に……遠く、窓の外に広がる台湾の、黄金色の田園風景へと切り替わり、さらに、それが祠(ほこら←ほくら=神庫)のある、村の広場の大きな樹の上に登った、主人公の姿(と言うよりも、主人公の目線)にまで辿り着くことになるシーンは、この映画の中でも一番、僕の好きなシーンであるし、そのような場面に収められている、祖父と孫(grandchild=一親等を隔てた「子」)である主人公の姿は、まさしく「世代」(ジェネレーション)と呼ばれる人間関係の、意味や価値や、その存在理由(raison d'être)を想い起こすには、充分すぎるものであった。

このようなシーンは、原作においても繰り返し、祖父の家の中の細々(こまごま)とした、家具や調度や、要するに、日常生活のために必要な、身の回りの道具類や器具類を通じて表現されている。――「祖父の家では、すべてが順序正しく整頓されていた。しかも古い写真のように、年月の重みを感じさせる、あわい黄色の靄(もや)がかかっていた。(改行)あの古いラジオも、安安が生まれる前からのものだ。いまでも二階の広間の机のうえにおかれ、相変わらず古ぼけた赤紫のビロードがかぶせてある。毎朝七時ちょうどにスイッチが入れられる。(改行)大きな音がひびきわたり、まだ眠りこけている人の目をさまさせる。楊先生は、いつものように習字を二ページ、手本どおりに書き終え、新聞を読みながらニュース番組を聞く。安安は床のなかで、うとうとしながら聞いていた」。

言うまでもなく、この「楊(ヤン)先生」が主人公の、そのまま「おじいさん」に他ならない。そして、そのような「おじいさん」の生活ぶりや、堅苦しい性格を、最初は「いやな気分」で受け止めていた主人公が、いつしか見方を変えて、そこに曰く言い難い、不思議な「威厳」を感じ取るまでに成長を遂げる……そのような、人間形成や人格陶冶の物語(Bildungsroman=教養小説)として、この原作(『安安の夏休み』)を読むことも、映画(『冬冬の夏休み』)を観ることも、可能であろう。なぜなら、そのような人間形成や人格陶冶に最適の場所は、残念ながら学校ではなく、その学校が「夏休み」を迎え、普段は決して子供には近付くことの出来ない、立ち入り禁止の扉(とびら=戸片)が、その隙間を少しだけ、開く時に他ならないからである。君も僕も、よく知っている通りに。

 

安安は(中略・改行)ぼんやりとだが、威厳というものを感じた。見ることも触れることもできないものだが、確かに、あそこにあった。祖父が習字をする机、筆、硯、それに赤紫のビロードでできたラジオのカバーのうえにおかれた薄紫の磁器の花瓶。花瓶には祖母が切ってきたハクモクレンがさしてあり、そのそばには祖父の鼈甲(べっこう)のメガネがおいてある。それに診察室、手術室、薬局。あそこには、子どもたちは行ってはいけないことになっていた。

 

ところで、この物語には「假期」という、日本語の「夏休み」に当たる語が宛がわれ、原作では『安安的假期』と、映画では『冬冬的假期』と、それぞれ名前を付けられているけれども、映画の方には英語の題名も添えられていて、こちらは A Summer at Grandpa’s と題されている。と言うことは、この Grandpa という語が英語の題名では、いわゆる「おじいさん」(と言うよりも「おじいちゃん」)を指し示していることになるが、言うまでもなく、この Grandpa のpaは「パパ」(papa)の短縮形であって、僕のように誰かを――とは言っても、それは当然、僕の父親であったり、また逆に、僕自身でもあったりする訳であるが、生まれて以来、一度として誰かを「パパ」と呼んだり、呼ばせたりした、経験も記憶も欠いている身には、いささか面映(おもは)ゆい題名の付け方ではある。

ただし、そのような「パパ」という呼び名が意外にも、元(もと)を正せば、ギリシア語(pappas)やラテン語(papa)に遡り、例えば英語で使われ出した頃も、はじめは上流階級の、上品な用語であったことを、君は知っていたであろうか。また、これが広く、一般に普及するのは18世紀の後半を待たねばならず、そして、そこから結果的に、この語は小児(幼児?)語にまで限定されるに至った次第。とは言っても、どうやら現在では「ダッド」(dad)や「ダディー」(daddy)の方が、むしろ普通の、通常の言い回しのようであるから、逆に「パパ」は本来の、古風な呼び名に舞い戻った、と言えないこともない。そして、そうである以上は「グランパ」も、それほど日常的な、砕けた言い方ではなく、むしろ「威厳」も持った「おじいさん」を、表現する語であったことにもなろうか。

もっとも、そのような「グランパ」が実際に、僕の目の前に姿を現すことになったとすれば、はたして僕は、どのような態度を取り、どのような反応を示すのであろう。そのことを想像すると、僕は余り、愉快なことには思えない(^^;)のであるが、その実例(?)として、例えば今回は僕の好きな、われらが日本映画から、大林宣彦(おおばやし・のぶひこ)の監督した『あの、夏の日~とんでろじいちゃん~』(1999年)の中で、小林桂樹(こばやし・けいじゅ)の演じた「おじいちゃん」と、こちらは、厳密に言えば「お祖父ちゃん」ではなく「お爺ちゃん」であったけれども、相米慎二(そうまい・しんじ)の監督した『夏の庭・The Friends』(1994年)の中で、三國連太郎(みくに・れんたろう)の演じた「おじいちゃん」の姿を、想い起こしておこう。君の場合は、さて、誰かな?

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