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お月様、幾つ......? ――「教養」の来た道(53) 天野雅郎

お月様、幾(いく)つ。十三、七つ。まだ年(とし)ァ、若いな。……と聞いて、この童歌(わらべうた)に節(ふし)を付けて、君は歌える側であろうか。それとも、この歌(一般的な表記では『お月さまいくつ』)が、私たちの国で江戸時代から歌われ続けてきた童歌であることすら、まったく君は知らない側であろうか。どちらでも構わないけれども――と言っておきながら、かなり不審の目で、僕は君を見ざるをえない(^^;)ことを、率直に告白しておこう。また、この歌からは例えば、北原白秋(きたはら・はくしゅう)の同名の随筆が書かれたり、稀代(きたい→きだい)の解剖学者であり、人類学者でもあった、金関丈夫(かなせき・たけお)の同名の論文が書かれたりしたことを、実の所、ぜひとも君には知っておいて欲しい、と僕が願っていることも、正直に言い添えておこう。

ところで、君は例えば、昨年(平成25年・2013年)の年末の、一年で一番、最後の日の夜に空を見上げて、そこに月が出ていたのか、どうかを覚えているであろうか? あるいは、一昨年(平成24年・2012年)の年末の場合は、どうであったろう。また、その一年前(平成23年・2011年)の年末の場合は、どうであったろう。……と訊かれると、きっと君は答えに窮して、困ってしまうのではなかろうか。僕は別段、君に嫌がらせをしようとしている訳では、さらさら無いけれども、それでは今年(平成26年・2014年)の年末は、どうであろう。――答えを言うと、昨年の年末には出ていなかった、一昨年の年末には出ていた、また、その一年前の年末にも出ていた、と言うのが正解。なお、一昨年の場合は居待月(いまちづき)で、その一年前の場合は、ほぼ上弦(じょうげん)の月であった。

ちなみに、今年の年末も無事、君や僕が一年を乗り切って、幸運(!)にも、その最後の一日に誰かと、夜の空を見上げることが叶ったとすれば、そこには上弦の月を少しだけ丸くしたような月が、顔を覗かせているに違いない。と、このような予言者(prophet=前に話す人)風の物言いを、僕がすることが出来るのは、お察しの通り、僕が我が家の、月齢(げつれい)の付いたカレンダーを捲(めく)っているからに他ならない。が、そもそも君は、この「月齢」という語を知っているのか知らん……と、僕は再度、いささか不安になってきたので、ここは失礼を「承知の助」で、恒例の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引いて、その説明文を、君に紹介しておくことにしたい。「新月(朔・さく)から次の新月までを一日単位で数え、その日数によって月の満ち欠けの度合を表わすもの」。

言い換えれば、このようにして「月齢」とは、一月の間の月の満ち欠け(=盈虧)を、まるで人間のように、その齢(よわい←よはひ=世延ひ・世這ひ)に応じて、要するに、それを人間に似せて、人間らしく擬人化(personification)をすることによって、表現したものである。例えば、君や僕が口を開けて、お互いの口の中に生(は)えている歯(訓読→は、音読→シ)の種類や本数を数えると、困ったことに、その年齢が見透かされてしまうのと同様に、君や僕が夜の空に、たまたま姿を見せている月を見れば、その形状や形態によって、ほぼ月の齢(訓読→とし、音読→レイ)が明らかになる、という仕組み(仕掛け?)のことが「月齢」であって、そのような月の齢の、鑑定法や識別法のことを、ちょっと小難しく言えば、このような言い方をするだけの話である、という理解で結構。

その意味において、今回の冒頭に紹介しておいた、あの童(わらべ←わらんべ←わらわべ)歌の歌詞(お月様、幾つ。十三、七つ。まだ年ァ、若いな……♪)の中で、はたして君は、この「お月様」が幾つ(何歳?)なのか、分かるであろうか。この点についても、やはり『日本国語大辞典』は懇切な指摘をしてくれているので、これも以下に引用しておくと、そこには「十三夜の七つ時(午後五時前後)の出てまもない月のことで、まだ若い意」とあり、用例には鶏冠井令徳(かえでい・りょうとく)の俳諧撰集(『崑山集』)が挙げられ、その後には、十返舎一九(じっぺんしゃ・いっく)の『東海道中膝栗毛』の用例を伴いつつ、続けて「二〇歳をいうしゃれ」という語釈が掲げられている。無論、こちらは「十三」と「七」を合計したものが「二〇歳」になる、という「しゃれ」である。

さて、このような説明で、君が結果的に「月齢」という語を理解してくれたのか、どうか、もう少し(数本?)ばかり、蛇足(=蛇の足!)を加えておくと、ここで「新月」や「朔(さく)」という呼び方をされているのは、いわゆる「旧暦」において、その月の第一日目を指し示す語であって、そのまま朔日(さくじつ)や朔月(さくげつ)と言い換えられたり、もっと単純に、君や僕が一日(ついたち)と称したりしている日のことである。このような表現は、ふたたび『日本国語大辞典』を繙(ひもと=紐解)くと、もともと中国の最古の詩集で、あの、孔子が撰者とも伝えられている『詩経』に登場する語のようであるし、それと並んで、中国の古代の経書の、例えば『周礼』や『礼記』の中にも顔を出す語のようであったから、この語の古さについては、折紙付(おりがみつき)である。

また、このような表現を、そのまま中国語(と言うよりも、漢語)風に音読して、私たちが「朔」や「朔日」や、あるいは「朔月」という語を用いるようになったのは、その起源を溯(さかのぼ=水+朔)ると、どうやら平安時代の初期の、天長10年(833年)に完成を見た『令義解』や『内裏式』が、最古の用例であるらしい。が、その中でも「朔」という語自体は、すでに飛鳥時代の大宝元年(701年)に成立した『大宝律令』(逸文)において、使用済みの語のようであるから、このような表現が私たちの国の場合には、まさしく日本(ニホン? ニッポン? ジッポン?)の誕生と、ほぼ時を同じくして持ち込まれ……と言うよりも、このような表現が驚くべきことに、逆に「日本」という国を作り上げる上で、どうしても必要とされる道具立てであったことを、君は見逃すべきではない。

論より証拠――その折の道具立てと、まったく同一の役目を背負わされ、私たちの国の暦(こよみ←かよみ=日読み)は今から140年余り前に、いわゆる「旧暦」から「新暦」へと「改暦」を余儀なくされ、具体的に言えば、明治5年(1872年)12月3日は、突如として、明治6年(1873年)1月1日へと装いを新たにしたのであって、この時点をスタート・ラインにして、私たちの生活や人生には、大袈裟(おおげさ)に言えば、取り返しの付かない、深い亀裂が生じてしまったことになる。そして、それが文字どおりの、いわゆるグローバル(global=球状)な世界の到来を告げる、実に分かりやすい目安であったことも、私たち(要するに、君や僕)は日増しに、つくづくと思い知らされざるをえない羽目に陥っている。このような事態のことを、俗に「後悔、先に立たず」と言うのかな?

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