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「勉強」して、いますか? ――「教養」の来た道(58) 天野雅郎

ヤッホー。やっと今日(3月16日)から和歌山大学では、前回も君に伝えておいたように、正真正銘の「春休み」である。とは言っても、それは単に規則――厳密(厳格?)な言い方をすれば、学則の上での話であり、きっと君は融通無碍(ゆうずう・むげ)に、そのような規則に雁字搦(がんじ・がらめ)にされることなく、それ相応の「春休み」を楽しんでくれているに違いない。なにしろ、もともと「休(やす)む」という動詞は、形容詞化をすれば「安(やす)し」となるし、そこからは「安(やす)らか」や「安(やす)らう」や、あるいは「養(やしな)う」という語も生まれてくるのであって、このような日本語の数珠(じゅず・ずず)繋ぎの状態が、君の中に生まれてくるのか、どうか……それは君の、まさしく教養(君が君を教え、養うこと!)でもあった点、お忘れなく。

その点、前回の末尾で、すでに君に紹介をしておいた、あの夏目漱石(なつめ・そうせき)の『虞美人草』が、どだい「春休みに勉強が出来るものか」と言っていた、その「春休み」に、はたして君は「勉強」が出来ている側であろうか、それとも、漱石(「先生」)の言う通りに、やっぱり「勉強」が出来ていない(^^;)側であろうか。まあ、どちらでも構わないけれども――と、僕は少々、立場上からすると、不穏当な発言をしているが、このような不謹慎 m(_ _)m な物言いを、僕が君にしているのは、そもそも「勉強」が字面(じづら)の通りに、君が君に「勉(つと)めて強(し)いる」ものであったり、あるいは、君が君に「強いて勉める」ものであったりする限り、おそらく君は、結果的に「春休み」に勉強をする側には回り得ないであろう、と僕は感じざるをえないからである。

逆に言えば、そのような物好きな、酔狂(スイキョウ)の側に身を転じるよりも、おそらく君は旅行や、彼(彼女?)とのデートや買い物に忙しくて、それどころではない「春休み」を過ごしているのではなかろうか。ただし、そのような君にも心為(こころなし)か、どこかで「春休み」が「勉強」をせざるをえないような雰囲気(atmosphere=大気圏)を、そこはかとなく漂わせているのであれば、それは多分、私たちの国が世界中の、多くの国とは違い、いわゆる「4月学年始期制」を採用しているからであろう。裏を返せば、やがて私たちの国に「9月学年始期制」を採用する(と言うよりも、採用し直す)時が来るとすれば、ひょっとすると日本人は「春休み」が来ても、夏目漱石の『虞美人草』の言葉の通りに、いよいよ「春休みに勉強が出来るものか」と、言い出すのかも知れないね。

ちなみに、今回も恒例の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引いて、そのような君のために「勉強」という語の語釈を紹介しておくと、そこには一番目に、まず「努力をして困難に立ち向かうこと。熱心に物事を行なうこと。励むこと。また、そのさま」という説明文が置かれた後、江戸時代(17世紀前半)の『毛詩抄』(古活字本)の用例(「力の叶わぬ所、心のかなわぬ所をつとめてするぞ。勉強と云(いふ)ぞ」……ウ~ン、さすがに清原宣賢、お見事!)が挙げられている。と言うことは、この「勉強」という語は中国の最古の詩集で、あの、孔子が撰者とも伝えられている『詩経』(異称『毛詩』)に由来する語のようであるし、どうやら『日本国語大辞典』によると、その起源は中国の古代の経書で、いわゆる四書の一つとされる『中庸』に、はじめて顔を出す語のようでもある。

また、このような「勉強」の用例としては、さらに中村正直(なかむら・まさなお)訳の『西国立志編』が挙げられているから、同様の「勉強」の使い方は明治時代に至っても、決して消えて無くなってしまった訳では、なかった。それどころか、このような翻訳本を通じて、当時(すなわち「明治維新」の頃)の若者(「青年」)たちは、文字どおりの「青雲の志(こころざし=心指し)」を抱いて、俗っぽく言えば、いわゆる「立身出世」の夢を追い求めた次第。その意味において、この翻訳本の原著がサミュエル・スマイルズの、まさしく『セルフ・ヘルプ(Self-Help)』であったことは印象的であるし、そのような「自助」や「自立」や、そのために必要な「修養」から、やがて「教養」の二文字が姿を見せるに至ったことも、すでに何度か、このブログを通じて、僕は君に紹介済みである。

もっとも、このような「勉強」という語の本来の、いたって全(まっとう←まったい)な意味とは異なり、ふたたび『日本国語大辞典』によると、すでに江戸時代の中期には、例えば嘯山(しょうざん)こと三宅芳隆(みやけ・よしたか)の『通俗酔菩提全伝』(1759年)のように、この語を「気がすすまないことを、しかたなしにすること」という形で使うことも、始まったようである。そして、この繋がりにおいて興味深いのは、このような「勉強」という語の使い方が、肯定的にしても、否定的にしても、これまた中国語(と言うよりも、漢語)経由の、翻訳語として用いられ出し、やがて一般に普及するに至ったらしい、という点である。――と、このようにして振り返ると、君や僕の「勉強嫌い」のルーツも、この辺りに根っ子があったのか知らん、と納得ができるのではあるまいか。

ともかく、このような「勉強」という語の、一番目と二番目の語釈に続いて、やっと三番目の語釈として『日本国語大辞典』が掲げているのが、お察しの通りに「将来のために学問や技術などを学ぶこと」であり、言ってみれば、これが今、君や僕が当たり前に使っている「勉強」という語の意味であろう。とは言っても、やはり『日本国語大辞典』は辞典(dictionary=「言の葉」貯蔵所)らしく、さらに「学校の各教科や、珠算・習字などの実用的な知識・技術を習い覚えること。学習。また、社会生活や仕事などで修業や経験を積むこと」という、懇切な補足を加えることも忘れてはいない。なお、このような「勉強」の用例には、明治4年(1871年)の『新聞雑誌』(第17号)が挙げられているので、ご参考までに。――「今の学者〔、〕豈(あに)一層勉強せざる可(べけ)んや」。

ヤッホー。このようにして「勉強」とは、元来、君であっても僕であっても、お互いの立場の違いを超えて、要するに、学生であっても教員であっても、お互いが一人の人間として、幾つになっても行ない続けるべき、ごく普通の行為であり、それを室町時代の後期の、漢学者でもあれば国学者でもあった、清原宣賢(きよはら・の・のぶかた)は「力の叶わぬ所、心のかなわぬ所をつとめてするぞ。勉強と云(いふ)ぞ」と語った訳である。そして、この行為を登山に譬(たと)えるならば、このようにして「登山者が、互いの位置を確認する時などに大声で叫ぶ声。また、嬉しい時などに発する歓声」(『日本国語大辞典』)こそが「ヤッホー」(Yo-Ho)であって、それは『ガリヴァー旅行記』に登場する野獣(Yahoo)や、インターネットの情報検索(Yahoo!)では、なかったのである。

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