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愛と嫉妬の、違いについて ――「教養」の来た道(63) 天野雅郎

前回、僕は君に、三木清(みき・きよし)の『人生論ノート』から、その「嫉妬について」の一篇を紹介しておいた。が、そこに強いて触れないでおいた点がある。それは......と僕が語り出す前から、君は今回の表題を見て、それが「愛と嫉妬の、違いについて」であることに、気が付いてくれている側であろうか? それならば、僕は結構、と言うよりも、相当に嬉しい(^O^)けれども、ことによると君は、今回の表題に素朴に興味を持ち、この一文を読み始めてくれているのかも知れない。なにしろ、君が「嫉妬」という語を聞いて、まっさきに思い付くのも、次のような三木清の断章と、似た感想であったかのも知れないから。――「愛と嫉妬とは、種々の点で似たところがあるが、先ず〔、〕この一点で全く違っている。即ち愛は純粋であり得るに反して、嫉妬は〔、〕つねに陰険である」。

さて、いかがであろう。君も普段、この三木清の断章のように、どこかで愛と嫉妬を結び付け、それにも拘らず、どこかで愛と嫉妬を、切り離しているのではなかろうか? でも、それは一体、どのような根拠に基づいているのであろう。目下、僕自身は結果的に、愛と嫉妬を同じ土俵(ring)の上で捉えることがなく、振り返れば、そのような頭の使い方を、10代や20代の頃には、していたのかなあ、それとも、30代や40代の頃にも、していたのかなあ......という程度の記憶しかなく、現在、とうに三木清の生涯(享年48歳)を超え、幸運にも、それ以上の時間を生き延びている側からすると、正直な所、それほど愛と嫉妬を結び付けたり、切り離したり、要するに、愛の純粋な性格を感じ取ったり、嫉妬の陰険な性格を感じ取ったりすることがなく、逆に、戸惑ってしまうのが実情である。

もっとも、それは多分に、三木清の生きていた時代(明治30年~昭和20年)と、僕の生きている時代との決定的な落差なのであろう、と僕は感じない訳ではない。けれども、それにも拘らず、三木清の言うような「悪魔」のごとき嫉妬は、むしろ例外的なものであり、それ相応の「いい加減」(適当な加法と減法)を兼ね備えた、言ってみれば、小悪魔的(?)な嫉妬の方が通常であり、大半を占めているのではなかろうか、と僕は感じざるをえないのである。その意味において、例えば「嫉妬」を英語(jealousy)に置き換え、これを「ジェラシー」とカタカナ書きにすることにも、僕は抵抗を覚えるし、あるいは『聖書』の中の、あの『出エジプト記』や『申命記』に姿を見せる、神の嫉妬(「ねたむ神」)も、僕には荷が重くて、そのまま戯画化(caricature=重荷化)をするしかない次第。

裏を返せば、それは僕が逆に、いわゆる「愛」の純粋性(!)を信じたり、主張したりすることが出来ない点と、不即不離の関係にある。――が、この点については、三木清も「愛」の純粋性を、そのまま現実性として論じているのではなく、むしろ「天真爛漫」や「美しさ」という語に置き換えていた訳であり、先刻の引用においても、あくまで「愛は純粋であり得る」と、もっぱら「愛」の、可能性(possibility? potentiality?)としての純粋性を、指摘していたに過ぎない。したがって、この段階までは、いまだ僕も三木清の追随者(エピゴーネン)で「あり得る」し、きっと君も経験上、あたかも愛が純粋なものであり、そこに邪(よこしま=横しま⇔縦しま)な思いを、混じえない愛が「あり得る」かのような場面に、出くわしたこともあったはず。でも、よく考えてみると......。

 

愛と嫉妬とは〔、〕あらゆる情念のうち最も術策的である。それらは他の情念に比して遙かに持続的な性質のものであり、従って〔、〕そこに理智の術策が入ってくることができる。また逆に理智の術策によって〔、〕それらの情念は持続性を増すのである。如何なる情念も愛と嫉妬(と)ほど人間を苦しめない、なぜなら他の情念は〔、〕それほど持続的でないから。この苦しみの中から〔、〕あらゆる術策が生れてくる。しかも愛は嫉妬の混入によって術策的になることが如何に多いか。だから術策的な愛によってのほか楽しまない者は、相手に嫉妬を起させるような手段を用いる。

 

ところで、この一文を読み、君はスラスラと、その内容が理解できる側であろうか。それならば、どんどん君は独力で、三木清の『人生論ノート』を読み進めて欲しい。また、逆に君が相当、この一文に取っ付き辛いものを感じるのであれば、君は平生、僕のように辞書(ディクショナリー)を引くことを心掛ければ、よい。例えば、この一文に何度(厳密に言えば6度)も顔を出す「術策」という語を、ここで試しに『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で調べてみると、そこには「はかりごと。術数。策謀。策略」という語釈が掲げられ、その用例には明治2年(1869年)の、松田成己(まつだ・しげみ)編『布令必要新撰字引』が挙げられている。と言うことは、この「術策」という語を、とりあえず君は「はかりごと」や、あるいは「術数」や「策謀」や「策略」と置き換えれば、結構。

おまけに、このようにして辞書や辞典や字引を引くことで、君は、この「術策」という語が明治時代になってから、新しく使われ出した語(すなわち、近代日本語)であることが分かるし、そのことで君が感じ取っていた、この語の取っ付き辛さの理由(「布令」)も、いとも容易に呑み込める訳である。――要するに、このようにして「術策」という語は、まさしく明治時代の「布令」(「命令や法令を一般に広く知らせること。また、その命令、法令」)という「はかりごと」と共に、その渦中において生まれた語であって、このような「はかりごと」を日本人は、その時代、その時代に応じて、例えば奈良時代には「術数」と呼び、江戸時代には「策謀」と称し、明治時代には「策略」と言い出した......と、このような大雑把な見取り図を立て、それを「はかりごと」として一括すれば、なお結構。

閑話休題。――再度、三木清の『人生論ノート』に戻ると、君が例えば、誰か(彼?彼女?)に「はかりごと」を廻(めぐ)らし、その誰かを籠絡(ロウラク)し、その「人を〔、〕うまくまるめこんで、思い通りにあやつること。巧みに言いくるめること」(『日本国語大辞典』)を目論(もくろ)み、画策している(......^^;)として、そのような君の情念(passion=情熱・熱情)は、そもそも、何と言う名で呼ばれるべき情念(パッション)なのであろうか? 今回の内容に即して言えば、それは君の「愛」と言う名で呼ばれるべき情念なのであろうか。それとも、それは君の「嫉妬」と言う名で呼ばれるべき情念なのであろうか。――と、このように尋ねられても、おそらく君自身にも、よく答えの分からない(=分けられない)事態が、これまで幾度も、君の人生には生じているに違いない。

そのような時、きっと君は困惑し、狼狽(ロウバイ)し、何と人間(human being=「ヒューマン」であり、かつ「ヒューマン」であり続けるもの!)の感情と、そこに張り巡らされる思考(thinking)の網は、ややこしく、複雑に絡まり合い、ほとんど自分の思い通りには行かないものらしい......と嘆いたことも、あるのではなかろうか。でも、それが君の、逆に最も「ヒューマン」な瞬間であり、その特権でもあれば、能力でもあることも、君には忘れないで貰(もら)いたい。そして、そのような瞬間を君も知っている、あのブレーズ・パスカルの『パンセ』の断章に置き換えれば、それは「人間は考える葦である」という警句になるのであり、また、それを三木清の「嫉妬について」の断章に置き換えれば、以下のような「愛」と「嫉妬」の、逆説(パラドックス)ともなりうるのである。

 

愛と嫉妬との強さは、それらが烈しく想像力を働かせることに基いている。想像力は魔術的なものである。ひとは自分の想像力で作り出したものに対して嫉妬する。愛と嫉妬とが術策的であるということも、それらが想像力を駆り立て、想像力に駆り立てられて動くところから生ずる。しかも嫉妬において想像力が働くのは〔、〕その中に混入している何等かの愛に依ってである。嫉妬の底に愛がなく、愛のうちに悪魔がいないと、誰が知ろうか。

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