ホームメッセージ残暑の、お見舞い(第一信)――「教養」の来た道(85) 天野雅郎

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残暑の、お見舞い(第一信)――「教養」の来た道(85) 天野雅郎

お久し振り......です。前回、このブログを書き終えてから、もう三週間ばかりの時間が経ってしまい、最近、わりと小忠実(こまめ)に更新を続けてきた、このブログにしては珍しく、間が空いた(間が抜けた?)話を、僕は君に、聴いて貰(もら)わなくてはならないことになる。でも、その間にも僕自身は、前期の試験の採点(500人分!)を済ませ、帰省をし、お墓参りをし、和歌山に帰ってくるなり、今度は高校と中学校と小学校と、それから、幼稚園と盲学校と聾(ろう)学校の先生たち(50人!)を対象にして、教員免許の更新講習をし、ほとんど「夏季休業」(summer vacation←vacatio:ラテン語=「解放状態」)とは名ばかりの、いっこうに「ヴァカンス」(vacances:フランス語)らしくない夏休みを過ごしているけれども、さて君の、夏休みの休み具合の方は、いかがであろう。

ところで、この「お久し振り」という日本語が、もともと音楽用語(musical term)であることを、君は知っていたであろうか? もっとも、この語を君が例えば、手許の国語辞典で引いても、そこに「音楽用語」として、この語を説明しているような辞典は皆無であろう。が、さらに君が興味を持ち、この語の成り立ちを少しでも、面倒がらずに調べる気さえあるのなら、そこから君は確実に、この語の後半部分に置かれている「振り」(ぶり←ふり)という言い回しに辿り着かざるをえず、そうすれば、そこには僕の手許の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)と同様の、類似の語釈に、君は出会わざるをえないことになるに違いない。すなわち――「①名詞または〔、〕これに準ずる語に付いて、曲調・調子の意を表わす。②古代歌謡、とくに宮廷の雅楽寮に伝えられた歌曲の曲名を表わす」。

それぞれ、前者に対しては「声(こわ)ぶり」「万葉ぶり」「ますらおぶり」を、後者に対しては「天田(あまだ)ぶり」「高橋ぶり」「夷(ひな)ぶり」を、用例として『日本国語大辞典』は挙げている。成立順序に即して言えば、いちばん古いのは『古事記』に登場する「天田ぶり」や「夷ぶり」であろうし、逆に「万葉ぶり」や「ますらおぶり」は見かけとは違い、江戸時代中期の賀茂真淵(かも・の・まぶち)に由来する語であるから、その歴史は新しい。ともかく、このような形で「ぶり」という日本語を使い、そこに「振」や「風」(声ぶり→声風)や、場合によっては「調」(万葉ぶり→万葉調)という漢字を宛がい、私たちは自分自身の声や、そこに伴う楽器の音や、あるいは、時に応じて動物の声や自然界の種々の音も含めて、これらを「音楽用語」として一括してきたのであった。

その意味において、ここから現在、私たちが一般に用いている、ごく普通の「ぶり」の使い方は、おそらく江戸時代以降になって、徐々に生じてきたことになるであろう。なぜなら、そのような使い方を『日本国語大辞典』は大きく三つに分け、それを「③名詞や動詞の連用形に付いて、その物事の様子、状態の意を添える。「亭主ぶり」「女ぶり」「生活ぶり」「話ぶり」など。なお、語調を強めるとき「っぷり」の形となる。「男っぷり」「使いっぷり」など。④数量を表わす語に付いて、それに相当する意を添える。「大ぶり」「二人ぶり」など。⑤時間を表わす語に付いて、それだけの時間が経過した意を表わす」と、それぞれ説明を加えているからである。そして、この内の最後の、第五の語釈に当て嵌まるのが、目下、僕が君に話を聴いて貰っている、いわゆる「お久し振り」の使い方である。

また、このような「ぶり」の使い方の用例として、ふたたび『日本国語大辞典』は順番に、③徳富蘆花(とくとみ・ろか)の『黒い眼と茶色の目』(1914年)④国木田独歩(くにきだ・どっぽ)の『鹿狩』(1898年)⑤近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん)の『博多小女郎波枕』(1718年)を、それぞれ挙げている。と言うことは、これらの用例の中では意外にも、と言おうか、むしろ順当に、と言おうか、いちばん古いのは最後の、近松門左衛門の人形浄瑠璃であったことになり、このような「ぶり」の使い方が「音楽用語」として、その血脈(けちみゃく→けつみゃく)を保ってきた道筋も、ほのかに浮かび上がってくる気が、しないではない。なお、その血脈を「けちみゃく」と読むのは、この漢字の呉音であって、こちらの方が漢字の読み方としては、より古い、本来の読み方であった次第。

さて、このような「お久し振り」の話をしつつ、僕は同時に、今回の表題ともなっている「残暑の、お見舞い」を、君に合わせて送り届けたい、と願っているけれども、よく考えてみると、この「お見舞い」という語も何かしら、不可思議な語ではあるまいか。なにしろ、この「お見舞い」という語を見れば、ただちに分かるように、それは誰かが、文字どおりに誰かを見て、そこで「舞い」を「舞う」ことを指し示している、かのような語であったから。......それならば、僕は君への「残暑の、お見舞い」に際しても、あるいは、僕が和歌山大学の「夏季一斉休業」を利用して、お盆休みに帰省をした際、郷里の伯母さんの「お見舞い」のために老人介護施設を訪れた折にも、その場で僕は何らかの形で、その時々の「舞い」を「舞う」ことを――していなくては、ならないのではなかろうか。

と言った風なことが、僕は今、ひどく気になっている。なぜなら、僕が久し振りに、その顔を数年振りに見ることの叶った伯母さんは、すっかり以前の、元気な頃の伯母さんとは違い、まったく体の動かない......したがって、目も口も、手も足も、まるで体中が凝固してしまったかのような姿で、ほとんど瞬(まばた)きも出来ないまま、じっとベッドに横たわっていたからである。正直な所、その姿を見た時には茫然として、どのような言葉を口にしたらよいのか、いっこうに見当が付かない状態になってしまい、このような時には「元気ですか?」と言った、いかにもチグハグな、間の抜けた物言いは禁物である、ということには気が付いても、結果的に、僕の口から出てきたのは「分かりますか?」と言う、これまたチグハグな、何とも拙劣な「お見舞い」の言葉であったから、情け無い。

ところが、このようにして重苦しい、実に重苦しい時間が経って、僕が部屋を後にしようとした瞬間、さっきまで、微動だにしなかった伯母さんの口が微(かすか)に動いて、そこから二度までも、はっきりと「ありがとう」という声が聞こえてきたのである。――想い起こすと、去年の夏、僕が父親を亡くした折にも、その最後の「お見舞い」をした際、父親の口から聞こえてきたのは、この「ありがとう」であったし、僕が毎朝、我が家の窓から目にしている和歌浦の、奠供(てんぐ)山に登ったことのある夏目漱石(なつめ・そうせき)も、その最期に臨んで口にしたのは、一説によると、この「ありがとう」であった。......察するに、このようにして人は「ありがとう」という、この、文字どおりの「有り難い」言葉を「お見舞い」にして、それぞれの別れを、交し合うものであるらしい。

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