ホームメッセージ「季節の楽しみ」について ――「教養」の来た道(91) 天野雅郎

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「季節の楽しみ」について ――「教養」の来た道(91) 天野雅郎

季違(きちがい)と気違(きちがい)は、違っているのか、いないのか......という点を巡って、今回も前回と同様、僕は君に、季節の言葉を届けたい。そこで、まず『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引いて、この二つの語の整理をしておくと、前者(すなわち、季違)の方には「①それに〔、〕ふさわしい季節とちがっていること。②季節が、四季それぞれに違いのあること」という語釈が掲げられ、①の用例には江戸時代の初期(寛永10年→1633年)の俳諧で、松江重頼(まつえ・しげより)の編集した『犬子集』(えのこしゅう)が挙げられ、②の用例には江戸時代の末期の、文政3年(1820年)から嘉永2年(1849年)まで、三十年に亘って刊行された、滑稽本の『花暦八笑人』(はなごよみ・はっしょうじん)が挙げられている。作者は、滝亭鯉丈(りゅうてい・りじょう)。

と言うことは、この「季違」(きちがい←きちがひ)という語は江戸時代の、庶民生活や大衆文化の中から生まれ、育まれた――その意味において、はなはだポップ(pop←popular)な使い方をされてきた語であったことが分かり、そこには当時の「俳」(音読→ハイ、訓読→たわむれ)や「諧」(音読→カイ、訓読→やわらぎ)や、あるいは「滑稽」の精神が、息づいていた訳である。ただし、その際の息づかいが、昨今の私たち(要するに、君や僕)にも感受しうるものであるのか、どうかは別問題であろう。その点では、実は後者の「気違」(きちがい←きちがひ)の方も同じであって、こちらの用例に『日本国語大辞典』が挙げているのは、狂言の『素襖落』(すおうおとし=素袍落)であったから、こちらの起源も、どうやら室町時代の末期か、江戸時代の初期であったことになる。

とは言っても、そこに『日本国語大辞典』が掲げているような語釈(「精神状態が尋常でなくなること。気が狂うこと。常識を〔、〕ひどく〔、〕はみ出たような言動をとることもいう。また、その人」)を、そのまま宛がうことは許されるのであろうか......と言い出すと、君や僕は、何かシックリこないものを、感じざるをえないのではなかろうか。なにしろ、このような時に君や僕が、当たり前のようにして使っている「精神状態」という語や、あるいは「常識」や「言動」という語は、少なくとも江戸時代(ひいては、室町時代)の日本人には、まったく訳の分からない語であったはずであり、そのような語を用いて、その頃の日本人が心(こころ)や体(からだ)や、あるいは世間(セケン→よのなか)のことを、あれこれ考えていた可能性は、皆無であろう、と推測されるからである。

その点では、これまた『日本国語大辞典』は「気違」の、第二の語釈(「(比喩的に)物事に〔、〕ひどく熱中すること。また、その人。偏執狂。マニア。多く、他の語の下に付けて用いられた」)の用例に、夏目漱石(なつめ・そうせき)の『行人』と、谷崎潤一郎(たにざき・じゅんいちろう)の『蓼喰ふ虫』を挙げているけれども、これらの用例が結果的に、20世紀になってから、それぞれ大正元年(1912年)から翌年に掛けて、あるいは昭和3年(1928年)から翌年に掛けて、使われた語であったとしても、これらの語と私たちとの間に横たわっている......長くて100余年に及ぶ、短くて80余年に及ぶ、夏目漱石と私たちとの距離、あるいは谷崎潤一郎との距離を、それほど安易に跨(また)ぎ切り、乗り越えることの出来る距離であるとは、思わない方が、賢明なのではなかろうか。

と言ったのは、ここ暫く、このブログで僕が君に話を聴いて貰(もら)っている、幸田文(こうだ・あや)の遺作(『季節のかたみ』)を読んでいても、僕自身は時々(それとも、度々)彼女の日本語が、僕自身に不意打(ふいうち=不意討)を掛け、僕自身を立ち止まらせてしまう日本語であることに、時には驚きを感じ、時には喜びを感じざるをえないからである。――そのような時、僕は彼女の生年が、明治37年(1904年)であることを想い起こし、そこから例えば、20年近くを遡ると、谷崎潤一郎の生年(明治19年→1886年)があり、そこから再度、さらに20年近くを遡ると、今度は夏目漱石の生年(慶応3年→1867年)があることに思い至り、そして、それは幸田文に即して言えば、彼女の父親の幸田露伴(こうだ・ろはん)と、まったく同じ生年であったことに行き当たる次第。

このようにして振り返ると、何となく幸田文と僕自身の距離(distance→引き離し、離れ立ち)も、その隔(へ→へだたり)が僕の中で、ある程度、測定不能な状態から、測定可能な状態へと変化をして、いささか僕を安心させることにもなる。なぜなら、このようにして僕の中に、言ってみれば、その折々の日本人の使っていた、日本語の歩みを推し量る、座標軸(coordinate axis→「コーディネート」心棒)のようなものが生まれ、そのことで、かつて僕が学校で教わった、無味乾燥な歴史の枠を取り払うことも出来るからである。もちろん、そこには僕の、例えば父方や母方の祖母が、この座標軸で言えば、谷崎潤一郎と幸田文の中間段階に位置していたり、あるいは、ほぼ幸田文から20年が経って、今度は僕の父親が生まれたりしていることも、付け加えなくてはならない点であるが。

さて、このようにして僕は、たまたま今日も『季節のかたみ』の中から、彼女の「季節の楽しみ」という一文の、頁(ページ)を捲(めく)っている。そして、このようにして人は、ある誰かの語る、季節の言葉を通じて、これまで季節を学び、季節を知り、季節を生きてきたことを、想い起こしている。それが、漢詩であっても和歌であっても、日記であっても随筆であっても、物語であっても小説であっても、構わない。大切なのは、そのような「人の話をきくとき」の「楽しみ」を、昨今の私たちが、忘れてはいないのか、どうかである。......「誰かが時に〔、〕ふっと、すぐれた季節感を話してくれることがあります。そういう話をきいたときは、手を取って一歩ひきあげてもらったような喜びがあります。私は、自分が探す季節も、人の語る季節も、どちらも一緒に好きなのです」。

その意味において、僕は日本の社会や文化や、思想の歴史に対して、いつも最高の先生(teacher=指し示す人)は、季節であったのではなかろうか、と思っている。でも、その人差し指(ティーチャー)が、例えば月を指差した時に、はたして君は月を見る側であろうか、それとも、その人の指を見る側であろうか、あるいは、その指も月も、まったく目に入らない側であろうか? まあ、どちらでも構わないけれども――と言って、それは本当は、君の死活問題であろうけれども、最後に僕は、このような季節を「本尊」と呼んでいる、次のような幸田文の、季節の言葉を引いておこう。「......さて、本尊の〔、〕その季節に〔、〕なにを思うかというと、養われた、という感じです。情感を養ってもらった、と思っています。本来の私よりも、季節が私を優しくしてくれているようです」。

 

なによりも有難いのは、前向きの心でいられることでしょうか。季節というのは、常に一所にとどまっていない性格をもっています。滞留することがないのです。先へ先へと変っていきます。今朝の雲は〔、〕もう居ません。その代り次の風が訪れてくれます。昨日の蕾は今日は〔、〕もう花です。その花が散れば、すでに実が生れています。いつも変り続け、常に新しく進みます。〔改行〕だから〔、〕いつ迄も季節は新鮮ですし、老いをみせません。季節に連立とうとすれば、私も〔、〕ひとりでに前むきになっているわけです。これは〔、〕うれしいことです。

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