ホームメッセージ熊野学事始(第五話)――「教養」の来た道(100) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

熊野学事始(第五話)――「教養」の来た道(100) 天野雅郎

今回で、この一連の文章(「教養」の来た道)も、とうとう100回の節目を迎えることになる。日付を見ると、第1回を掲載したのが2012年11月2日となっているから、まるまる2年余りを経て、今回のエポックを迎えたことになる。と言う訳で、その100回(!)を祝して、何かしら、それらしい話題を特別に設(しつら)え、記念(commemoration=相互想起)の回にしようか知らん......と思わないでは、なかったけれども、そのような余所(よそ)行きの、肩の凝る装(よそお)いが、僕は生来、性に合わないこともあって、やはり普段着のまま、いつも通りの話を、僕は君に聴いて貰(もら)うことにした次第。したがって、今回も相変わらず、僕は君に熊(くま)の話を持ち出すが、今回は前回と違って、言ってみれば、正真正銘の熊が登場することになるのが新機軸と、言えば言える。

でも、僕自身は熊が、いわゆる「クマ科に属する哺乳類の総称」(『日本国語大辞典』)であっても、あるいは「毛深いこと、また、毛深い人」(同上)を指し示したり、それが演劇(drama=行為)の、観客の様子や道具の一種を意味したりするようになっても、これらの熊が「熊」であることには、いっこうに変わりがなく、それを現実の、実在の熊と、人間が頭の中で産み出した、想像上(imaginary)の熊や虚構上(fictitious)の熊とに分けて考えるのは、君にとっても僕にとっても、あまり生産的な頭の使い方ではない、と思っている。まあ、仮に君が、数学における「虚数」(imaginary number)や物理学における「慣性力」(fictitious force)や、あるいは「空想美術館」(imaginary museum)や「法人」(fictitious person)の存在を、馬鹿馬鹿しい、と見なすのなら、話は別であるが。

その意味において、このような想像上の熊や虚構上の熊と、一方で現実の、実在の熊が出会い、結び付き、それにも拘らず、この両者が切り結ぶ領域(フィールド)を、僕は谷川健一(たにがわ・けんいち)の『神・人間・動物 伝承を生きる世界』(1975年、平凡社→1986年、講談社学術文庫→2009年、谷川健一全集第4巻、冨山房インターナショナル)に倣(なら)い、この場では「民俗学」と呼んでおこう。すなわち、それは「人間と神、人間と人間、人間と自然の生き物、この三者の間の交渉の学」であり、そこで「この三者は相互に対立するもの」でありながら、その「対立の前提には相互間の〔、〕つよい親和力があることを見のがすことはできない」――言ってみれば、その「親和力」の表現の一例として、それどころか、その典型として、僕は君に、今回も熊の話を聴いて貰いたい。

が、その前に、いささか取り上げておきたい「熊」の話題がある。と言ったのは、この数年(数十年?)来、実は「熊」でないにも拘らず、一般に「熊」と呼ばれている「熊」の話題が、しばしば君や僕の耳には聞こえてくるからであり、それはアメリカで、かつてスターリング・ノース(Sterling North)の原作に基づいて、ディズニーが映画化をし、日本でもTVアニメになった、あの「ラスカル」(Rascal)の呼び名で親しまれている、洗熊(あらいぐま=浣熊)のことである。しかも、このTVアニメ(フジテレビ『あらいぐまラスカル』)の人気も手伝って、1980年代以降、次々と洗熊がアメリカから日本へと輸入され、その挙句(あげく=揚句)には逃げ出したり、捨てられたりした洗熊が野生化をし、農作物に多大の被害を及ぼす上に、生態系への深刻な影響まで、心配されている始末。

このような事態を、始末と言うのか、不始末と言うのか、それは後者に決まっているけれども、そもそも洗熊は、一見、狸(たぬき)と見まちがえられる点からも明らかなように、君や僕が「ラスカル」を、そのまま「熊」のグループに含めるには無理がある。それにも拘らず、このような形で洗熊が話題になること自体、それは洗熊が立派な「熊」の仲間入りを果たし、凶暴で獰猛で、危険きわまりない、その名の通りの荒熊(あらくま)になった(......^^;)と評しうるのかも知れないね。ただし、そのためには将来に亘り、洗熊も荒熊と同様、全国各地に「荒熊神社」ならぬ「洗熊神社」が建立(こんりゅう)され、そこに善男善女が訪れ、この、あらくましい(荒熊しい=荒々しい)神に祈りを捧げ、願いを聴いて貰うべく、お賽銭(サイセン)を差し出す必要が、あるのかも知れないが。

と、このような呑気(のんき=暖気)な空想をしている間に、ふと僕の頭の中を、かつて『万葉集』の「古今相聞往来(ここん・そうもん・おうらい)歌」で読んだことのある、まさしく「荒熊」の歌が過(よぎ←よき)ったので、それを君にも伝えておきたく、次に掲げてくことにしよう。歌自体は、どうやら母親が娘の男関係に気付き、その男の名を知ろうとして、娘に折檻(セッカン)を迫っている歌のようである。要するに、このようにして熊は恐ろしい、いわゆる「山の神」の姿でイメージされてきたのであり、それを表現しているのが、この歌の中の母親と娘が暮している村に、深々と聳えている、その名の通りの「師歯迫山」(しはせやま)であった。――「荒熊の/住むと云(い)ふ山の/師歯迫山/責(せ)めて問(と)ふとも/汝(な)が名は告(の)らじ」(巻第十一、2696)

このようにして、昔も今も、どのような男と娘が付き合い、いわゆる結婚に至ろうとしているのかを、いちばん気に病(や)み、気を揉(も)んでいるのは母親であって、結果的に、呑気な父親ではなかった様子。したがって、その分、絶えず母親は娘を監視し、場合によっては、この歌のような形で娘に詰め寄り、付き合っている男の名を娘の口から、折檻をしてまで、聴き取ろうとしている訳である。けれども、そのような母親の態度に恐れを成して、娘が「おいそれ」(おい!→それ!)と男の名を口にすることなど、ありえない話でもあり、むしろ、そのような窮地に追い込まれた娘が逆に、それこそ「窮鼠(キュウソ)猫を噛む」状態になり、頑(かたくな)な態度を取ることにも、なりかねないのであるから、ご用心。と言いながら、このような話は昔も今も、繰り返されている次第。

なお、これまで君は「熊のイチゴ落し」や「熊のイチゴ放し」という名で呼ばれる、今度は正真正銘の、母熊と子熊のエピソードを耳にしたことがあるであろうか。ちょうど、この挿話を谷川健一が前掲の著書の末尾で紹介しているので、僕も今回のブログの最後に当たり、100回の節目の意味も込めて、この挿話を君に聴いて貰いたい。それは、冬眠中の母熊が子熊を産んだ後に、子熊と一緒に過ごした......二年目の、野苺(のいちご)の実の生(な)る、夏の山中での、別れの儀式である。――「子どもを腹に宿した母熊は、冬ごもりの穴からぬけ出て、谷へ下っていく。そうして冷たい沢水を呑む。その夜に母熊は子どもを産みおとす。〔中略〕水をのみに出た母熊は、どこの猟師も〔、〕けっして射〔う〕ちとるようなことはない。射てば〔、〕かならず山が荒れると猟師たちは信じている」。

 

母熊は子どもを産むと、その子を連れて餌〔えさ〕を拾いに〔、〕あるきまわり、沢に下って蟹(かに)をとる練習をさせたりする。今年産んだ子を「若子」と呼び、子どもをつれてあるくのを「若子引き」といっている。二歳熊をウゴイ(またはウゲ)と呼ぶが、五月ころになってウゴイが野イチゴをたべるのに夢中になっているすきに、母親は子熊を捨てさる。〔中略・改行〕この子別れのために母熊は〔、〕わざわざ野イチゴの〔、〕たくさんあるところに子熊を連れていくと信じられ、これを「熊のイチゴ落し」とか「熊のイチゴ放し」とか呼んでいる。それからさきは子熊がついてきても追い払ってしまう。そこで熊の二歳子をヤライゴともいっている。この子ヤライは人間のおこなう捨子〔すてご〕というものではない。生長していく子どもを母の手から放すことを意味していた。熊の子ヤライのときは〔、〕たいてい〔、〕こわい顔をして咬(か)むのだといわれている。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2017 Wakayama University