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ほほほほ......と笑う人(第五話)――「教養」の来た道(112) 天野雅郎

そもそも歌(うた)という日本語は、どのような意味を持ち、どのような行為を指し示す語なのであろう。この語を漢字で読み、中国語として発音をすると「カ」になるが、この点については、例えば白川静(しらかわ・しずか)の『字統』(1984年、平凡社)に「声符は哥(か)。哥は可〔カ〕を重ねた形。可は祝祷〔原文:旧字〕の成就(じょうじゅ)を神に祈り、呵責(かしゃく)してせまるもので、そのとき発する声を呵〔カ〕といい、歌〔カ〕という」と述べられていて、この語の起源が詳細に説かれている。さらに、このようにして「歌うという行為は、もと祈祷や祝頌のことから発しており、本来〔、〕呪的な意味を持つものであった。国語でも「うた」は「訴う」と同じ語源であろうとされている」と書かれていて、前回、僕が君に伝えておいた、この語の由来とも重なり合っている。

要するに、このようにして歌(うた)という日本語は、もともと中国語の歌(カ)と等しく、その「ことだま〔言霊〕をもって、呪能を発揮する」(同上)のが、本来の機能であり、役割であって、違っているのは中国語の場合、それが「カ~」という音に代表されていたのに対して、日本語の場合、それが「う~」という音に代表されていたのではなかろうか、と推測される位(くらい)である。その意味において、昨今の日本人が例えば、カラオケ・ボックスに閉じ籠り、無我夢中で声を張り上げていたり、ウォークマンを始めとして、いわゆる携帯音楽プレーヤーから聞こえてくる、音楽に合わせ、不用意にも体を揺すり、声を漏らしたりしている限りにおいては、それが歌(うた)と呼ばれる理由も、根拠も、実の所、存在しないと言った方が正解である。お気の毒では......あるけれども。

ところで、このようにして歌(うた)という日本語は、ここでも再度、白川静の『字訓』(1987年、平凡社)に従えば、それが「一定の節〔ふし〕や拍子〔ひょうし〕をつけて声を出して歌うこと」である以上、その語源も「拍(う)つ」を名詞化したものであろうと考えるのが、説明は容易であったに違いない。とは言っても、このようにして一つだけの由来に、この語の起源を絞ってしまうと、そこから反対に、この語の多様な姿が抹消されてしまうことにもなりかねない。事実、例えば白川静も幾つか、この語を「うたた」(転)や「うたて」や、ひいては「うたがふ」(疑)の系列において捉える説(大野晋)や、あるいは「うち」(内)を直接の起源としつつ、そこから外に、声を激しく吐き出すことを指し示す説(吉田金彦)を紹介し、これに半ば、同意をしているかのように見受けられる。

ともかく、このようにして歌(うた)という日本語は、君や僕の口(くち)を通じて、さしあたり君や僕の内(うち)にあるものが、君や僕の外(そと←と)に出るために必要な、その名の通りの表現(expression=押し出し・絞り出し)の方法や手段を意味する語であったことになるであろう。したがって、この語が姿を見せる『日本書紀』や、あるいは『万葉集』の頃から、あの『古今和歌集』の有名な、紀貫之(き・の・つらゆき)の仮名序に至るまでの距離は遠くはない。――「やまとうたは、人の心を種として、万〔よろづ〕の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出〔いだ〕せるなり。花に鳴く鶯〔うぐひす〕水に住む蛙〔かはづ〕の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌を読まざりける」。

もちろん、そこには日本人が、ほかならぬ「日本文化」や「日本文学」を築き上げていくための、まさしく百年(century=世紀)単位の、遅々たる歩みが刻み込まれていることも、忘れられてはならないし、そこには当然、中国からの絶大な影響が覆い被さっていることも、見逃されてはならない。が、それにも拘らず、ここで注目しておきたいのは、このような歌(うた)という表現行為を支えるべき、いわゆる声(こゑ→こえ)という日本語が、例えば中国語の声(呉音→ショウ、漢音→セイ)とは違い、これまた白川静が『字訓』で述べているように、この語が「器楽の音」を指し示すのではなく、むしろ人間も鳥獣も含めて、それが鶯であれ、蛙であれ、いたって広く、遍く「生物の発するもの」を意味している点であり、その上に、はじめて日本語の「やまとうた」も成り立っている。

すなわち、このようにして日本語では、結果的に声(こゑ)は「生物が他にはたらきかけるときに発するもの」であり、それに対して、音(おと)は「音響一般」を指し示し、あらゆる「ものの〔、〕内部から発するもの」であったことになる。そして、そこに日本語では、さらに音(ね)という語が付け加わり、これは「なく」(泣・鳴・啼・哭......)という語と、同根の語であったことからも窺えるように、それぞれの声や、音の「ねいろ〔音色〕をいう」ために用いられ、そこには多様な、文字どおりに色々(いろいろ)な感情が伴われることになる。したがって、例えば鳥獣であっても、楽器であっても、人間であっても、そこには固有の音色が存在している訳であり、その音色を歌(うた)として、どのように君や僕は表現することが叶うのか、それが一番大事な、肝心の問題なのである。

さて、このような枕(まくら→preface? prologue? preamble?)を使って、僕は今回も君に、夏目漱石(なつめ・そうせき)の『草枕』の話を持ち出したい。――と言い始めたら、それが『草枕』の冒頭、主人公の「余」(よ)がイギリスのロマン派の詩人、シェリー(Percy Bysshe Shelley)の『雲雀(ひばり)に』(To a Skylark)を引用し、そこに「前を見ては、後(しり)へを見ては、物欲(ものほ)しと、あこがるゝかな〔、〕われ。腹からの、笑〔わらひ〕といへど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極(きは)みの歌に、悲しさの、極みの想(おもひ)、籠(こも)るとぞ知れ」という訳文まで添えていることを、君は想い起こしてくれたであろうか。この詩自体は、シェリーが1820年に、イタリアのリヴォルノで作ったものであり、その時、詩人自身も「草枕」の途上にあった。

 

We look before and after

And pine for what is not:

Our sincerest laughter

With some pain is fraught;

Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.

 

もっとも、この詩を作って以降、シェリーに残されている余命は二年余りであり、彼が同じイタリアのヴィアレッジョ沖で遭難し、三十歳にも満たない生涯を閉じてから、すでに『草枕』の時点までには、八十四年の歳月が流れ過ぎている。また、おそらく漱石自身が熊本で、この小説の舞台となっている、例の小天(おあま)温泉への道すがら、聞くことが出来たであろう雲雀の声は、はるかにシェリーの耳に届いた雲雀の声と、時間も場所も、大きく違えたものであらざるをえない。が、この二人の詩人(poet=作る人)が、どちらも雲雀の声を耳にして、そこに「魂(たましひ)の〔、〕ありか」を聴き取っている点は興味深い。その点において、どうやら人間の歌(うた)の本質は、このような鳥の鳴き声の中にこそ、隠され、告げられ......そして、また隠されていくものであるらしい。

 

春は眠くなる。猫は鼠を捕(と)る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分の魂の居所(ゐどころ)さえ忘れて正体なくなる。只(たゞ)菜の花を遠く望んだときに眼が醒(さ)める。雲雀の声を聞いたときに魂の〔、〕ありかゞ判然(はんぜん)する。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらはれたものゝうちで、あれ程(ほど)元気のあるものはない。あゝ愉快だ。かう思つて、かう愉快になるのが詩である。

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