ホームメッセージ恋と愛の間(あいだ)――「教養」の来た道(121) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

恋と愛の間(あいだ)――「教養」の来た道(121) 天野雅郎

恋(こい)が日本語であるのに対して、愛(アイ)は外国語であり、さしあたり、それは中国語である。と言い出すと、いったい何のことやら......よく事情の分からない君は、とまどってしまうばかりであろうけれども、そもそも、恋という字を君が「こい」と読んでいるのは、いわゆる訓読み(すなわち、日本語読み)であって、逆に、この字を音読み(すなわち、中国語読み)をすれば、当然、それは「レン」になる。例えば、君が恋愛を「レンアイ」と読む場合のように。――とは言っても、この恋愛という語の場合、君は一応、前の方の恋(レン)も、後の方の愛(アイ)も、どちらも漢字本来の、漢字自体の音で、中国語として読んでいるのであり、君は日本語として読んでいるのでは、ないのであるが、この恋愛という語が中国語なのか、と尋ねられると、いささか話は違ってくる。

なぜなら、もともと中国語には「恋愛」という語が存在していたのか、どうか......おそらく、存在していたのであろうけれども、この語が記録上、最初に姿を見せるのは、どうやら『日本国語大辞典』(2006年、小学館)によると、私たちの国の年号で言えば、江戸時代の終わりの慶応二年(1866年)から、明治時代の始めの明治二年(1869年)まで、足掛け四年を掛けて、中国において全四冊で刊行された、中国語名では『英華字典』で、英語名では"An English and Chinese Dictionary"の、要するに、英語を中国語に翻訳した辞典の中であったからである。ちなみに、この辞典の編者は、ヴィルヘルム・ロプシャイト(Wilhelm Lobscheid)と言って、その名の通りに、もともとドイツ人であるが、例のペリーの「黒船」に乗って来日し、私たちの国にも半年間、滞在したことで知られている。

と言うことは、彼が日本に滞在していたのは、私たちの国の年号で言えば、安政元年のことになり、西暦で言えば、1854年のことであり、彼自身の年齢に即して言えば、満32歳の折のことになる。また、前掲の『英華字典』を彼が刊行するのは、これまた満年齢で見積もれば、44歳から47歳の時のことになる。そして、それ以降の彼の消息については、少なくとも僕自身は、何も情報を仕入れることが叶わないから、せいぜい君に伝えることが出来るのは、この辞典において「恋愛」(正確には、戀愛)が、英語の love tenderly, as a mother a child に続いて、順番に七つの中国語(慈、痛惜、痛愛、疼愛、慈幼、恋愛、字)の内の一つに、顔を覗かせていることだけである。あるいは、この辞典では英語の philosophy が、中国語では「理学」や「性学」と翻訳されている、という点も含めて。

ところで、ふたたび『日本国語大辞典』によると、この「恋愛」が「日本では明治初年(一八六六)以来、英語の love の訳語として「愛恋」「恋慕」などとともに用いられ、やがて明治二〇年代から「恋愛」が優勢になった」と書かれていて、その用例には『西国立志編』(明治三年→1870年)が挙げられている。と言うことは、ひょっとすると江戸の末年になって、この「恋愛」という語を中村正直(なかむら・まさなお)が、先刻の『英華字典』から借り受けて、これをサミュエル・スマイルズ(Samuel Smiles)の"Self Help"の翻訳(『自助論』)の中に持ち込んだのが、結果的に明治初年、と言うことになるのであろうか。ついでに、その「恋愛」は『日本国語大辞典』の語釈では、ある「特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。また、その状態。こい。愛恋」と説明されている。

ただし、この「恋愛」の次には「憐愛」(レンアイ)という、まったく同音の語を『日本国語大辞典』は載せており、こちらの用例に挙げられているのも、同じ中村正直訳の『西国立志編』である。しかも、これに加えて「愛恋」(アイレン)の後にも、これまた同音の「愛憐」(アイレン)という語が置かれていて、前者の用例には織田純一郎(おだ・じゅんいちろう)訳の『花柳春話』が挙げられている。この翻訳自体は、明治十一年(1878年)から翌年に掛けて、イギリスの政治家で小説家の、リットン卿(Edward George Earle  Lytton)の『アーネスト・マルトラバーズ』と、その続編(『アリス』)を抄訳したものであって、この頃の翻訳小説や政治小説や、ひいては恋愛小説の代表であることを、きっと君も高校生の時分、日本文学史の教科書あたりで、目にしたことがあったに違いない。

もっとも、その際の「愛恋」を、はたして君が「恋愛」と重ね合わせ、受け止めてくれるのか知らん、と僕は幾分、心配である。――なにしろ、この「愛恋」という語が『日本国語大辞典』の語釈のように、ほぼ「愛憐」と似た意味を持ち、そこに「いつくしみ、恋い慕うこと。恋愛。恋慕」と書かれてはいても、それが「いつくしみ、あわれむこと。かわいがること。また、他を〔、〕あわれみ愛する、情け深い心のさま」を指し示す「愛憐」と、かなり似通った使い方をされ、それが一方において、また「哀恋」(アイレン)の語釈(「恋い慕い、かなしむこと。愛慕」)や、さらに「哀憐」(アイレン)の語釈(「かなしみ、あわれむこと。神仏の衆生に対する、君主の人民に対する、または人間の他の動物に対する〔、〕あわれみの気持ちをいう場合が多い......」)と、強く結び付くのであったから。

要するに、このような結び付きは「愛憐」(アイレン)にしても、これを引っ繰り返した「憐愛」(レンアイ)にしても、これらの語が中国の、前者であれば曹植(ソウ・ショク)の漢詩(『聖皇篇』)に、後者であれば司馬遷(シバ・セン)の『史記』(趙世家)に、それぞれ淵源を有することと無縁ではない。言い換えれば、これらの語は古くから、中国の社会や文化や、それを築き上げてきた人間関係の、伝統的な枠の中から産み出された語であって、これらの語を単純に、君や僕が日本人の、感情や心情の表現と置き換えることは困難であるし、そこで用いられている「愛」が、たまたま明治時代以降、今度は英語の love の訳語として普及し、定着しても、それが基本的にヨーロッパに起源を持ち、さらに遡れば、ユダヤ・キリスト教の「神の愛」に裏打ちされた語であることも疑いようがない。

論より証拠――と言って、君は「プリン」を連想する側であろうか、それとも「ソーセージ」を連想する側であろうか、どちらにしても、この「プディング」の諺(ことわざ→The proof of the pudding is in the eating)を、それほど君は利口(りこう)な顔をして、徐(おもむろ)に口に運ばない方が賢明である。なぜなら、君や僕は普段、結果的に「恋」という字を「こい」と訓で読み、その一方で「レン」と音で読み、それ以外の読み方を、まったく配慮する必要がないのに対して、逆に「愛」は「アイ」と音読みにすることが出来るのに比べ、この字を訓読みにして、そのまま日本語で読む必要が生じた場合、君は突然、立往生(たちおうじょう)をして、それこそ弁慶(ベンケイ)のように(という比喩自体が、君には理解不能なのかな......^^;)立ち尽くしてしまうのであるから。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2017 Wakayama University