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『靑春』を読む(第七回)――「教養」の来た道(194) 天野雅郎

妊娠(ニンシン)という語を、さしあたり『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で引くことから、今回の話はスタートを切るけれども、そもそも妊娠が字面の通りに、そのまま「女性が受精し、子宮内で発育した胎児を体内に持っていること。みごもること」を指し示す点については、あれこれ僕が君に、勿体(モッタイ=物体)を付けて、説明をする必要はないであろう。が、その妊娠の期間......すなわち、女性が「受精して分娩するまでの期間は、ふつう最終月経から二八〇日ぐらいとされる」(同上)という点については、これは現在の、WHO(=World Health Organizaton→世界保健機関)の指針に過ぎず、そこには個人差もあるし、その平均は幾分、少な目(266日?)のようであって、私たちの国でも古くから、この期間は「十月十日」(とつき・とおか)と、言い習わされてきた訳である。

その意味において、小栗風葉(おぐり・ふうよう)の『靑春』の中で、女性側の主人公の小野繁(おの・しげる)が、いったい何時、妊娠して、その胎児を最終的に堕胎するに至ったのかは、詳(つまび=審)らかではない。とは言っても、このようにして妊娠が、いくら女偏(おんなへん)の漢字を連ねて、それが女性側の身体の膨張(女+壬=ふくれる)や、その振動(女+辰=ふるえる)を、もっぱら表現する語であっても、このような膨張や振動の原因――アリストテレスの「四原因説」(!)に則れば、その質料(hyle)と形相(eidos)と動力(arche)と目的(telos)の、それぞれの原因は当然、男性側にも存在しているし、存在していざるをえないのであり、それを踏まえると、以下のような小野繁と男性側の主人公、関欽哉(せき・きんや)の遣(や)り取りは、何とも興味深い。

 

「実に困った! 繁さんも何故〔なぜ〕最〔も〕っと早く、其〔そ〕れが気が付かなかったんでしょう?」

「何故って......最っと早く気が付いたら何〔ど〕うかなりまして?」〔中略・改行〕「弥張〔やはり〕同じじゃ有りませんか。困った困ったと言って被居〔いらっしゃ〕らずに、何うしたら可〔い〕いか、貴君〔あなた〕も真剣に考えて頂戴〔ちょうだい〕よ!」

「実に何うも、困った事になって了〔しま〕った!」――〔中略〕「我々が全く不用意だった!」

 

と、このような遣り取りは昔も今も、いっこうに変わらず、繰り返され、引き継がれ続けるものであるらしい。そして、その原因(cause)と言おうか、理由(reason)と言おうか、まったく「リーズナブル」(reasonable→理性的、論理的、合理的......)な話であるとは、言えないのであるが、このような事態の背後には結局の所、人間(人類?)が哺乳類(Mammalia)に属しており、その名の通りに「マ(ー)マ」(mama→mamma)を呼び、泣き喚(わめ)き、その乳房(mamma)や乳首(mammalia)に貪(むさ→むしゃ)ぶりつく、まったく武者(むしゃ)のイメージには似つかわしくない、人間の始発の状態(condition=条件)が潜んでおり、それは突き詰めれば、男性(man)の側ではなく女性(woman)の側に、一方的に子宮(womb)が存在している、という事態と不可分であらざるをえない。

言い換えれば、このようにして男性と女性の間には、そこに「性」(sex=分割)という名の「深くて暗い川がある~♪」(『黒の舟歌』)のであって、そのことは特に、男性と女性の身体性(physicality=物質性)の違いにおいて、はっきり形を取ることになる。――論より証拠、もともと漢字(すなわち、中国文字)の身(シン)という字にしてからが、女性の妊娠した姿を象(かたど=形取)ったものであったし、それを日本語で「み」や「みずから」や「みごもる」と訓読するのは、これまた女性の妊娠した姿を、直接的にせよ間接的にせよ、二重写しにするものであった次第。ちなみに、このような違いを簡潔に、呆れ返るほど明瞭に表現しているのが、いわゆる「はらむ」という日本語であり、それは力説するまでもなく、もっぱら女性の腹(はら)のみに、宛がわれるべきものであった。

したがって、この『靑春』という「妊娠小説」(......^^;)の中でも、上記のように妊娠していることが露(あらわ=顕)になった直後の、女性側の主人公(小野繁)と男性側の主人公(関欽哉)の遣り取りにおいて、いかにもチグハグな、見様によっては滑稽な、お互いの自己主張や自己弁護が繰り返されるのも、このような二人の身体性と、そこから産み出された、精神性(mentality)に起因するものであり、それは端的に、次のような女性側と男性側の「苦痛」の差異として、浮き彫りにされざるをえないものであった。要するに、このようにして妊娠(pregnancy=意味深長)という出来事を、あくまで精神的に、間接的に受け止めざるをえないのが、男性という性であり、それを身体的に、直接的に受け止めざるをえないのが、女性という性であり、お互いの性(さが)であった訳である。

 

「這麼〔こんな〕体じゃ貴方〔あなた〕......」と怨(うらめ)しそうに繁は見挙〔あ〕げて、「貴方も些〔ちっと〕は私の身になって察して下さるが可〔い〕いわ! 体は体で〔中略〕這麼風〔ふう〕で続いたら、尾(しま)いには私、気が違〔ちがい〕や為〔し〕ないかと然〔そ〕う思ってよ!」〔中略〕

「僕だって、精神上の苦痛は......」と欽哉の言懸〔いいか〕けるのを、引手繰(ひったく)るように、「精神上〔、〕精神上と貴方は被仰〔おっしゃ〕るけれど、私は精神上の騒〔さわぎ〕じゃ無いんですもの! 体が最〔も〕う這(こんな)のですもの!」

 

さて、このようにして振り返ると、この「青春小説」の主人公は二人とも、そろって妊娠という出来事に対して無自覚であり、無防備であり、まさしく関欽哉の台詞(せりふ=科白)にもあった通りに、きわめて「不用意」であったと見なされても、致し方がない。けれども、それでは逆に彼ら(+彼女ら)が、なぜ妊娠を避けるための手段や方法(すなわち、避妊)を、まったく講じないままに、いわゆる「恋愛」に没入できたのか――と問い出すと、それは『日本国語大辞典』が「避妊」の用例に、あの石川啄木(いしかわ・たくぼく)の『我等の一団と彼』(1912年)を挙げている点からも、窺い知ることが出来るのではあるまいか。要するに、この「避妊」という語は日本語として、君や僕がイメージするよりも、はるかに歴史の浅い、はなはだ定着の遅い語であったことになるのである。

それどころか、この「避妊」という語の原語である、英語の contraception も実は、驚くべきことに1886年になってから(『英語語源辞典』1997年、研究社)はじめて産み出された語のようであって、これらの語の目新しさや奇抜さは、洋の東西を問わず、世界中で指摘することが可能であり、その点に応じて言えば、この「避妊」という語が明治から大正へと、ちょうど私たちの国の年号が切り替わる年に日の目を見たのは印象的である。なお、この年に石川啄木は、わずかに数えの27歳で、その生涯を閉じているから、この小説(『我等の一団と彼』)も遡って、彼が明治四十三年(1910年)に執筆したものであるが、この年は彼の、生前に刊行した唯一の歌集(『一握の砂』)が出版された年であると共に、彼の長男(真一)が生まれて、一月に満たない内に病死を遂げてしまう年でもあった。

すなわち、この天才歌人は皮肉にも、みずからの創作活動に精を出し、その小説中に「避妊」の語を用いながらも、おそらく意識的に、自分自身の性生活(sex life)に「避妊」についての知識や、手段や方法を持ち込むことは、皆無であったのではなかろうか。裏を返せば、いわゆる「避妊法」や「避妊具」や「避妊薬」の代表として、よく知られている「オギノ式」や、あるいは「コンドーム」(condom=乾燥羊腸)や「ピル」(pill=経口丸薬)が一般に普及し、認知や認可をされるのは、時代が下って20世紀の、後半を俟(ま)たねばならず、その点で振り返れば、そもそも小栗風葉の『靑春』の中で、その主人公たちが「避妊」の知識を、いっさい弁(わきま)えていなかったとしても、それは当時の「大学生」や「女学生」には、致し方のない事態であったろう、と言えば......言えるかな。

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