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ガス灯の佇まい(承前)――「教養」の来た道(208)天野雅郎

ガスという日本語は、その名の通りに、深い霧のような語である。――と、このような書き出しで、僕は前回、君にガス(gas→瓦斯→ガス)や、その中でも特に、例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の挙げている、第二の意味のガス(「石炭ガス、天然ガス、プロパンガス等の燃料用ガス。特に、ガス会社からガス管によって各戸に供給される都市ガスをいう」)を利用した、いわゆる「ガス灯」の話を、あれこれ聴いて貰(もら)ったのであるが、いつものように紙幅が尽きて、話は半(なか)ばの状態でストップをしている。そこで今回も、その話の続きを承前(ショウゼン)という形で、僕は君に聴いて貰いたい。なお、この後に『日本国語大辞典』が続けて、第三の意味として挙げているのが「毒ガス」であり、第四の意味として挙げているのが「霧」であるので、念のため。

とは言っても、その際の「霧」も「(北海道の海岸地方で)海の方からやってくる濃い霧」と、一般に「海にかかる霧。海霧」との間には、あるいは「山にかかる霧。おもに登山者がいう語」である「ガス」との間には、同じ「霧」でも、かなり違った「ガス」の姿や、そのイメージが、そこには伴われることになるであろうし、それが君や僕の「消火器内に〔、〕たまった気体。おなら。屁(へ)」(......^^;)を指し示す場合であれば、なおさらであろう。ちなみに、この第五の意味の「ガス」の用例として、これまた『日本国語大辞典』が挙げているのは、夏目漱石(なつめ・そうせき)の『満漢ところどころ』(1909年)であったから、ことによると現在、君や僕が「おなら」や「屁」のことを「ガス」と称することが叶うのは、ひとえに文豪、夏目漱石の、お陰であったのかも知れないね。

そして、そこから『日本国語大辞典』は、以下に「ガス灯」と「ガス糸」と「ガスこんろ(焜炉)」と、さらに「ガソリン」を並べ、その間に唯一、今の君や僕が、もはや使わなくなってしまったであろう用法(「(爆発するところから)怒りのことば。しかることば。こごと」)を挿(さしはさ=差挟)みつつ、これで合わせて、ちょうど十種類の「ガス」の説明を終えている。が、その末尾には前回、僕が君に紹介を済ませておいた、この語の「語誌」が載せられていて、そこには「日本への紹介」と並んで、この語の誕生の経緯が述べられており、はなはだ興味ぶかいことに、そこには次のような説明が、この語の成り立ちに際して語られている。――「ベルギーの科学者ファン=ヘルモント(一五七九-一六四四)の造語で、ギリシア語のカオス(khaos)を基にしたといわれている」。

と、このように『日本国語大辞典』は述べているけれども、この「......いわれている」という言い回しは、どうやら単に推測や、臆測の域に留まるものではないらしく、例えば僕が今、膝の上に置いている『英語語源辞典』(1997年、研究社)を調べると、そこには「フランドルの化学者・医師 J.B.van Helmont(1577-1644)による」と明記されていて、この語が『日本国語大辞典』の説明と同様、ギリシア語のカオス(khaos→chaos)に由来し、それをオランダ語の摩擦音(kh→g)で置き換えたものであることが、はっきり書かれている。また、そこには当時、すでにパラケルスス(Pracelsus, 1493-1541)が「地の精など超自然的存在に固有の要素に chaos を用いたこと」や、あるいはオランダ語で、その「精」を意味する「geest の影響も想定される」と記されていて、驚かざるをえない。

と言うことは、まさしく「ガス」という語は正真正銘の、深い霧のような語であって、この世界が秩序(kosmos→cosmos)を備えた、文字どおりの「世界」として、そこに姿を見せる以前――この世界の出現に先立ち、あらかじめ存在していたのが「ガス」であったことになるであろう。しかも、そのような「ガス」は君や僕の生きている、この「近代」(modern times=現代)という時代には、今度は逆に「世界」を、その世界以前の状態へと、連れ戻し兼ねない、恐ろしい力を秘めた物質として登場し、ふたたび『日本国語大辞典』が「特に、爆発の危険性や毒性のあるものについて〔、〕いう場合が多い」と注釈を加えているような、その名の通りの「毒ガス」へと姿を変え、広く「生物に害を及ぼす気体状の物質」ともなれば、その「生物」の標的が、実に「人間」ともなった訳である。

 

人間に対して毒性を示す物質を気体状、煙霧状に散布する兵器。生物の機能に局部的または全面的な傷害を与える。毒性の生理作用により、窒息ガス、糜爛(びらん)ガス、神経ガス、血液ガス、くしゃみガス、催涙ガスなどに分類される。第一次世界大戦の一九一五年四月ベルギー西部のイープル付近でドイツ軍が大量の塩素ガスを放射し、フランス軍に大損害を与えたのが兵器としての最初。一九二五年のジュネーブ議定書で使用が禁止されている。

 

ウ~ン、またしてもベルギーか、と僕は唸(うな)らざるをえないけれども、ここから話がベルギーへと、次から次へと転がり出すと、このブログは今回も治(おさ=収・納)まりが付かず、それこそ「カオス」(毒ガス?)のような状態へと、転落の一途を辿らざるをえないであろうから、ここは少々、軌道修正をして、僕は君にベルギーとも繋がりのある線で、いささか「ガス灯」の話題を提供しておきたい。と言ったのは、これまで君は『ガス灯』という名の、とても有名な映画があることを、知っていたであろうか。この映画は、かつて第二次世界大戦の最中(!)に、1940年と44年の二度、同じ名(Gaslight)で上映された、前者はイギリス映画であり、後者はアメリカ映画であったが、当然、これを「敵国」の日本では、ようやく戦後になってから、目にすることが叶った訳である。

そして、そこに日本人は『ガス燈』という邦題を、あてがうことになったのであるが、この「ガス燈」という表記と、もう一方の「ガス灯」という表記で、そこに何か、君は違いを感じる側であろうか、それとも、感じない側であろうか。どちらでも構わないけれども、この映画の中に登場する Gaslight は、室内のものと室外のものの、二つがあって、おそらく「ガス灯」と書くと、前者(すなわち、インテリア)の趣(おもむき=面向)が強く、反対に「ガス燈」と書くと、今度は後者(すなわち、エクステリア)の風貌を兼ね備えることになるのでは、あるまいか。......と言ったのは、そもそも漢字では「燈」と書くのが本来の、正字であって、もう一方の「灯」という字は俗字に過ぎず、したがって、例えば公衆の面前に公然と、公権力が設置したものは「ガス燈」であらざるをえない。

が、この映画の中に姿を見せる「ガス燈」と、もう一方の「ガス灯」の、どちらが物語上、重要な役割を果しているのか知らん、と言い出すと、それは圧倒的に「ガス灯」の方であった。なにしろ、この物語は元来、戯曲であったし、それを映画化した際にも、その舞台の大半は――アメリカ版で言えば、あのイングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman, 1915-82)の演じる主人公が、ほぼ監禁状態で閉じ込められている、19世紀(世紀末!)のロンドンの邸宅であったから。そして、この映画によって彼女は、その生涯、三度に及ぶ「アカデミー賞」(主演女優賞+助演女優賞)の、最初の栄冠を手にすることにもなるのであるが、そこには白黒映画でありながら、そうであるからこそ、むしろモノクローム(monochrome=単色)でしか表現することの出来ない、美しい、佇まいがあった次第。

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