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点灯夫の話(第六話)――「教養」の来た道(216) 天野雅郎

仕事(しごと)という日本語を英語(English)に置き換えると、さしあたり思い付くのは work と labour(→labor)である、という話から、このブログは前回、スタートを切ったのであるが、いくら僕のように英語の勉強に、これまで精を出してこなかった人間でも、もう幾つか、頭の中に思い浮かべることの叶う英単語は、あるのであって、それは例えば job や task や、あるいは employment や occupation である。と言い出すと、これまた僕の手は自然に――と表現しても構わないほど、習慣(=「第二の自然」→パスカル『パンセ』)的に、手許の『英語語源辞典』(1997年、研究社)に伸びてしまうのであるけれども、残念ながら今回は、まず job については16世紀の後半から、この語が使われ続けている、という事実以外には、その語源も含めて、さしたる収穫は得られなかった次第。

それに対して、もう一方の task については15世紀の頃から、この語が「租税」や「課税」(苛税?)という意味で用いられ、その起源もラテン語の「税」(taxa)に遡ることが分かり、いささか僕は安堵すると共に、このようにして人間は、洋の東西を問わず、昔から「請負(うけおい)仕事」や「割当(わりあて)仕事」を「強制労働」(taskwork)という形で、延々と繰り返してきたのであって、その歴史を振り返ると、実に遣(や)り切れない気分に浸らざるをえない。その意味において、このような形で君や僕が、ある特定の仕事に巻き込まれる(implicare)ことで、結果的に誰かに、雇(やと=傭)われている状態を指し示しているのが employment であり、たまたま運好く、このような仕事を手に入れる(occupare)ことで、それを当座の占有物にしているのが occupation である。

でも、このような占有化や占有権は、君や僕の生活や人生を、その生涯に亘って保証してくれている訳では、まったくなく、ついつい気を抜いて、怠(なま)けていたり、サボ(sabot=木靴→sabotage)っていたりすると、たちまち君や僕は容赦なく、その仕事から解雇され、その職を失い、文字どおりに首(クビ)を切られてしまうことになるに違いない。だから、いくら何でも首を切られるのは真平御免(まっぴら・ごめん!)と言うことになるのであれば、君や僕は精を出して、その仕事に邁進するか、さもなければ嫌々(いやいや=厭々→否々)でも、その仕事に励んでいる振りをして、その代わりに、いつも仕事帰りに一杯飲み屋で管(くだ)を巻き、上司や同僚や、はたまた部下の悪口を言い、留飲を下げるか、そうなったら、立派な会社員(businessman=多忙人)の誕生である。

ところで、この「ビジネスマン」という語は元来、実業家や実務家や、ひいては経営者を、指し示しているけれども、これを女性形にすると businesswoman となり、女性も男性も含めた場合には businesspeople となる。ただし、それぞれの businessperson の「ビジネス」と、その多忙な(busy)姿は多種多様であって、例えば businesswoman の間に少しだけ、ほんの少しだけ隙間を入れると、それは「売春(買春?)婦」(business woman→business girl)となったりするから、ご用心。なお、この「ビジネスマン」という語が英語で、どうやら最初に登場するのは18世紀の初頭のようであるが、その一方、今回も恒例の『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引くと、その用例に挙げられているのは夏目漱石(なつめ・そうせき)の『吾輩は猫である』(明治三十八年→1905年)であった。

と言う訳で、さっそく夏目漱石の『吾輩は猫である』を読み返してみると......ありました、ありました、この小説の末尾に俄(にわか)に、あの多々良三平(たたら・さんぺい)君が珍野苦沙彌(ちんの・くしゃみ)先生の家に、やって来て、彼が持参した「麦酒」(ビール)で酒盛りが始まり、挙句(あげく=揚句)の果てには「吾輩」(=猫)までもが、その御流(おながれ)を頂戴し、気の毒にも初体験のビールに酔っ払い、水甕(みずがめ)に落ちて溺死を遂げてしまう、あの、最後の場面に「ビジネス、マン」という形で、この語を夏目漱石は使っている。もちろん、その際に「ビジネス、マン」を名乗るのは、この折の闖入(チンニュウ)者であった、三平君であり、その反対に、彼から次のごとく「常識がない」と呆れ返られるのは、理学士の水島寒月(みずしま・かんげつ)君である。

 

 三平「釣〔つり〕に行った事がありますか。面白いですよ〔、〕釣は」〔中略〕

 寒月「どうせ釣るなら、鯨〔くじら〕か人魚でも釣らなくちゃ、詰まらないです」

 三平「そんなものが釣れますか。文学者は常識がないですね」

 寒月「僕は文学者じゃ〔、〕ありません」       

   三平「そうですか、何ですか〔、〕あなたは。私の様なビジネス、マンになると常識が一番大切ですからね。

           先生〔、〕私は近来よっぽど常識に富んで来ました。

           どうしても〔、〕あんな所に居ると、傍(はた)が傍(はた)だから、おのずから、そうなって仕舞うです」

 

と、このようにして今回は、君の読み易さも考えて、夏目漱石の『吾輩は猫である』を新漢字と新仮名遣いに直し、おまけに、いささか芝居仕立ての、脚本風に書き直してみたのであるが、さて君の感想は、いかがであろう。なお、この後に続けて、今度は苦沙彌先生が「どうなって仕舞うのだ」と問い掛けると、それに対して三平君が引き合いに出し、持ち出した「常識」は「煙草」(たばこ)の譬えであった。――「煙草でもですね、朝日〔あさひ〕や、敷島〔しきしま〕を〔、〕ふかして居ては幅が利〔き〕かんです」と云いながら、吸口〔すいくち〕に金箔〔きんぱく〕のついた埃及(エジプト)煙草を出して、すぱすぱ吸い出した、「そんな贅沢をする金があるのかい」「金は〔、〕なかばってんが、今に〔、〕どうにかなるたい。此〔この〕煙草を吸ってると、大変信用が違います」

ちなみに、ここで「朝日」や「敷島」という名で呼ばれており......三平君からすれば、いたって「常識」を欠いた、幅の利かない煙草を吸っているのが、文学者の苦沙彌先生や理学士の寒月君であった訳である。けれども、これらの二銘柄も当時としては、明治三十七年(1904年)に大蔵省の「煙草専売局」から売り出されたばかりの、吸口付きの紙巻煙草であったのであり、その中でも最安値の「朝日」は、実際に漱石自身が愛好していたことでも、よく知られている。もちろん、この二つの煙草は揃って、この折に発売された「大和」と「山桜」と合わせて、いずれも本居宣長(もとをり・のりなが)の「大和心」の歌(敷島の/大和心を/人問はば/朝日に匂ふ/山桜花)に由来しており、その点からも三平君の吸っている、先刻の「吸口に金箔のついた埃及煙草」との差は歴然としている。

言い換えれば、このようにして舶来の、外国製の煙草をスパスパと、これ見よがしに吸い、その味や香りは二の次にして、とにかく上辺(うわべ)だけの、見せ掛け上の「金満家」を気取るのが、彼ら「ビジネス、マン」の特徴であり、その「常識」でもあった。もちろん、そのような「ビジネス、マン」に対して、漱石自身が激しい嫌悪感を抱いていたことは、この『吾輩は猫である』の末尾において、やがて三平君が寒月君に替わり、その名の通りの「金満家」の代表である、あの「金田」(かねだ)家の娘(富子)と結婚することからも明らかであろう。とは言っても、このような「ビジネス、マン」の姿は、単に三平君のみに当て嵌まりうるものではなく、それは下手をすると、この時、苦沙彌先生の家に屯(たむろ)していた、あらゆる「太平の逸民」にも、該当する話ではあったが。

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