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恐怖の哲学(第一回)――「教養」の来た道(220) 天野雅郎

世の中には、こわい人がいて、こわい物がある。と書き出すと、ごく普通の、あたりまえのことのように、君は思うかも知れないけれども、その折の、こわい人や、こわい物を「こわい」と表現するのは、もともと日本の西半分(すなわち「西日本」→中部地方以西の、関西、中国、四国、九州の各地方)に生まれ、育った人の言葉遣いのようであって、これを日本の東半分(すなわち「東日本」→中部地方以東の、関東、東北、北海道の各地方)に生まれ、育った人であれば「おっかない」と表現するらしい。......と、このような俄(にわか)仕込みの知識を、僕が披露することが叶うのは、僕が今回も『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の、お世話になっているからに他ならないが、それでも、いささか腑に落ちないのは、この仕切り線の境に置かれている「中部地方」の場合であろう。

しかも、その「中部地方」を再度、同辞典で引くと、そこには「本州の中央部を占める地方。愛知・岐阜・静岡・山梨・長野・新潟・富山・石川・福井の九県」が含まれる、と述べられていて、ますます僕の困惑の度は深まるばかりであるし、さらに、この「中部地方」は「雄大な山岳地域を含み、気候および人文現象から日本海側の北陸地方、山岳地域の中央高地、太平洋側の東海地方に分けられる」と記されている始末。それならば、このようにして「こわい」とか「おっかない」とか、君や僕が口にする際の表現方法は、さしあたり「気候」ではなく「人文現象」に分類することが出来るであろうから、この二つの語の仕切り線は、この「北陸地方」と「中央高地」と「東海地方」とで、違っているのが当然ではなかったのか知らん、と僕は考えるのであるが、さて君は、いかがであろう。

ともかく、このようにして『日本国語大辞典』は、そもそも「こわい」とは君や僕が、例えば「強い相手や危害を加えられそうなもの、正体の〔、〕わからないもの、危険な場所などに対して、身を〔、〕しりぞけたくなる感じである。身に危険が感じられて不気味である。おそろしい」と説明しているけれども、この語釈を等し並みに、日本中の全地方に押し被せたり、そこに住み、暮らしている人たちの生活の中に持ち込んだりするのは、避けた方が賢明のようである。事実、同辞典に従えば、この語の典拠には観智院本の『類聚名義抄』が挙げられていて、これを素直に受け止めれば、この「こわい」という語は日本の中世の初頭に登場したことになるであろうし、せいぜい遡っても、この漢和辞典の成立した平安時代の末期が、この「こわい」という語の誕生の時期であったことになる。

が、より正確に言うならば、さらに遡ると「こわい」には、これを「強い」と表記する段階が先行し、こちらであれば『日本書紀』にも『竹取物語』にも、その用例を見出すことが叶う。したがって、それが「恐い」や「怖い」という字を宛がわれる時にも、このような「表面が堅くて弾力性のない状態」はイメージとして、しっかり受け継がれており、そこから「中国の古代にあって、強健・強力のものは弓弦〔ゆづる〕であり、鋳型〔いがた→剛〕であったが、わが国では〔、〕おそらく皮革が最も強靭なものとされた」と推定する、白川静(しらかわ・しずか)の『字訓』(1987年、平凡社)の語源説も導き出される訳である。この説を踏まえると、要するに「こわい」(→こはい→こはし)とは皮(かわ→かは)と「同源の語で皮の堅さを示し、その形容詞形とみてよい」ことになろう。

さて、このようにして「こわい」には、より原初的な、いわゆる「擬声語」という成り立ちで、皮の「強(こわ)さ」を指し示す段階から、やがて人の「強(こわ)さ」へと、この語が転義的に、変化を遂げていく過程が存在していたことになる。また、そこには例えば、強紙(こわがみ)や強装束(こわそうぞく→こわしょうぞく)や、あの強飯(こわいい→こはいひ、こわめし→こはめし)という語も姿を見せているから、君や僕が現在、食べている「おこわ」(御強=赤飯)も立派な、このような「こわい」物の代表選手であった次第。おまけに、さらに江戸時代には「人をだますこと。特に、夫のある女が夫と共謀して他人と通じ、それを言いがかりにして金銭をゆする、いわゆる「つつもたせ」にいう場合」も「おこわにかける」という言い回しが、横行していたらしいので、ご用心。

と、このようにして振り返ると、さしあたり日本には「西日本」の側に、その大多数が「こわい」という語を使う人たちが住んでいて、もう一方には「東日本」の側に、今度は「おっかない」という語を用いる人たちが暮らしており――と、この程度で話に収まりが付くのであれば、おめでたい限りであるが、残念ながら、そのような「おめでたさ」は望むべくもないようである。なぜなら、この内の後者の「おっかない」も、実は『日本語源大辞典』(2005年、小学館)で調べると、そこには「オホケナシ」(=おそれおおい、分不相応)を「語源とする変化形である蓋然性が〔、〕もっとも高い」と書かれていて、しかも、このような変化(オホケナシ→オッケナシ→オッカナシ→オッカナイ)が生じ、そこから結果的に、この語が定着するに至るのは、江戸時代以降の出来事のようである。

実際、この「おっかない」という語にしても、あるいは、この語の転じた「おっかながる」や「おっかなげ」や「おっかなびっくり」にしても、すべて『日本国語大辞典』の用例に挙げられているのは、江戸時代の浮世草子(井原西鶴『好色二代男』)や、ひいては洒落本や滑稽本や人情本であり、その点において、この「おっかない」という語は先刻の「こわい」(→こはい)という語以上に、歴史の浅い表現と見なさざるをえない。と言うことは、きわめて安直に判断すると、このようにして「東日本」で「おっかない」が使われ、また「西日本」で「こわい」が用いられるよりも早く、すでに日本人が「こわい」や「おっかない」という意味で使用していた語は、存在していたはずであり、存在していたとすれば、それは果たして、どのような語であったのか知らん、という疑問が起こる。

この疑問については、ふたたび『日本国語大辞典』の「こわい」の語誌が、いたって参考になるので、これを君にも紹介しておくと、そこには「西日本では、関西地方にコワイ類、その外側にオソロシイ類、さらに九州東部地域等にエズイ、オゾイ類が分布する。また、中国地方のキョートイ類、イブセー類は、「日葡辞書」の示す「けうとし」「いぶせし」の残存と考えられる」......と記されているではないか。いやはや、日本は広い、と言おうか、日本語は奥が深い、と言おうか、この語誌を読んだ時、僕は至極、気分が好くなってしまったのである。理由は簡単で、これらの「コワイ類」も「オソロシイ類」も、それどころか「エズイ、オゾイ類」も、僕は子供の頃から、よく知っており、使ってきた語であるからである。でも、遺憾ながら、その話を君に聴いて貰うのは、また次回だね。

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