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奥野健男論(第四回)――「教養」の来た道(256) 天野雅郎

昭和五十三年(1978年)は「いい日旅立ち」の年である、と言い出しても、その意味が君には、おそらくピンと来ないであろうから、あえて蛇足(ダソク)を加えておくけれども、この年は当時の国鉄(=日本国有鉄道)が昭和四十五年(1970年)から始めた、いわゆる「DISCOVER JAPAN」を引き継ぐ形で、あらたに「DISCOVER JAPAN 2」の旅行誘致キャンペーンを行ない、そのキャンペーン・ソングとして、この時期、人気絶頂であった山口百恵(やまぐち・ももえ)の歌ったのが『いい日旅立ち』(作詞+作曲=谷村新司)である。――と書き添えたら、きっと君も何かの折に、例えば駅のホームや電車の車内放送の際に、このヒット曲のフレーズ(ああ、日本のどこかに、私を待ってる人がいる~♪)が最近でも使われ続け、流れ続けていたのを、耳にしたことがあったのではなかろうか。

でも、じっくり耳を傾けていると、この歌自体は「日本のどこかに」とは言っていながらも、その「旅立ち」のスタート地点には、明らかに日本の北国(nouthern countries)がイメージされており、決して南国(southern countries)を想い起こすことが叶う訳ではない。おまけに、この歌の冒頭には「雪解け間近の北の空に向い、過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時」と、どう見ても山口百恵のような女性歌手には、そぐわない一節が置かれていて、この歌の主人公は察するに、どうやら「子供」(=「少年」)の頃に「帰らぬ人」となった、今は亡き「父」や「母」の「歌」を「道連れ」に......まさしく「今日」(=「いい日」)から「一人きり」で、みずからの新しい「幸福」(しあわせ)を探し求める「旅に出る」ことを、君や僕は朧気(おぼろげ)ながら理解することが出来るだけである。

 

  雪解け間近の 北の空に向い

  過ぎ去りし日々の夢を 叫ぶ時

  帰らぬ人達 熱い胸をよぎる

  せめて今日から 一人きり 旅に出る

 

と、このような穿鑿(センサク)自体、流行歌(popular song=大衆歌)にとっては無用な、無粋(ブスイ)な揚げ足取りであることは、じゅうじゅう承知の上で、僕は繰り返すけれども、例えば君が生まれて、育った場所を見廻した時、そこに「雪解け間近の北の空」を、君は眺(ながめ=長目)ることが叶った側であろうか、それとも叶わなかった側であろうか。もちろん、それは単純に、君や僕が偶々(たまたま)この世に生を享(う)けた、その――地方や地域や地区や、要は「地」(音読→チ、訓読→つち)の抱え込んでいる、さまざまな形(かたち→地形)や勢(いきおい→地勢)や、その理(ことわり→地理)の問題であり、君や僕の、いわゆる人間性(humanity→human nature)とは差し当たり、切り離して考えることの出来る事柄であり、切り離して考えるべき事柄でもある。

が、それにも拘らず、このような地相や地質や地味に、はなはだ大きな影響を君や僕が受けていることも、長い間、人間(human being)を続けていれば、次第に強く、ますます強く、感じざるをえないのも実情であろう。その意味において、どこかで君や僕の「人間性」(ヒューマニティー)を規定しているのは、その名の通りの「人間的自然」(ヒューマン・ネーチャー)であって、言ってみれば、このような「第二の自然」を形作る上で、いたって重要なのは「習慣」(habit→habitation=居住)や「慣習」(custom→costume=服装)や、日本語で言えば、その「ならわし」(=習+慣)であり、そして、その「ならわし」を産み出すものこそが、そもそも「第一の自然」である「自然(ネーチャー)」それ自体なのではないのか知らん、と僕は思うけれども、さて君は、いかがであろう。

ところで、このような話を今回、僕が始めたのは、実は先日来、僕は大学生の頃に目を通したままでいた、奥野健男(おくの・たけお)の『文学の原像を求めて』(1973年、潮出版社)と『現代文学風土記』(1976年、集英社)を本棚から引っ張り出し、そのページを捲(めく)り直しているからに、ほかならないのであって、そこから「奥野健男論」を書き、このような形で、君に読んで貰(もら)うに至っているのも、何を隠そう、この数日来の読書の成り行き(......^^;)なのである。――と、まあ楽屋裏のヒソヒソ話は、この程度に留めておくが、なぜ僕が、このようにして40年余りの時を隔てて、ふたたび奥野健男の本を読み返しているのか、その理由、と言おうか、背景を君に伝えておくのは必要であろうし、それを抜きにすると、今回の話は単なる懐旧譚にも陥りかねないであろう。

と言う訳で、その「背景」であるが、この語が元来、英語の background の翻訳語であることから窺えるように、この「背景」という語を使う時、君や僕は無意識的に、ある種の芸術的(artistic)な眼差しをして、何か(もしくは、誰か)を眺める、という経験をしていることになる。と言い出すと、いかにも大袈裟な日本語になってしまい、気が引けるけれども、それが建築であれ彫刻であれ、絵画であれ舞踊であれ、音楽であれ演劇であれ、文学であれ映画(すなわち、第八芸術)であれ、すべての芸術(art)には必然的に、何かを背景(background=後景)とし、裏を返せば、何かを前景(foreground)とする、固有の眼差し(look=目付き)が存在しているのであり、そのような眼差しを欠いていては、どのような芸術も生まれないのは、きわめて当然の理(ことわり=事割)である。

と言うよりも、そのような眼差しを自然の内に、あらかじめ「第一の自然」である自然自体の中で、君や僕は否応(イヤオウ)なく、身に付けており、身に付けざるをえないのであって、それが先刻、僕が君に紹介しておいた、奥野健男の「風土」や「原像」や、ひいては「原風景」(『文学における原風景』)という言い回しによって、指し示されているものである。言い換えれば、そのような自然を通じて、自然を介して、君や僕が身に付けた固有の眼差しの上に、さらに「第二の自然」である「ならわし」が上乗せをされ、そこに姿を浮かび上がらせるのが、今度は人間的で、むしろ人為的な性格の顕著な、その名の通りの人工的(artificial)な眼差しであり、そのような眼差しの辿り着く先に、君や僕は「芸術」という冠(かんむり→かがふり)を、かぶらせることにもなるのである。

と言うことは......と、ここで話は冒頭の「いい日旅立ち」に戻るけれども、例えば君や僕が生まれて、育った場所の周囲を、いくら見廻しても、そこに「雪解け間近の北の空」を眺めることが叶わないとしたら、それでも君や僕は「日本のどこかに、私を待ってる人がいる~♪」と、空々(そらぞら)しく歌うことは可能なのであろうか。おそらく、それは不可能なのではあるまいか、と僕は考える側である。すなわち、君や僕が日本中の、それどころか世界中の、すべての「夕焼けをさがしに」歩いても、すべての「羊雲をさがしに」歩いても、その「旅」において君や僕が出会うのは、やはり君や僕が「少年」の頃、いつも魚を釣り、やがてトボトボと家路に付いた、あの「青い、すすきの小径」だけであり、そして、その向こうに遠く見えている、あの「岬の、はずれ」だけなのであった。

 

  岬のはずれに 少年は魚釣り

  青い すすきの小径を帰るのか

  私は今から想い出を創るため

  砂に枯木で書くつもり "さよなら" と

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