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恐怖の哲学(第六回)――「教養」の来た道(270) 天野雅郎

前回は俄(にわ)かに思い立って「詩人の幸福」の続き(第二回)を書くことになったので、ひょっとすると君は奇特にも、今回の「恐怖の哲学」の続き(第六回)を期待してくれていて、ある種の肩透かしを食わせることになったのではないか知らん、と僕は心配をしているけれども、きっと君は僕が今、筆を執り続けている「詩人の幸福」と「恐怖の哲学」が、ほとんど地続きの状態にあることも、よく理解してくれているに違いない。なにしろ、それは鶴屋南北(つるや・なんぼく)の『東海道四谷怪談』を通じて、あるいは竹田出雲(たけだ・いずも)等の『仮名手本忠臣蔵』を介して、そこに降り、舞っている「雪」を無謀にも、何と『枕草子』や『白氏文集』の「香炉峰の雪」へと結び付け、これらの「雪」を同じ、一つの「雪」として受け止め直そう、という企みなのであるから。

ちなみに、僕が目下、月一度の古典文学の講読会(「和歌浦万葉塾」)において読み進めている、藤原公任(ふじわら・の・きんとう)の『和漢朗詠集』にも「雪」の部立(ぶだて)は当然、含まれていて、そこには白居易(ハク・キョイ)の漢詩(2篇)を始めとして、あわせて10篇の漢詩と和歌が並べられているから、その中から今回は君に白居易の七言排律(「雪中即事答微之」→『白氏文集』巻第二十三)の一聯と、片や『古今和歌集』(巻第六)の中の、紀友則(き・の・とものり)の「冬の歌」(雪の降りけるを見て詠める)を抜き出して、君の一覧に供することにしよう。いずれも、それぞれに「雪」の白さと「梅」の白さを、重ね合せているのが特徴であり、したがって、これらの漢詩や和歌の中に咲き誇り、匂っているのは「紅梅」ではなく、あくまでも「白梅」なのであった。

 

  銀河沙漲三千里  銀河(ぎんが)沙(いさご)漲(みなぎ)る三千里

  梅嶺花排一万株  梅嶺(ばいれい)花排(ひら)く一万株(いちばんちう)

 

  雪降れば/木毎(きごと)に花ぞ/咲きにける/いづれを梅と/わきて折らまし

 

この点は、これまた『古今和歌集』の中の同じ「冬の歌」(大和の国に、まかれりける時に、雪の降りけるを見て詠める)で、坂上是則(さかのうえ・の・これのり)が「雪」と「月」を組み合わせて、次のように詠んでいる際の趣向にも、そのまま当て嵌まるものである。「あさぼらけ/有明(ありあけ)の月と/見るまでに/吉野(よしの)の里に/降れる白雪(しらゆき)」――要するに、この時代の日本人の、さらに遡れば、中国人の美意識(sense of beauty)にとって、そもそも「冬」とは「白」によってこそ彩(いろど=色取)られ、特徴づけられうるものであり、そこには「花」であっても「月」であっても、はたまた「人」であっても、ことごとく「白」の美意識によってコントロールされ、そこに「紅梅」や、ましてや「血」が、詠み込まれることなどは論外中の論外である。

と言い出したら、きっと君は『東海道四谷怪談』においても、あるいは『仮名手本忠臣蔵』においても、その最後の場面(すなわち、大詰)に「雪」が降り、そこに決まって、登場人物たちの「血」(=鮮血)が迸(ほとばし)り、それが段々(だんだん)段々(だんだら)模様のように染め上げられていくことを、想い起こしてくれるに違いない。言い換えれば、このようにして「雪」と「血」を、あるいは「白」と「赤」を組み合わせ、これを「紅白」の縞模様にして、そこに一種の美学(aesthetics=感性的認識論)を表現すること自体が、ある特定の時代の感性や、その認識を包み込んでいる訳であり、これは見方を変えれば、かなり「グロテスク」な表現方法でもありえたろうし、それを端的に「エログロ」(=erotic+grotesque)の語で置き換えても、おかしくないほどなのである。

事実、例えば『東海道四谷怪談』の大詰(おおづめ)と言おうか、大切(おおぎり)と言おうか、その大団円(だいだんえん)において、あの「蛇山(へびやま)庵室(あんじつ)」には一面、雪が降り積もっており、それを見た主人公の民谷伊右衛門(たみや・いえもん)が「アア、つもったハ。まっ白に成ったな」という台詞(せりふ)を吐(は)くと、それを待ち受けていたかのように姿を見せるのが、お岩の亡霊であった。そして、それが『東海道四谷怪談』の、いわゆるクライマックス(climax=最高頂・最高潮)へと雪崩(なだれ)込んでいくのである。......「どろどろ〔、〕はげしく、雪しきりに降る。〔中略〕お岩、うぶめ〔産女〕のこしらへにて、腰より下は血になりし体(てい)にて、子をだいて〔、〕あらはれ出る。〔中略〕此時、お岩の足跡は、雪の上へ血にてつける事」。

と、このようにト書(とがき)には記されている。もちろん、産女(うぶめ)とあるのは文字どおりに、そのまま妊娠した女(=妊婦)や産褥にある女(=産婦)のことであるし、それは直接的に二幕目(雑司ヶ谷四ツ谷町の場)の、お岩自身の姿に他ならないけれども、ここでは同時に「姑獲鳥」と書いて、お岩が結果的に「鳥」の姿をした幽霊でもあったことが指し示されている。一応、念のために『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引いておくと、この「姑獲鳥」とは「難産で死んだ女や、水子〔みずこ〕などが化したという幽霊。また、想像上の怪鳥。血みどろの姿で産児を抱かせようとしたり、幼児に似た泣き声で夜間〔、〕飛来して幼児に危害を加えようとしたりするといわれる。うぶめどり。うぐめ」とあり、用例には『今昔物語集』が挙げられているから、ご参考までに。

さて、このようにして振り返ると、どうやら日本の幽霊には足が無い、と口走るのもガセネタ(=虚偽情報)のようであり、ただの「しったか(→り)ぶり」に過ぎないことが分かってくるが、お岩には事実、このようにして立派(?)な二本の足が生えているし、それが「白」い「雪」の上に点々と、鮮(あざや)かな「赤」い「血」を滴(したた=下垂)らせて歩く辺りに、この『東海道四谷怪談』の恐(おそ=怖)ろしさや悍(おぞ)ましさは、その頂点を迎えるものでもあるらしい。――と書き継いで、ふと想い起こしたので、付け加えておくと、もともと日本語の「あざやか」という語は、その語根に「あざ」(痣)が潜められているのであるから、この『東海道四谷怪談』は「あざ」という語の網の目の中を、さまざまな「あざ」繋がりの語が、浮かび上がる仕掛けでもあるらしい。

もちろん、この程度のことは齢(よわい=世這→夜這?)70歳を過ぎた、その名の通りの「大南北」(おおなんぼく)にしてみれば、ごく初歩的(elementary)な仕掛けであったに違いない。が、そのような日本の演劇の、それどころか世界の演劇の、いたって伝統的なメカニズムから、あまりにも遠く離れてしまった君や僕や、ほとんどの日本人にとっては、このような原理的な知識の習得の場が逆に、とても必要であろうし、その意味において、この『東海道四谷怪談』は君や僕の、ある種の「演劇入門」となりうるし、まさしく小学校(elementary school)の役目も果たしてくれるに違いない。そして、そのような小学校から始まって、実は一段一段、中学校や高校への、そして大学への道は通じているのであり、そもそも小学校を馬鹿にする者には教育を語る資格自体が、ないのである。

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