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『東海道四谷怪談』を読む(補遺二)――「教養」の来た道(285) 天野雅郎

例えば、ある大学の会議の席上で、学長が副学長のことを突如、副学部長と呼んだとしよう。すると、そのような事態は通常、起こりえないことであるから、この学長は何故、副学長のことを副学部長と呼んだのか知らん......と周囲は気になってしまい、ひょっとすると彼(すなわち、学長)は、この副学長のことを快く思っていなかったり、むしろ嫌っていたり、目障りに感じていたりして、いっそのこと副学長ではなく、副学部長に留まっていれば好かったのに、と臍(ほぞ)を噬(か=嚙)んでいるのかも知れないな、と想像してみたり、それとも反対に、この学長は大変、謙虚な性格であり、いつまで経っても自分の才量を、学長ではなく学部長に相応しいものと捉えているのかも知れないな、とアレコレ(→アレヤコレヤ)推測して、楽しい時間を過ごすことが出来るのは必定である。

このような事態は、一般に「言い間違い」や、場合によっては「書き間違い」や「読み間違い」や「聞き間違い」という形で、よく考えてみれば――ごく日常的に起きている、君や僕の「間違い」行為なのであるけれども、このような事態に君が、わずかでも興味があるのなら、ぜひ一読を勧めたいのが、フロイト(Sigmund Freud,1856-1939)の『日常生活の精神病理学』である。ただし、この本自体は1940年代の翻訳(丸井清泰訳『日常生活に於ける精神病理』岩波文庫)も1970年代の翻訳(懸田克躬訳『日常生活の精神病理学』人文書院、フロイト著作集4)も、はたまた2000年代の翻訳(高田珠樹訳『日常生活の精神病理学』岩波書店、フロイト全集7)も、すべて絶版になっていて、君が古本を購入するのでない限り、図書館(天野図書館?)にでも足を運んで貰(もら)うしかない次第。

その代わりに、と言っては語弊があるが、まず君にはフロイトの「精神分析学」(ドイツ語→Psychoanalyse、英語→psychoanalysis)それ自体への入門も兼ねて、文字どおりに『精神分析学入門』を手に取り、その冒頭部分(第一部)のページを捲(めく)ってみるのが手っ取り早いのかも知れないね。こちらであれば、今でも昔の翻訳が、中公文庫(懸田克躬訳『精神分析学入門』)でも新潮文庫(高橋義孝・下坂幸三訳『精神分析入門』)でも、あるいは角川ソフィア文庫(安田徳太郎・安田一郎訳『精神分析入門』)でも、そろって刊行されているし、これに先刻の、人文書院版の『フロイト著作集』や岩波書店版の『フロイト全集』や、さらに日本教文社版の『フロイド選集』を加えれば、とりあえず君の懐(ふところ)具合や、お好みで、どれかを選び取ることに支障は起きないはず。

でも、このようにしてフロイト(英語読み→フロイド)が、私たちの国でも戦前から戦後に亘って、さまざまな翻訳を産み出し、それらが20世紀から21世紀へと手渡されているにも拘らず、はたして昨今の大学生が彼に関心を示したり、その著作を繙(ひもと=紐解)いたりして......いるのか知らん、と周囲を見回すと、それは相当に心もとない話であるし、この点は大学生ばかりか、ほとんどの日本人に当て嵌まる事態でもあったに違いない。が、それとは裏腹に、逆にフロイトに由来する、言ってみれば、フロイト繋がりの語は日本人の口からポンポンと飛び出す始末で、やれ「無意識」だ「夢判断」だ、やれ「トラウマ」だ「リビドー」だと、いっぱしの精神分析家を気取った発言は枚挙に遑(いとま=暇)がなく、僕のごとき世情に疎(うと)い側は慄然とせざるをえないほどである。

なにしろ、僕のように頭が固く、人並み外れて頑(かたく)な人間からすると、例えば日本の安政二年(1856年)に地球の裏側で生まれ、やがて昭和十四年(1939年)に83歳で亡くなった、このオーストリア籍のユダヤ人が当時の社会や文化を背景にして、そこに暮らす人間の心理や、その病的な症状を治(なお=直)し、療(いや=癒)すために編み出した、いわゆる「精神分析学」の理論と技法を信じ、真(ま)に受けろ(!)と命じられても、それは土台、無理な注文であって、まずは「まゆつば、まゆつば」と、眉(まゆ)に唾(つば)を付けるのが当然の反応であるのは、火を見るよりも明らかである。であるからこそ、むしろ反対に細々(ほそぼそ)と、細々(こまごま)とした読書を繰り返しながら、どうにかして僕の頭を柔らかくする手段を、いろいろ探し求めている訳である。

さて、このようにして今回は、あまりにも唐突にフロイトの「精神分析学」の話を、僕は君に持ち出しているけれども、それは僕が鶴屋南北(つるや・なんぼく)の『東海道四谷怪談』を題材にして、ここ暫く、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、とりとめのない話を君に喋り続けている中で、どうにも腑(ふ=内臓)に落ちない、不審な点が徐々に姿を見せ、そのことに決着を付けないと、どうやら『東海道四谷怪談』を理解し、それ相応に鑑賞することは叶わないらしい、と観念しているからであった。と書き継ぐと、なにやら大仰な物言いになってしまい、恐縮であるが、要は民谷伊右衛門(たみや・いえもん)と称される、この物語の主人公(hero=半神)が一体、誰を親(=父親+母親)とし、この世に生を享(う)けた存在であるのか、という単純な、いたって素朴な疑問である。

なぜなら、彼には一応、お熊という名の母親がいて、この母親が彼に及ぼしている絶大な影響は、陰にも陽にも、この物語の随所に垣間(かきま→かいま)見えている。したがって、おそらく彼女から民谷伊右衛門の、その「色悪」(いろあく=色男+悪人)ぶりは由来している、と見なしても不思議ではなく、不都合ではないし、裏を返せば、それは彼女が新藤源四郎(しんどう・げんしろう)の妻となったり、やがて離縁の後、今度は仏孫兵衛(ほとけ・まごべえ)の後妻に収まったりしている事実とも、連動する関係にあったに違いない。言い換えれば、この物語において一見、この母親は年老いて、悲惨な最期を遂げる役割を、宛がわれてはいるけれども、そこには存外、彼女の若かりし日の、まさしく「色女」(いろおんな)としての一面が、見逃されてはならないのではなかろうか。

そして、それゆえに彼女は結果的に新藤源四郎と離縁の後、仏孫兵衛の後妻に収まるまでの間、あの高師直(こう・の・もろなお→「吉良上野介」役)の「お末(すゑ)奉公」をしていた訳でもあって、おまけに、そのことを通じて塩冶判官(えんや・はんがん)高貞(たかさだ→「浅野内匠頭」役)の妻、顔世御前(かおよ・ごぜん)と高師直の仲を取り持つ密命を受け、なんとも驚くべきことに、この『東海道四谷怪談』と『仮名手本忠臣蔵』を結び付けるべく、暗躍する人物でもあった。となると、そもそも彼女が民谷伊右衛門の母親であることも含めて、はたして彼の父親は誰なのか、また、その際の彼女の言い分それ自体を、君や僕は信じ、真に受けても構わないのかどうか、何から何まで、その真相は彼女のみぞ知る、という恐ろしい事態に、君や僕は立ち至りかねないのであった。

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