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ヒーロー談義(承前)――「教養」の来た道(287) 天野雅郎

そろそろ鶴屋南北(つるや・なんぼく)の『東海道四谷怪談』とも、おさらば(→さようなら!)をして、何か別の、新しい話題を君に提供できないものか知らん、そうしないと、きっと君も痺(しび)れを切らして、京(みやこ)に上ってしまいかねないな、と僕は苦慮していない訳では......ないのであるけれども、なかなか一度、取り憑(つ)いた魔物は容易に、たやすく姿を消してくれないのが決まりであって、これは民谷伊右衛門(たみや・いえもん)に纏(まと)わり付いた、お岩の亡霊と同様、行く所まで行かないと収まりが付かないものであるらしい。と、このように観念して、僕は君に今回も、あの「首が飛んでも動いてみせるワ」とまで豪語した、その意味において、文字どおりにヒーロー(hero→heros→半神半人)の中のヒーローである、民谷伊右衛門の話題を提供したい。

ところで、このようなことを思案していたら、たまたま先日、以前に購入して、そのまま放置しておいた『歌舞伎 英雄伝説』(1994年、講談社)という本が僕の目に留まり、そのページを開いてみると、そこには歴史上、歌舞伎に登場する「十二人のヒーロー」が並べられていて、しかも、その冒頭には「首が飛んでも動いてみせるワ」というセリフと共に、何と民谷伊右衛門が取り上げられているではないか。著者は利根川裕(とねがわ・ゆたか)である。と聞いても、きっと君は初耳であろうが、実は彼は1980年代から90年代に掛けて、深夜番組の『トゥナイト』(テレビ朝日)の司会者として一世を風靡(フウビ)し、と書くと、はなはだ大仰であるけれども、このようなワイドショーが深夜に、1時間枠の放送を続けていたのも、それはそれで、1980年代の特徴であったのかも知れないね。

ともあれ、そのような利根川裕が一方で、いわゆる「歌舞伎通」として知られていたことを、僕は当時、ほとんど意に介さなかった訳であって、そのこと自体、幾分の後悔を伴わざるをえない。が、このようにして彼が歌舞伎の劇評を『東京新聞』に連載したり、あるいは雑誌(『演劇界』)に、この本の元になる、歌舞伎の評論を執筆したりするようになったのは、この本の奥付を見ると、平成元年(1989年)以降のことのようであるし、この本自体が出版されるのも平成六年に当たっているから、その頃の僕には多分、この本も「猫に小判」か「豚に真珠」(『マタイによる福音書』)に等しいものであったに違いない。と言った次第で、僕は今、遅れ馳せながらも、彼の『歌舞伎ヒーローの誕生』(2007年、右文書院)や『歌舞伎ヒロインの誕生』(同上)を、拾い読みしている所である。

それゆえ、前回と今回の「ヒーロー談義」は、お察しの通り、その拾い読みの成果でもあれば、ある種、その報告書(レポート)でもあるけれども、僕個人は利根川裕が「まえがき」と「あとがき」で述べている、彼自身の「ヒーロー」の規定に対して、かなり親近感を催さざるをえない側である。すなわち、彼らは「みな、個人を越えた〔、〕いのちを持っている。公けの〔、〕いのちを持つに至ったのである。つまりは、ヒーローである。〔改行〕いったん作者によって産み落とされた彼らは、役者という生身の人間によって、いきいきとした生命力を具現化した。そして、ある一代の役者の生命が終っても、これらヒーローたちの生命は、次代の役者に承け継がれ、それがさらに次々代、次々々代と引き継がれ、現にいまも、わたしたちと同時代の生身の役者の身体を借りて生きている」。

なるほど、たしかに利根川裕の挙げている、この「十二人のヒーロー」は、あの近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん)の産み出した、平野屋徳兵衛(ひらのや・とくべえ→『曽根崎心中』)にしても河内屋与兵衛(かわちや・よへえ→『女殺油地獄』)にしても、あるいは『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助(おおぼし・ゆらのすけ)にしても早野勘平(はやの・かんぺい)にしても、ことごとく作者から役者へと、そして大衆へと、受け渡されることで、そこに引き継がれた「いのち」や「生命」を身に纏(まと)い、くりかえし君や僕の目の前に、その姿を現(あらわ=露・顕)している。その限りにおいて、このような「ヒーロー」の出現は、きっと作者よりも、むしろ「大衆と役者との願望の一致」と呼べるであろうし、それを「幸福な一致」と称しても、間違いではないに違いない。

 

大衆が〔彼らの〕死ぬことを欲しなかったのである。多くの人々が生き続けさせたいと願ったのである。そしてまた、代々の役者も、それに応えて、これらヒーローを生き続けさせたいと願い、生き続けるための工夫を重ねたのである。〔改行〕大衆と役者との願望の一致。これらのヒーローは、そういう願望の幸福な一致によって、こんにちまで生き続けることが出来た。〔改行〕だから、これら十二人のヒーローを語ることは、数百年前から〔、〕こんにちに至るまでの、この国の〔中略〕国民史の側面を持つことになるし、また〔、〕それに応じて、そういう人物をどう表現するかに全知全能を絞った〔、〕芸能史の側面に触れることになるでもあろう。

 

しかも、このような「十二人のヒーロー」の一番手に置かれ、それゆえ、その代表格とも目されていたのが、この本では民谷伊右衛門であった次第。でも、それならばー―どうして彼が特に、このような位置づけを与えられているのか、その説明も、必要な気がしないではないけれども、それを言い出すのは、やはり野暮(やぼ)の極みであったろうか。まあ、それを承知の助(すけ)と言おうか、承知の幕(まく)で付け加えておくと、おそらく民谷伊右衛門が現在でも、どこかで君や僕に重なり合う面があるとすれば、それは端的に『東海道四谷怪談』という物語が、まさしく20世紀の、ひいては21世紀の、この日本という国の姿や形を、そのまま象(かたど)り、それを徴(しるし)として先取りしている......要は、その象徴(symbol=割符)であったからに他ならなのではなかろうか。

実際、この本にも前々回、僕が君に紹介を済ませておいた、あのジグムント・フロイト(Sigmund Freud,1856-1939)が引き合いに出され、民谷伊右衛門という「色悪」(いろあく)は詰まる所、君や僕と寸分(すんぶん)違(たが)わぬ、この「現代」という時代を生きる、一人の「ニヒリスト」であることが指摘されている。とは言っても、それは君や僕が「ニヒリスト」という語で思い描く、もっぱら「虚無的な考え方をする人。虚無主義者」(『日本国語大辞典』)でもなく、ましてや「一九世紀後半のロシアの革命的民主主義者や革命家。虚無党員」(同上)でもなく、むしろ君や僕の周囲に、それどころか、実は君や僕の心の中に、ふとした瞬間に顔を覗かせる、おなじみの心性(メンタリティー)でもあれば、さらに加えて、それは人格(パーソナリティー)そのものであったはず。

 

色悪の主人公は、いい男でなくてはならない。〔中略〕あぶない魅力の持主でなければならない。しかし色悪の人間劇は、美男美女の物語〔=善男善女の物語〕ではない。〔中略〕色悪は愛情なぞというものを信じこんではいない。本能として、あるいは衝動として愛をもつことはあってもいいが、根は男女の愛のニヒリストである。そして女に対するエゴイストである。〔改行〕どんな愛もエゴイズムの発現だ、といえば、フロイト流の深層心理につながる現代の愛の教理だが、四世鶴屋南北はフロイトに先立つこと〔、〕ほぼ一世紀にして、民谷伊右衛門という色悪を誕生させることによって、現代につらなる人間認識を生みだしたのであった。

 

論より証拠、この「エゴイスト」は女(すなわち、お岩)に対して、絶えず性欲を介してのみ執着を持ち、これを遮る相手が登場すれば、それが彼女の父親であっても、いとも簡単に殺害するし、その女が逆に、妊娠をしたり、出産をしたり、今度は性欲の捌(は)け口の役目を果たさなくなると、これを一方的に詰(なじ)り、謗(そし)り、いじめた上で、別の若い女を性欲の対象ともする訳である。――と言い出すと、いかにも彼が特別の、異常な色魔であるかのごとく、君や僕は感じかねないけれども、よく考えてみると、このような男女関係は現代の、ありふれた人間模様でもありえたのではあるまいか。それならば、いつでも君や僕は一人の、民谷伊右衛門に姿を変える可能性を秘めてもいるし、裏を返せば、いつでも君や僕は一人の、お岩にだって、なりうるに違いないのである。

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