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ヒロイン談義(承前)――「教養」の来た道(289) 天野雅郎

男女関係は常に、対等な関係である、と僕は信じているけれども、それが結果的に平等な関係を指し示すものであるのか、どうかは別問題であって、例えば「男女平等」という語と「男女対等」という語で、そこに幾分(相当?)違った意味合いを感じ取るのは、男性の側にしても、女性の側にしても、ごく普通の経験ではなかろうか。と言ったのは、これまた鶴屋南北(つるや・なんぼく)の『東海道四谷怪談』の話で、恐縮であるが、お岩が当初、民谷伊右衛門(たみや・いえもん)と恋愛関係に陥(おちい=落ち入)り、妊娠をして、結婚をしたのは「男女対等」であっても、それを「男女平等」と言い切ることが出来るのか、と問われれば、やはり答えは違っているはずであり、それが逆に男女の不平等(inequality)の始まりでもあることは、この物語の展開自体が教えてくれている。

なお、この際の二人の関係を、当時は「ころびあひ」と呼んでいて、漢字に直せば「転び合ひ」となる。参考までに『日本国語大辞典』(2006年、小学館)を引いておくと、その語釈には「男女が〔、〕ひそかに、または親などの承認なしに肉体的関係を結び、仲人〔なこうど〕なしで夫婦となること。また、その夫婦。くっつきあい」と書かれおり、用例にも江戸時代の俳諧集や談義本が挙げられているから、これは完全に近世と称される時代に、固有の表現であることが分かる。と言うことは、この語には半ば、中世(=封建主義)的な要素が含まれていると共に、近代(=自由主義)的な要素も含まれていて、だから君や僕も民谷伊右衛門と同様、あるいは、お岩と同様、この二人の関係を身近なものとして感じざるをえず、場合によっては、それが身に当たるものでもあったに違いない。

言い換えれば、この二人は当初、いわゆる「自由恋愛」によって......と書き出すと、そもそも君は恋愛が、自由なものであり、自由なものに決まっている、と思い込んでいたりすると困るから、さっそく付け加えておくけれども、そもそも「自由恋愛」とは「男女双方の自由意志に基づいた恋愛」ではあっても、それは「男女間の自由な恋愛が社会的に良くないこととされた時代に用いた語」であって――と、ふたたび『日本国語大辞典』には記されており、そこには森鷗外(もり・おうがい)の『ル・パルナス・アンビュラン』(明治四十三年→1910年)の一節(「先生が亡くなる前までは自由恋愛を遣〔や〕ってゐたので、細君と三人の子供とは、別居してゐて」)が典拠に挙げられているから、いまだ20世紀の初頭は、このようにして「自由恋愛」が「別居」の言い換えでもあったのである。

要するに、露骨に言えば「自由恋愛」とは、そこで「配偶者、婚約者以外の者との性行為が行なわれる際」に、それを「当人どうしの自由意志に基づくものとして表現する語」(同上)であり、この語が目下の君や僕のように、それほど悪いイメージを伴わなくなったのは、ようやく今から、ほぼ100年前の頃に過ぎなかったのである。実際、この語の用例に『日本国語大辞典』は、もう一つ、厨川白村(くりやがわ・はくそん)の『近代の恋愛観』(大正十一年→1922年)の「再び恋愛を説く」(「この自由恋愛と云ふ言葉を、普通の慣用法に従つて放縦不羈〔ほうしょう・ふき〕の恋愛関係と解するならば」)を引き合いに出しているけれども、それは裏を返せば、まだ当時も「自由恋愛」が「普通の慣用法」に従えば、そのまま「放縦不羈」のものと見なされていた事態に、変わりはない。

それゆえ、この『東海道四谷怪談』という物語に即して言えば、お岩は一人の女性として、はなはだ近代的(modern=現代的)であった、という見方をすることも許されるであろう。ところが、その一方で彼女は父親の四谷左門(よつや・さもん)によって、その婚姻関係を無理矢理、解消させられ、泣く泣く実家に連れ戻されてしまうのでもあり、このような一種の、アンビヴァレンス(ambivalence=両面感情)を兼ね備えていることが、要は彼女を、君や僕とは違った、江戸時代の住人に仕立て上げている訳である。......と言い切れるのであれば、はなはだ事態は単純で、明瞭であるけれども、はたして君や僕は「自由恋愛」の名の下に、それほど敢然と父親や母親の言い分を無視し、相手の男性や女性との婚姻関係、詰まる所、肉体関係を選び取る、勇気を持ち合わせているのであろうか。

 

伊右衛門「アイヤ、ちと、お待ち下され。〔中略〕左門様、なぜ又(また)お岩を帰しては下さりませぬ。互ひに厭(あ)きも厭かれもせぬ仲。殊(こと)には、このほど懐妊いたし、子まで儲(まう)けし二人が仲。何が、あなたの御気(おき)に入(い)らぬやら」

左門「そりゃ、御自分の御心に問はっしゃれ。もっとも娘、お岩めも不所存(ふしょぞん)にて、ころびあひ、親の許さぬ夫婦仲。〔中略〕そりゃ、この道ばかりは別な物と、そのままに捨て置きたるが〔中略〕聟(むこ)の、こなたの根性が、舅(しゅうと)の俺の気に入らぬ」

 

結果、このような遣(や)り取りが引き金となって、かつての公金(「御用金」)横領の罪を暴(あば=発)かれ、その口封じにと、民谷伊右衛門は四谷左門を殺害するに至る訳である。しかも、その犯人探しと仇(かたき=敵)討ちまで買って出る、念の入れ様。ここまで来ると、これは確かに歴史上、最たる「色悪」(いろあく=色男+悪人)の出現と、君や僕は不謹慎ながら、拍手喝采の一つも送りたくなるのが正直な所であろう。が、それと並んで、この愁嘆場に際して、その名の通りに悲劇(それとも、喜劇)のヒロインである、お岩の示す狼狽ぶりは、彼女の年齢を踏まえれば、それ相応に納得は行っても、やはり所詮、女は女と、きっと民谷伊右衛門からも、あるいは直助権兵衛(なおすけ・ごんべえ)からも、たやすく侮(あなど)られるべき性格のものでもあったに違いない。

 

伊右衛門「コリャ、狼狽者(うろたへもの)め」

岩「でも、別れたる夫婦仲、今更(いまさら)どうも」

伊右衛門「サア、厭きも厭かれもせぬ仲にて、殊に姙身(にんしん)。子まで籠(こも)りし女房を、何とて身共(みども)は見捨てねど、舅の心に適(かな)はぬ故、まづ逆らはずに戻したが、死なれてみれば、さしあたって去り状やらぬ女房の親。このままにも捨て置かれず、身共が為にも舅の仇」

岩「そんなら、これから伊右衛門どの、頼りになって親の仇」

伊右衛門「知れた事、女房の親は身共が親さ」

 

と、このように高(たか)を括(くく)るとすれば、おそらく君や僕は『東海道四谷怪談』という物語の含み持つ、その「怪談」としての筋立てを、まるで理解していないことになるのではあるまいか。なぜなら、これまた以前、僕が君に報告を済ませておいた、民谷伊右衛門の出生の秘密にも似て、お岩には一面、いかにも謎の要素が残されており、それは例えば、彼女が四谷左門の娘であることは、さしあたり確かであるとしても、それでは彼女を実際に生んだのは誰なのか、そして、また彼女と妹の、お袖との間には、なぜ血の繋がりが絶たれているのか、はたまた彼女が民谷伊右衛門の子として、その身に宿している命は、はたして本当に民谷伊右衛門との間に設けられたものなのか、このような問いを次から次へと担ぎ出すと、たちまち君や僕は途方に暮れ、慄然とせざるをない始末。

言い換えれば、このような事態も踏まえて、僕は君に男女関係の対等性や、あるいは平等性を、問い掛けているのであって、それを抜きにすると、いとも容易に『東海道四谷怪談』は、ありきたりの幽霊譚や復讐譚に堕してしまい、そこでは最終的に民谷伊右衛門が「悪」であり、お岩の方は裏を返せば「善」となる、勧善懲悪の物語が進行するだけの状態に陥ってしまう。それを避けるためには、どうやら民谷伊右衛門と同時に、お岩にも彼女の、言ってみれば「色悪」(=色女+悪人)としての性格づけ(characterization)を施す必要があり、その最たるものが、彼女にも民谷伊右衛門と共通の、広義の「捨て子」としての役割を与え、そのことを介して、彼女の「子殺し」にも別の面からの光を当てることは叶わないのか知らん、と僕は考えているけれども、さて君は、いかがであろう。

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