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「赤い糸」の話 ――「教養」の来た道(3) 天野雅郎

教養(という語)と初恋(という語)が、ちょうど同じ頃――すなわち、今から百年ばかり前に生まれて、育った、まるで兄弟(それとも、姉妹)のような語であり、この二つの語の間には、ひょっとすると双子のような間柄さえ成り立ちうるのではなかろうか、と君は今まで、一度でも想像したことがあったろうか。多分、無かったはずである。でも、このようにして振り返ると、一見、無関係であったかのような二つの語の間に、何やら不可思議な繋がりが感じられ、それが次第に、切っても切れない関係であるかのように見え出したら、もう「しめた!」ものである。何故なら、その際の君の頭の中には、すでに「教養」と「初恋」の出会うべき場所が占(し)められ、その場所が、あらかじめ君には、知(し)られているに違いないのであるから。

このような関係を、君は何と名付けるであろうか。僕は、ここで「赤い糸」の話を持ち出して、ふたたび初恋について、それどころか、運命的な大恋愛について、前回の話題を引き継ぎたい。例えば、君――とは言っても、この「赤い糸」の話は元々、一人の男を主人公とした話であるから、その主語(サブジェクト)も男になってしまわざるをえないのであるが、君が一人の男であり、その男は幼い時分に父親を亡くし、その所為(せい)もあってか、若い頃から結婚願望が強く、一日も早く結婚相手を見つけ出したくて仕様の無い、そのような男であった、と仮定して欲しい。まあ、そのような仮定をするのは、あまり君も気乗りがしないであろうし、そのような話の主人公に宛がわれるは願い下げである、と言うのが正直な反応ではあろうが。

ただし、そのような男が四半世紀(25年!)近くにも亘って、昨今の流行(はやり)言葉で言えば、ひたすら結婚活動(「婚活」)を続け、それにも拘らず、まったく縁談が纏(まと)まらず、いささか諦め気分に浸ろうとしていた、その矢先のこと……俄(にわ)かに17歳の、目の覚めるような美少女と出会い、驚くこと莫(なか)れ、その美少女と結婚をすることができたのだとしたら、それでも君は、この話の主人公に宛がわれるのを嫌がるであろうか。もっとも、この話は所詮(しょせん)、男の側の目線で見て、男の側の都合で拵(こしら)えられた話であるから、例えば君が女であれば、この質問には少々、反応に困ってしまうかも知れないし、仮に君が男であっても、はたして四半世紀の「婚活」を続けるのか、どうかは躊躇せざるをえないであろう。

さて、ここまで来ると、この話が「定婚店」という名で呼ばれ、中国の唐代の作家、李復言(リー・フーイェン)によって編まれた『続玄怪録』に収められている話であり、やがて宋代の『太平広記』の中にも、その出典が『続幽怪録』と改められてはいても、同じ「定婚店」の名で収められている話である、という種明かしをしておくべきであろう。なお、その際の出典からも窺えるように、この「定婚店」が「玄怪」(くろい「怪」)や「幽怪」(かすかな「怪」)の一つであり、端的に言えば、それが怪(あや)しい話(「怪談」)に他ならず、君や僕の口から、思わず「あや」(=「ああ」)という声が漏れてしまう、そのような不可解な、場合によっては魅力的で感動的ですらある、神秘的な話であったことも、ここで付け加えておこう。

残念ながら、作者の李復言については、その生涯も経歴も、ほとんど詳しいことが分かっていないから、この作者に関して、僕が君に伝えることのできる点は何も無いが、肝腎の「定婚店」については、その粗筋の紹介が中途半端なままに留まっている。何しろ、これまでの経緯(いきさつ)を聴いただけでは、この「定婚店」という話が具体的に、どうして「赤い糸」の話と繋がるのか、君には訳が分からないであろうから。そこで、その点に的を絞って、この物語の筋立てを明らかにしておくのが順序であろう。そもそも、この男――名前は韋固(ウェイ・グー)と言うが、この男は度重なる「婚活」の末、理想の結婚相手と結ばれることになったけれども、そのような都合の好い、願ったり叶ったりの話が、それほど世間に転がっているはずはない。

実際、この結婚相手には一つだけ、何とも不審な点があり、絶えず眉間(みけん)に花子(かし)という、その名の通りの花や、月や星の形を象(かたど)った色紙を貼り、朝から晩まで、寝室でも、浴室でも、この色紙を剥がすことが決して無かった。この振る舞い自体は、当時の流行(はやり)の化粧法であり、ごく当たり前のことではあったが、さすがに四六時中、そのままの姿でいるのは異様である。気になった男は意を決して、そのことを女に問い質(ただ)すと、女は泣く泣く、自分の眉間には深い刀傷があり、その傷は3歳の時、乳飲み子であった自分を突然、暴漢が往来で襲い、そのために出来た傷であり、幸いにも命に別状は無かったものの、その傷が眉間に残り、それを隠すために、いつも花子を貼っていたことを打ち明ける。

ところが、この話を聴いている内に愕然とし、呆然としたのは男の方であった。何故なら、その時――14年前、この女を襲った暴漢とは、実は男が金を渡し、ある乳飲み子を殺させようとした、自分の召使であったから。仔細に言えば、かつて男は一人の老人に出会い、その老人の口から、いまだ自分の結婚相手が3歳の幼子(おさなご)に過ぎず、その幼子が14年後、17歳になった折に巡り合うまで、いくら縁談を繰り返しても、ことごとく失敗に終わるであろう、と告げられる。そこで、半信半疑になった男は往来に出向き、嘘か実(まこと)か、未来の花嫁となるべき幼子を一目、見ようとするが、男が目にしたのは下賤な老婆に抱かれた、薄汚い乳飲み子であった。その刹那(せつな)、この乳飲み子の命を奪えば、自分の未来が変わるのでは、と男は考える。

結末は、言うまでもない。召使は、この殺害に失敗し、乳飲み子――要するに、男と14年後、結婚をすることになる3歳の幼子は、そのまま無事に成長を遂げ、やがて打って変わった、目を瞠(みは)るほどの美少女に姿を変え、男の結婚相手となる。そして、その結婚は以前、一人の老人が男に告げた、まさしく「赤い糸」に結ばれた結婚であった、という次第。……と言った辺りで、そろそろ紙幅も尽きてしまったが、この老人とは一体、何者であったのか、そのことが一番、君にも納得が行かず、もっと知りたい点ではなかろうか。そこで、この点を振り返りながら、もう一度、改めて君に僕の話を聴いて貰うことにしよう。それまでに、この話を君が岩波文庫(今村与志雄訳『唐宋伝奇集』1988年)で読んでくれていることを、願いつつ。 

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