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詩人の幸福(第六回)――「教養」の来た道(300) 天野雅郎

今回は、実に久し振りに「詩人の幸福」の続きである。どの程度、久し振りなのかと思い、振り返ってみると、何と今年の年頭以来の久し振りであった。「お久し振りね、あなたに会うなんて~♪」と歌ったのは、今から35年も前(昭和五十八年→1983年)の、あの小柳ルミ子であったけれども......と、このような昔話を始めても、君には皆目、何が何やら、訳が分からないであろうから、さっそく本題に突入。――僕が今回、このようにして「詩人の幸福」について、ふたたび筆を執り始めたのは、たまたま先日、小林秀雄(こばやし・ひでお)の対話集(『直観を磨くもの』2014年、新潮文庫)を読んでいて、そこに彼と三好達治(みよし・たつじ)の、とても興味深い対話を見つけ出したからである。

この対話自体は、すでに昭和二十四年(1949年)に行なわれたものであるから、もう現時点から数えて、ざっと70年も時を遡らざるをえないし、言うまでもなく、ご両人とも揃って、今では鬼籍(キセキ→ranks of the dead)の人である。と言うよりも、小林秀雄が生まれたのは明治三十五年(1902年)で、三好達治の方は、それとりも二年早い、ちょうど明治三十三年(1900年)の生まれである。であるから、この二人が幾ら長生きであっても、もう君や僕は彼らの謦咳(ケイガイ)に接することが、まず不可能であって、事実、小林秀雄は昭和五十八年(1983年)に、三好達治の方は昭和三十九年(1964年)に、それぞれ亡くなっている。まあ、その頃に僕自身は、もう小学生であったり、いっぱしの大人になっていたりした訳であるから、それほど遠い過去では、さらさら無いのであるが。

その点、例えば橋本治(はしもと・おさむ)が今から、ほぼ10年前(平成十九年→2007年)に書いた、その名の通りの『小林秀雄の恵み』(新潮社)という本があるけれども、この本の中で彼が小林秀雄を「じいちゃん」と呼んでいることに対して、いささか親近感を催す側に僕は立っている。事実、僕個人の「じいちゃん」や「ばあちゃん」も、ほとんど小林秀雄や、あるいは三好達治の同世代であって、彼らが生きていた時代は確実に、僕自身の中に流れ込み、大袈裟(おおげさ)な譬(たとえ=喩)を用いれば、それは僕の血肉を構成する......何物かであるに違いないからである。が、そのような何物かが僕には、よく正体が分からないし、だから僕も橋本治と同様に、そのような「遠い昔に〔、〕いなくなってしまった友」である「近代」を、あれこれ問い続けているのであるけれども。

このようにして振り返ると、きっと君も僕が、なぜ「近代」(modern times)という語に拘泥し、これを繰り返し、繰り返し、論(あげつら)おうとしているのかを、それなりに理解してくれるに違いない。要するに、それは僕が自分自身の、これまで生きてきた過程(プロセス)を、そのまま全体として、まるごと問い直すために設定された、ある種の時間枠であって、この時間枠を前提にして、尺度にして、僕は自分自身の生涯や、その生活の一齣一齣を、まさしく齣撮(こまどり)をすることで、そこに生命賦活の秘儀とも称するべき「アニメーション」(animation)を創り出すことは出来ないのか知らん、と考えている次第。――と、このようなことを考えながら、僕は最近、文学であれ哲学であれ、小林秀雄の言う「思想」であれ、その「二度読み」の作業を実践しているのでもある。

 

やっぱり、僕は文学は思想だと思うね。思想のための経験だね。〔中略〕ドストエフスキイが〔、〕こんな事を言っているんだ。自分は若い頃、人生は簡単だと思っていたが、経験を重ねるに従って、人生は複雑なものだと悟った。ところが〔、〕もっと人生に暮してみると、人生なぞ簡単なものだと思う様になった。そう言っているんだよ。これは、複雑で大事なのは思想の方だと思った〔、〕ということなのではないかと思うのだよ。人生は二度読めない。二度読めるのは思想です。そうではないだろうか。

 

また、この発言に応じる形で、三好達治は「〔文学は〕そとにある人生じゃないね。何か〔、〕やはり作者の内に、――のみあるようなものじゃないかな。〔中略〕抽象的にいえば、なんだな、美しいものというのは、そとの人生にあるわけではないからね。〔中略〕だから〔、〕そういうもの、美しいものが抽象された形で〔、〕そとの事件から離れてくると、やはり詩のようなものになるんじゃないかね。〔中略〕それは実人生にはない、創(つく)り出されたものなんだ、二度読めるのは」と語っている。そして、このようにして「二度読めるもの」や、それどころか「何度も繰り返して読むもの」が、残念ながら、君や僕の生きている、この「近代」という時代には数が減り、どんどん死滅の淵に至っている、と嘆いているのが君や僕の、まさしく「じいちゃん」たちの対話なのであった。

と書き継いで、君が誤解をしていると困るので、付け加えておくけれども、小林秀雄や三好達治は僕の、たしかに「じいちゃん」や「ばあちゃん」の世代である。が、それは君にとっては無関係の、まったく時代錯誤の話なのではなかろうか。仮に君が、そのように信じ込んでいるとしたら、それは大きな間違いである。なにしろ、このような「じいちゃん」や「ばあちゃん」は最初から、そのまま「じいちゃん」や「ばあちゃん」として生まれ、育ったのではなく、そこには「じいちゃん」や「ばあちゃん」の若い頃が、そのまま君と同様の「にいちゃん」や「ねえちゃん」として、あるいは「おじちゃん」や「おばちゃん」として存在し、その上で、はじめて「じいちゃん」や「ばあちゃん」は最終的に、ようやく「じいちゃん」や「ばあちゃん」に辿り着いているに過ぎないのであるから。

その意味において、例えば君が今、若い「にいちゃん」や「ねえちゃん」であったり、ひょっとすると、すでに「おじちゃん」や「おばちゃん」であったりしたとしても、それは単純な話、君が君の人生を、字義通りのプロセス(process)に即して、前に(pro)進んでいる(cedere)だけのことであって、その行く手には当然ながら、君が「じいちゃん」や「ばあちゃん」になる時が控えている訳である。言い換えれば、このようにして「じいちゃん」や「ばあちゃん」になることは、その時々の、束の間の役割分担であり、役割交替であって、その際、君は君の役割(role)を、あたかも巻物(roll)の中の、それぞれの部分(part=役割)において演じているに過ぎず、そこでは「じいちゃん」や「ばあちゃん」であることも、単に次の、孫(=子+系)への橋渡しに他ならないのであった。

さて、そろそろ紙幅も尽きてきたようではあるが、もう少し、喋り残している点もあるので、それは次回、再度の「詩人の幸福」として、君に話を聴いて貰(もら)うことにして、僕が今回、この「文学と人生」という対話を君に紹介しようと思い立った理由を、最後に述べておくことにしたい。と言ったのは、この対話からは70年ばかりが、この二人の生年からは120年近くが、もう経っているにも拘らず、ことによると日本の文学(とりわけ、詩)は、その歩を先に進めることが叶っているのか知らん、と僕には感じられるからである。――論より証拠、例えば次のごとき三好達治の発言に対して、そもそも日本の近代詩(ひいては、現代詩)は、これを真正面から受け止めうる地点に達しているのであろうか。と問われれば、僕はウ~ンと唸らざるをえないが、さて君は、いかがであろう。

 

だいたい日本の定型詩というものは、どうしても文章語体でなければ成立たない。口語体では定型詩は成立ちません。それはフランスだって〔、〕どこだって何も口語体で詩を書いていない。どんな新しい詩だって口語体で書かれているんじゃない。ところが日本の現代詩は一般に口語体で書かれている。文語体で詩を書くということは、どうしても〔、〕われわれの日常生活感情と結びつかないのですよ。ということは、逆にいえば生活感情に何か〔、〕えたいの知れない足掻(あが)きがある〔、〕という証拠にもなるんだけれど、だけど、とにかく〔、〕こんなに言葉がね、いわゆる伝統的な言葉と、新しい生活に結びついた日常言葉と、この両者が〔、〕こんなに距離のある国というものは〔、〕ないでしょう。

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