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和漢学入門(第六回)――「教養」の来た道(323) 天野雅郎

残念ながら、とうとう「夏休み」も今日(9月30日)を限りに、お仕舞いである。――と、このように書きながら、これまで幾度、この類(たぐい=比)の「残念」を繰り返してきたのか知らん、と僕は想い起こしている所である。ちなみに、いつもの『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で「残念」の語を引くと、そこには「思いが〔、〕あとに残ること。すんでしまった物事や〔、〕それまでの状態に対して、満足がいかなくて物足りない感じがすること。また、そのさま。心のこり」とあって、この語が動詞形(残念する)でも、もともと使われていたことが分かるし、その用例には、中世から近世に掛けての頃の狂言(『萩大名』)が挙げられているから、どうやら日本人は延々、このようにして室町時代以降、季節の推移と結び付く形で、この「残念」を発し続けてきたようである。

その点、君や僕が一方において、何らかの「対人関係で圧倒されたり、勝負事に負けたりして、くやしく思うこと。また、そのさま。無念」という意味で口にする「残念」は、これまた『日本国語大辞典』が用例として、江戸時代の仮名草子(『悔草』)を挙げていることからも窺える通り、この語の派生的(derivative=流出的)な使い方に過ぎない訳である。であるから......とは言っても、それほど容易に君や僕の、まさしく心の切り替え(change of the mind)が叶うのかどうか、疑わしい限りではあるが、それでも「残念」が本来、人間を相手にした言い回しではなく、むしろ自然を対象にした言葉遣いであることを、知っておくのは重要であろうし、必要でもあろう。なにしろ、いつも言葉は字面のごとく、その滋養分を自然の、季節の推移から、借り受けざるをえないのであるから。

事実、そのような「残念」な「心のこり」は、例えば平安時代の『古今和歌集』を見ても、そこに「夏歌」(巻第三)の巻尾に置かれた、あの凡河内躬恒(おおしこうち・の・みつね)の「常夏」(とこなつ)の歌を介して、見て取ることが出来るし、それは鎌倉時代の『新古今和歌集』の「夏歌」(巻第三)の巻末に至っても、より著しい形で、その趣(おもむ=面向)きが強調されている。以下、そのような夏の終わりの歌を、僕は君の参考に供するべく、それぞれ『古今和歌集』と『新古今和歌集』から抜き出しておくが、注目して欲しいのは、この二つの歌集の間に300年(!)の時が流れ、過ぎていることである。そして、それにも拘らず、そこには「本歌取り」という手法で、その300年の時が跨(また)がれ、超えられているのであって、それが「和歌」の真骨頂なのでもあった。

 

塵(ちり)をだに据(す)ゑじとぞ思ふ 咲きしより妹(いも)と我(わ)が寝(ぬ)る常夏の花(躬恒)

白露(しらつゆ)の玉もて結(ゆ)へる籬(ませ)の内に 光さへ添(そ)ふ常夏の花(高倉院)

 

夏と秋と行(ゆ)き交(か)う空の通(かよ)ひ路(ぢ)は 片方(かたへ)涼しき風や吹くらむ(躬恒)

夏衣(なつごろも)片方涼しくなりぬなり 夜(よ)や更(ふ)けぬらん行き合ひの空(慈円)

 

禊(みそぎ)する川の瀬(せ)見れば 唐衣(からころも)日も夕暮れに波ぞ立ちける(貫之)

風そよぐ楢(なら)の小川の夕暮れは 禊ぞ夏の徴(しるし)なりける(家隆)

 

ちなみに、最後の藤原家隆(ふじわら・の・いえたか)の歌だけは、所載が『新古今和歌集』ではなく『新勅撰和歌集』であり、おそらく君や僕には、いわゆる『百人一首』の歌(98)として名高いはずである。当時は、このようにして夏の最後の一日に、夏越(なごし)の禊(みそぎ=潔身)や、あるいは祓(はらい・はらえ)と称して、夏から秋への行き合いの、行き交いのための神事が催されていたのであった。ただし、この神事の別名が「六月(みなづき)祓」であったことからも明らかなように、この儀式は本来、旧暦六月三十日(みそか=晦日)の夕暮れから、夜へと及ぶのが順序であって、その点、今日が新暦9月30日であるのに対して、旧暦のカレンダーでは八月二十一日に当たるから、これは秋の盛りを過ぎた時分であって、とうてい夏とは、呼びようのない時期なのである。

なお、ついでに今年のカレンダーでは、旧暦六月三十日は何と、存在しておらず、六月は二十九日を最後に七月一日へと切り替わり、その日は新暦で言うと、ちょうど8月11日の「山の日」であったけれども、この日は朔日(さくじつ)であるから、君や僕が空を見上げても、そこに月の姿を見出すことは叶わなかった訳である。――と、このような面倒臭い、七(しち)面倒臭い話を、なぜ暦(こよみ=日読)の上にまで持ち出さなくてはならないのであろう、と僕は頭が痛いけれども、言ってみれば、そのような面倒臭いことを次から次へと、この国は課せられ、今に至っているのであって、その最たるものが君や僕の、まさしく「漢字」や「漢語」と称しているものでもあれば、そこから派生的に、苦労に苦労を重ねて産み出された、その名の通りの「和字」や「和語」であったのである。

そのことを、この「夏休み」に少しでも、ほんの少しでも君に伝えようとして、この「和漢学入門」という表題の、よく訳の分からない文章を、僕は書き継いできたのであるけれども、その間には台風が何度か襲来し、とうとう新暦9月4日(旧暦→七月二十五日)には和歌山大学の、図書館の一角を占めている「教養の森」センターが、とても大きな被害に遭い、部屋の壁が暴風に吹き飛ばされ、見るも無残な姿を呈するに至ってしまい、それから暫くの間は引越しやら何やら、あわただしい限りで、今に至ってもエアコンは故障したままであるし、窓ガラスの修復は、目処さえ立っていない有り様である。と言う訳で、この一連の文章も頭打ちと言おうか、腰砕けと言おうか、なかなか話が先に進まなくなってしまい、君にも迷惑の掛け通しではなかったのか知らん、と僕は懸念している次第。

ともあれ、このような経緯(音読→ケイイ、訓読→いきさつ)で今年の「夏休み」は、はなはだ忙しい「夏休み」......と、ほとんど形容矛盾に等しい言い回しを、僕は犯しているけれども、よく考えてみたら、もともと忙(いそが)しい、という事態は君や僕の、お互いの心が何かに追い回され、急(いそ)ぎ過ぎてしまい、あたかも心が、亡くなってしまったかのような事態を指し示しているのであろうから、これを本来の、安(やす)らかな姿に戻すためには、さながら人が木と寄り添い、これに体を持たせ掛けるようにすることが必要であり、それが字面の通りに休(やす)む、という語の成り立ちでもあったに違いない。とすれば、まあ僕は、おかしな物言いになるけれども、いつも言葉を通じて、そのような自然の、季節の推移との語らいの場に、勤(いそ)しんでいるのでもあった。

そして、その分、自然の側にベッタリと、僕の言葉が貼り付き過ぎないように、また、そうであるからと言って、それが人間寄りにキチキチに、ギチギチになり過ぎないように、僕自身は適当にブラブラしたり、ダラダラしたりしている訳である。そう言えば、しばらく前に僕は、これまで君に紹介しておいた、あの『漢語と日本語』(藤堂明保)と『漢語と日本人』(鈴木修次)に続いて、これらと瓜二つの、と言っては言い過ぎであろうが、さらに『漢字と日本人』という本を書架から引っ張り出し、この本が平成十三年(2001年)に文春新書から出版されたばかりの頃から、実に久し振りの時を隔てて、読み直していたのであるが、そこに著者である、高島俊男(たかしま・としお)の次のような一節を再発見したので、これも「夏休み」の宿題の成果として、この場に引いておくことにする。

 

漢字は、日本語にとって〔、〕やっかいな重荷である。それも、からだに癒着してしまった重荷である。もともと日本語の体質にはあわないのだから、いつまでたっても〔、〕しっくりしない。〔改行〕しかし、この重荷を切除すれば日本語は幼児化する。へたをすれば死ぬ。〔改行〕この、からだに癒着した重荷は、日本語に害をなすこと〔も〕多かったが、しかし日本語は、これなしには〔、〕やってゆけないこともたしかである。腐れ縁である。――この「腐れ縁」ということばは、「くされ」が和語、「縁」が漢語で、これが〔、〕くっついて一語になっている。日本語全体が〔、〕ちょうどこの「腐れ縁」ということばのように、和語と漢語との混合でできていて、その関係は〔、〕まさしく「腐れ縁」なのである。

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