ホームメッセージ泉鏡花論(第一回)――「教養」の来た道(325) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

泉鏡花論(第一回)――「教養」の来た道(325) 天野雅郎

先日来、授業で泉鏡花(いずみ・きょうか)のことを喋っている。残念ながら......と言い出すと、また前々回の、このブログ(和漢学入門・第六回)の繰言(くりごと)の続きになるから、恐縮である。でも、僕が言いたいのは、要するに人間(human being)という生き物(living being)には、それこそ生まれながらに、生得的に「休(やす=息)む」ことが必要であり、重要であって、それを欠いたり、失くしたりしてしまうと、たちまち人間は人間らしい、ヒューマンな状態を欠落させるであろうし、その結果、どんどん生き生きした、リヴィングな姿を喪失するに至るであろう、という単純明快な話に過ぎず、これに人間疎外(dehumanization)という名の、小難しい言い方を宛がっても構わないけれども、あくまで人間は、人間なのであり、決して不眠不休で働く、機械なのではない。

その意味において、そもそも「休む」ことが日本語でも、例えば白川静(しらかわ・しずか)の『字訓』(1987年、平凡社)の記している通り、君や僕が「ことの推移について憂慮すべき状態にあるので、しばらく〔、〕その行動をやめることをいう」語であったのは、忘れられてはならない。裏を返せば、その際に君や僕が、みずから「ことの推移について憂慮すべき状態にある」ことを、よく弁(わきま)え、これを弁別し、識別する必要がある訳であって、そのような理解力や判断力を養(やし)わないと、君や僕は「休む」ことも、また「休(やす)まる」ことも「休(やす)らう」ことも、いっこうに叶わない状態に陥ってしまい、これらの言い回しと、実は「安(やす=易)い」という語が同根の語であったことすら、君や僕の頭の中から、すっかり抜け落ちてしまいかねない始末。

そこで、ついでに「安い」という語の説明を施しておくと、これに「値段が高くなく、金がかからない。他と比べて、質や量のわりに値段が低い。廉価である。安価である」という意味が付け加わるのは、言うまでもなく、そのような「値段」(→「売買の相場。あたい。代価。価格。ね。また、価格をきめること」)が物を言う時代と、それを産み出した、社会や文化の成立を俟(ま)って、はじめて可能になる事態であった。したがって、そのような時代が到来するまでは、あるいは、到来してからも、まず「安い」とは「物事の〔、〕なりゆきに障害や不安がない。平穏である。安心していられる」ことであり、また「らくらくと物事を行なうことができる。容易である。たやすい」ことでもあって、そこから、さらに「責任が軽く自由である。気楽である」という使い方も産み出される。

と、このように述べているのは、いつもの『日本国語大辞典』(2006年、小学館)であるけれども――同辞典によると、このようにして「安い」には時代が下るに連れて、次から次へと悪い意味が上乗せをされ、例えば「格が低い。身分が低い。品質が劣っている」とか、あるいは「粗末に〔、〕あつかうようである。みくびるようである」とか、ひいては「人品などが下卑(げび)ている。下品である」とか、この種の差別用語が軒(のき)を連ねることになる。そして、この類の言い回しに関して、すべて『日本国語大辞典』が江戸時代の用例を挙げている点からも窺えるように、どうやら「安い」は江戸時代以降、決定的に「安かろう、悪かろう」(→「値段が安いだけあって品質も〔、〕また劣ることだろう。安いものに〔、〕よいものはない」)へと、その身を転じるに至った模様である。

さて、前置き(プレフィス)は、この程度で充分であろう。以下、泉鏡花の話である。が、すでに僕は君に、もう彼のことを喋り出しているのであって、おそらく現在、彼の作品が君や僕に対して持っている、まさしく現代的(contemporary=共時的)な意味や価値があるとすれば、それは端的に、いったい人間(ヒューマン・ビーイング)とは何であり......その、人間の特質と言おうか、本質と言おうか、それを例えば、動物や植物や、神や仏や、さまざまな機械(machine=人工装置)や妖怪変化(monstrous shape=警告形状)から、どこで、どのように区別することは出来るのか、出来るとすれば、その区別を君や僕は、どのような姿勢や態度で引き受け、これを責任問題(problem of responsibility=応答問題)として受け止めることが叶うのか、という点に収斂するのではなかろうか。

などと言い出すと、これは昨今、生物学(バイオロジー)の一部門で、いわゆる生態学(エコロジー)と呼ばれている学問領域と、ほとんど紙一重(かみ・ひとえ)の話なのではないか知らん、と君は訝(いぶか)しく思っているのかも知れないね。でも、そのような君の不審感は、何と不審感ではないのである。なにしろ、ここで『日本国語大辞典』で「エコロジー」の語を引いて、その語誌を紹介しておくと、そこには「ギリシア語で、住まいを意味するオイコス(oikos)と学問(logos)とを合成して、一八六六年ドイツの生物学者 E=H=ヘッケルが Oekologie(「すみかの研究」)を造語し、生物と〔、〕その環境及び共生者との関係を研究する科学と定義した。それを英語化したものが ecology で、日本では明治時代に「生態学」と訳した」と、懇切丁寧に書かれているのであるから。

ちなみに、その「生態学」という訳語を造ったのは、三好学(みよし・まなぶ)であって、この「桜博士」の異名を持つ植物学者によって、日本語の「生態学」が誕生するのは明治二十八年(1895年)のことであった。なお、この植物学者は江戸時代の最末年(文久元年→1862年)に生まれて、亡くなったのは昭和十四年(1939年)であるから、ちょうど泉鏡花と没年を等しくしていたことになる。享年77歳。これに対し、泉鏡花の方は明治六年(1873年)に生まれて、亡くなったのは満65歳である。また、彼が小説家を目指し、郷里の金沢から上京し、尾崎紅葉(おざき・こうよう)の門下となるのは明治二十四年(1891年)で、初期の代表作の『夜行巡査』と『外科室』が雑誌(『文藝倶楽部』)に発表されるのは、折しも「生態学」が産声を上げるのと、まったく同じ年の出来事でもあった。

ところで、見様によっては、一見、このような脈絡のない話を、僕が君に聴いて貰(もら)っているのは他でもない。つい先日、僕は君に泉鏡花の話をしようと思い立ち、いくら何でも、徒手空拳(トシュ・クウケン)で筆を執るのは気が引けるな、と感じたものであるから、例のごとく我が家の本棚で、ねた(隠語→たね→種)探しを始めた所、最初に目に飛び込んできたのが「幻想文学論」と副題の付いた、川村二郎(かわむら・じろう)の『銀河と地獄』(1985年、講談社)であった次第。それと言うのも、この文庫本のページを捲(めく)り、その目次を開くと、そこには泉鏡花と並んで、柳田國男(やなぎた・くにお)や折口信夫(おりくち・しのぶ)のような民俗学者や、おまけに、そこには日本最初の生態学者、南方熊楠(みなかた・くまぐす)の名が、連ねられていたのである。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2019 Wakayama University