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霊魂について(承前)――「教養」の来た道(335) 天野雅郎

霊魂について、と題する一文を物しておきながら、そこに「霊魂」という語や、あるいは「霊」という語や「魂」という語は、いっこうに姿を見せていないのではなかろうか、と君が疑り深い目をしていると困るので、まず言い添えておくけれども、そもそも「霊」や「魂」は君や僕の目に、見えるものなのか知らん。――と、このように問い掛けられたら、さて君は何と答えるであろう。ちなみに、この「霊」という字も「魂」という字も、もともと漢字である。であるから、これを音読(=中国音読)すれば、一方の「霊」の方は「レイ」(漢音)となったり「リョウ」(呉音)となったり、もう一方の「魂」の方は「コン」(漢音)となったり「ゴン」(呉音)となったりする。そして、それを合わせて「霊魂」と呼び、これを君や僕は一般に、漢音で「レイコン」と称している訳である。

でも、このような漢字の語義に即して言えば、あきらかに「霊魂」の「霊」は「雨」と「巫」(=巫女)の組み合わせで成り立っているから、どちらも目に見えるものであり、要は巫女(音読→フジョ、訓読→みこ)が天(音読→テン、訓読→あめ)に向かい、雨乞(あまごい=雨請)の儀式を営んでいる姿を、この漢字は象(かたど=形取)っていることになる。ところが、これに対して「魂」の字は、なるほど、そこに「雲」(=雨+云)と「鬼」のイメージが伴われつつ......むしろ、これらが目に見えないものであることを前提としているのではあるまいか。なにしろ、それが「雲」(音読→ウン、訓読→くも)であっても「鬼」(音読→キ、訓読→おに)であっても、この両者を君や僕は、普通の視線からは遮(さえぎ→さいぎ→さきき=先切)られたものと捉えているはずであるから。

論より証拠、漢字でも「雲」(ウン)は「隠」(イン)や「陰」(イン)に通じているし、この点は日本語でも、端的に「雲」(くも)を動詞化した「曇(くも=日+雲)る」は「隠(こも=籠)る」の同根の語であろうし、それは結果的に「隠(かく)れる」ことでもあって、例えば人の死に際して、これを「隠れる」とか、古くは「雲隠る」とか、このような忌避(キヒ)の表現を用いたのは分り易い例である。ましてや、それが「鬼」ともなれば、これを赤鬼や青鬼として図像化し、そこに虎の皮の褌(ふんどし)や金棒(かなぼう)を付け足すのは後世の、まさしく付け足しであり、このような人間並みの、ありふれた状態に先立って、やはり「鬼」(おに)は「穏」(オン→隠密)や「隠」(呉音→オン、漢音→イン→隠秘)と重なり合った、秘密のものであったに違いないのである。

ところで、そのような秘密の、隠されたもの(occult→オカルト=目に見えないもの)である「霊」や「魂」や「霊魂」を、日本語では「たま」や「たましい」(→たましひ)と訓読するが、どうやら、これは古来、日本人が「霊」や「魂」や「霊魂」を、さながら「玉(たま=珠)」のごときものと受け取り、受け止め、これに球(たま→ボール)の姿や形を宛がってきたからに他ならないようである。なお、ここで序(ついで)に『日本国語大辞典』(2006年、小学館)の「たま」(魂・霊・魄)の語誌を引いておくと、そこには「霊」や「魂」や「霊魂」が、そもそも「玉」と「同一語源と考えられる」と述べられていて、この両者は、さらに「前者が抽象的な超自然の不思議な力、霊力であり、後者は具体的に〔それを〕象徴するものという意味で」ある、と説明されていて参考になる。

さて、ここまで来ると、僕が前回、君に紹介をしておいた、小林秀雄(こばやし・ひでお)の『学生との対話』(2017年、新潮文庫)の中の「おばあさん」の「蠟石」(ろうせき)の話も、少しは君に分り易いものになったのではなかろうか。と言ったのも、この一連の講義や講演において小林秀雄は、まさしく「魂」を「珠」や「球」と置き換え、次のように述べていたからである。――「柳田さんは、後から聞いた話だと言って、おばあさんは中風になって寝ていて、いつも〔、〕その蠟石を撫でまわしていたが、お孫さんが、おばあさんを祀るのなら、この珠が一番よろしかろうと考えて、祠に入れて〔、〕お祀りしたと書いている。少年が、その珠を見て怪しい気持ちになったのは、真昼の春の空に星のかがやくのを見たように、球に宿った〔、〕おばあさんの魂を見たからでしょう」。

引用は、今回は講演(「信ずることと知ること」)の方からである。別段、講義(「信ずることと考えること」)の方からでも構わないのであるが、ちょうど、これと似た「喋ることと書くこと」というタイトルで、小林秀雄が昭和二十九年(1954年)に雑誌(『新潮』)に掲載した一文が、運好く『考えるヒント3』(1976年、文春文庫)には含まれていて、これも併せて君に味読して欲しく、僕は講演の方を選んだ次第。そう言えば、この「喋ることと書くこと」は、以前、このブログ(第308回)でも取り上げた、あの『栗の樹』(1990年、講談社文芸文庫)にも載っているので、こちらであれば、ぜひとも「私の人生観」ともども、君が小林秀雄の「信仰について」に目を通してくれると有り難い。重複とは、なるけれども、その一節には以下のごとき「魂」の語が宛がわれているから。

 

私は宗教的偉人の〔、〕だれにも見られる、驚くべき自己放棄について、よく考える。あれは〔、〕きっと奇跡なんかではないでしょう。かれらの清らかな姿は、私にこういうことを考えさせる、自己は〔、〕どんなにたくさんの自己でないものから成り立っているか、ほんとうに内的なものを知った人の目には、どれほど莫大なものが外的なものと映るか、それが〔、〕おそらく魂という〔、〕ことばの意味だ、と。神は人類から隠されているかどうか〔、〕わからない。併〔しか〕し〔、〕私の魂が私に隠れて存する事を疑う事が出来ぬ。富とか権力とかいう外的証拠を信用しない〔、〕という事なら、そんなに難かしい事ではないだろうが、知識も正義も、いや愛や平和さえ、外的証拠に支えられている限り、一切信用する事が出来ない〔、〕という処まで行く事は、何〔な〕んと難かしい業だろう。

 

この時点(昭和二十五年→1950年)で、小林秀雄は数えの49歳に当たっている。そこから数えて、講義までが24年、講演までが26年、と単純に見積もると、はたして彼の中で「魂」という語は、どのような使い方の違いを見せているのであろう。それとも、見せていないのであろう。僕自身は、つい半年前に前掲の一文を引用しながら、そこに「魂について」という表題を付したことさえ、うっかり忘れていたような始末であるが、それにも拘らず、依然として「魂について」の興味や関心は、僕の中に持続しているらしく、それを「霊魂について」と改めて、僕は君に再提出をしたような格好になっている。まあ、それを本当は、英語の spirit やドイツ語の Geist や、さらに遡って、ラテン語の anima やギリシア語の psukhe(→psyche)へと、繋げることが叶えば最高なのであるけれども。

ただし、このような「息」(いき=生)や「命」(いのち=生霊)に由来する、一連の「霊魂」(=霊+魂)用語と並んで、僕個人は同時に、例えば英語の soul やドイツ語の Seele と結び付く形で、人間の......それどころか、生きとし生ける、すべての物(もの=者+鬼)の「霊魂」が「海」(うみ→産)や「水」(みづ→満)と連なり合い、関わり合う、それこそ、あの泉鏡花(いずみ・きょうか)張りの「霊魂」用語の連関にも、深く心を惹かれる側である。そして、そのような側に言わせれば、さしずめ小林秀雄や柳田國男(やなぎた・くにお)の語る「おばあさん」の「蠟石」の話など、まったく「当り前の事だ」と評さざるをえないし、そのことを今回も、これで今年は最後のブログになるであろうから、その挨拶(アイサツ)方々、君に伝えようと願った訳である。よい、お年を。

 

柳田さんの淡々たる物の言い方は、言ってみれば、生活の苦労なんて、誰だってやっている、特に、これを尊重する事はない、当り前の事だ。おばあさんの魂の存在も、特に〔、〕これをとり上げて論ずるまでもない、当り前のことだ、そう言われているように思われ、私には大変〔、〕面白く感じられた。自分が確かに経験したことは、まさに確かに経験した事だという、経験を尊重する〔、〕しっかりした態度を現したものです。〔中略〕例えば、諸君は、死んだ〔、〕おばあさんを〔、〕なつかしく思い出すことがあるでしょう。その時、諸君の心に、おばあさんの魂は何処からか、諸君のところに〔、〕やって来るではないか。それが昔の人が〔、〕しかと体験していた事です。それは生活の苦労と同じくらい彼等には平凡なことで、又〔、〕同じように、真実なことだった。それが信じられなければ、柳田さんの学問は〔、〕なかったのです。

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