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精神について(承前)――「教養」の来た道(351) 天野雅郎

昔話を続ける。たしか大学に入って、それほど時間の経っていない頃、友人の一人がヤスパース(Karl Jaspers,1883-1969)の『精神病理学総論』を持ち歩き、これを読んでいる(らしい)のを見て、いささかショック(😨)を受けたのを憶えている。もちろん、ヤスパースは前回、君に紹介しておいた、あのハイデガーと並び称される、20世紀のドイツを代表する哲学者であるけれども、もともと、その学問のスタート地点は精神病理学であった。また、その際の彼の主著と評して構わないのが、この『精神病理学総論』であり、これは当時、岩波書店から4人の翻訳者(内村祐介・西丸四方・島崎敏樹・岡田敬藏)の名で、あわせて3巻本(上・中・下)として出版されていたものであり、それぞれ昭和二十八年(1953年)と昭和三十年(1955年)と昭和三十一年(1956年)の刊行である。

とは言っても、この本(Allgemeine Psychopathologie)自体はヤスパースの、実は処女作であって、すでに1913年、日本の年号に直せば、大正二年に出版されている。が、それに大幅な筆が加わり、ページ数も倍以上となり、改訂版(と言うよりも、最終版)が刊行されるのは戦後、まだ間もない1946年(昭和二十一年)のことであった。すなわち、それが日本で翻訳され、昭和二十八年以降......と言えば、それは前年に日本の独立が回復し、これ見よがしに「テレビ」(→力道山!)が姿を見せ、沖縄に「基地」が造られ、日本人女性が「ミス・ユニバース」に入賞するような、まさに戦後経済の高度成長(→「もはや戦後ではない」)の時期に当たっている。そして、これまた前回、君に報告を済ませた、あの「精神衛生法」が施行されるのも、この直前(昭和二十五年→1950年)であった。

ところで、このようにして先刻来、僕はヤスパース、ヤスパースと繰り返しているけれども、この『精神病理学総論』における表記は「ヤスペルス」であって、この時期、理想社からの翻訳には「ヤスパース」が、創元社からの翻訳には「ヤスパアス」が、それぞれ用いられている。多分、これが「ヤスパース」に落ち着くのは1960年代であろうが、僕個人は1970年代(中盤)の大学生であったし、当時、僕自身が一番、興味を惹かれたのは彼の「自伝的作品」と銘打って、以文社から出ていた『運命と意志』(1972年)であったから、やっぱり「ヤスパース」かな。でも、これがハイデガーになると、はたして「ハイデガー」か「ハイデッガー」かは微妙な所で、まあ、これを「ハイデッゲル」と表記するほど、僕は古風ではないけれども、これが一種の「世代」感覚であることは疑いがない。

ともあれ、その『精神病理学総論』の話である。まず、この本を友人が携えていたことに対して、なぜ僕がショックを受けたのか、という話であるが、これは単純に、僕が高校生と大学生との間の歴然とした差に気づかされた、という事態を指し示している。であるから、とりたてて、この友人、この本という話では、まったく無いのであるけれども、たまたま大学生になった当初、僕の周囲には一浪、二浪、三浪の、いわゆる浪人生が溢れており、その数は現役生を、ひょっとすると凌ぐほどであったのかも知れない。その意味において、僕も実は歴(れき→れっき)とした、わずか三月の浪人生であったが、やはり一年も二年も、ましてや三年も浪人生を続けている連中には、その貫禄と言おうか、風格と言おうか、やはり三月前まで高校生であった身には、驚かされることが多かった次第。

その最たるものが、今回、君に話を聴いて貰(もら)っている、このような読書量や、おかしな言い方にはなるけれども、その質(読書質?)であった訳である。もちろん、これは高校生の時分、意外や意外、ほとんど僕が本を読まなかったことへの、報(むくい=酬)であるのは致し方ないが、それを差し引いても、おそらくヤスパースの『精神病理学総論』を手に取って、そのページを難しい顔で捲(めく)っている、そのような高校生は当時、僕の周囲を見回す限り、見つけることが出来なかったに違いない。いわんや、その表題をや。ちなみに、この『精神病理学総論』というタイトルを、まったく僕は初見であったし、前回も君に報告した通り、せいぜい僕が「精神」という語で想い起こすことが叶うのは、精神統一とか精神集中とか、この類の運動部風(?)の表現に過ぎなかった。

後は、このようにして低い、精神年齢であろうか。したがって、それまで「精神」という語は僕にとって、どこか肉体的(physical=物質的)なイメージを伴っていたのであり――と言い出すと、いかにも矛盾に満ちた言い回しのようであるけれども、そもそも「精神」とは江戸時代の、おそらく儒学経由で僕にまで伝わっていた、それこそ「精神一倒、何事か成らざらん」の「精神」なのであって、それは先刻、述べたように、実は「精神」の側にではなく、むしろ肉体や身体や、それどころか、それは物体の側に属する表現でもありえたのではなかろうか。それと言うのも、この語は当時、僕の時代小説かぶれの頭には、ほとんど、あの快川紹喜(カイセン・ジョウキ)の「心頭(シントウ)を滅却(メッキャク)すれば、火も自(おの)ずから涼し」と、似たり寄ったりなのであったから。

いやはや、このようにして振り返ると、ごく単純に「精神」を、そのまま肉体や身体や物体や、要するに、これらに共通する体(からだ)と対比させ、それを例えば『日本国語大辞典』(2006年、小学館)に並べられているような、以下のごとき語釈で説明するのも片手落ちなのではあるまいか......と感じられてくる。その点も踏まえて、どうか君の一読を願いたい。――「① 心。また、心の働き。肉体に対し、形而上的な働きをする実体としての心。② 物質的なものを超越した霊妙な実在。たましい。霊魂。③ 物事に執着する気持。目的を達成しようとする心の働き。気力。根気。④ 生気の〔、〕あふれる状態」。ちなみに、これらの用例には、例外的に①を除けば、すべて中世以降のものが挙げられ、わずかに①だけが、中国では『荘子』を、日本では『万葉集』を、その典拠としている。

さて、そろそろ紙幅も尽きてきたので、この話は次回、また別の形で引き継がざるをえないが、どうやら僕自身は結果的に、このような時代と、その「精神的雰囲気」の中で、まさしくヘーゲルの、その名の通りの『精神現象学』を読んでいたことになるのであり、そのことを顧みると、かなり自分の読書体験自体が、これまで自覚していたものとは違った意味や、異なる色彩を帯びてくるから面白い。とは言っても、当時、そのこと自体が僕の目には、まったく見えていなかった訳でもあるから、ご多分に漏れず、僕はヘーゲルの『精神現象学』を、もっぱら「精神」に結び付け、これを「心」や「たましい」や「霊魂」として捉え、やれ「世界精神」だ、やれ「絶対精神」だ......と、よく分かりもしない理屈を捏(こ)ね、口角(コウカク)泡を飛ばす風であったとしたら、お恥ずかしい限り。

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