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気分について(承前)――「教養」の来た道(354) 天野雅郎

僕が大学生であった頃(すなわち、1970年代中盤)には、ハイデガー(と言うよりも、ハイデッガー)の『存在と時間』を読もうとしたら、それは岩波文庫版(桑木勉訳)しか選択肢のないのが、ほとんど実情であった。それと言うのも、この文庫本が全3冊(上・中・下)で昭和三十五年(1960年)以降に出版されてから、それが出版され終わる、ちょうど3年後(昭和三十八年→1963年)と、その翌年には理想社の「ハイデッガー選集」版が全2巻(第16巻・第17巻)で、また、それから8年後(昭和四十六年→1971年)には中央公論社の「世界の名著」版(原佑・渡邊二郎訳)も、それぞれ刊行されていたけれども、当時、貧乏学生であった僕には値段の安い、岩波文庫版を買い求めるのが関の山であった。......とは言っても、それは全3冊であるから、それ相応の値段になるけれども。

ちなみに、この当時は勁草書房から、詩人(!)の松尾啓吉(まつお・けいきち)訳が全2巻(上・下)で出ていて、その頃、頻りに付き合いのあった先輩の一人は、飲み会の席であったか、それとも素面(しらふ=白面)であったか、よく憶えていないが、この松尾啓吉訳が最も優れている――と、いかにも照れ臭そうに評していたことは、よく憶えている。が、この手のハイデガー研究者とは違い、僕のように片手間で『存在と時間』のページを捲(めく)ることしか、なしえなかった側には、この翻訳は結局、その存在は知っていても、手を出さないままに月日ばかりが経ってしまった次第。と嘆いていたら、つい先日、たまたま本屋をウロウロしていた所、この翻訳の新装版が何と、刊行時(1960年・1966年)から50年ばかりを隔てて本棚に並んでいるのを見て、文字どおりに感無量。

でも、やっぱり(......^^;)買わなかったのである。それどころか、手を伸ばすことも、しなかったような為体(ていたらく)であって、この類の行動は君には、なかなか理解して貰(もら)えないのかも知れないが、そもそも本と人との付き合いには、人と人との付き合いにも似て、その時、その時の旬(シュン→漢音、ジュン→呉音)としか呼びえない何かが、確実に存在しているのである。したがって、そのような旬を過ぎ、外れた折に人と人とが出会い、人と本とが出会った時には、そこに焼棒杭(やけぼっくい)に火が付いても構わない程度の、覚悟は必要なのではないか知らん、と僕は考えていて、その分、同じようにして『存在と時間』の本邦初訳である、寺島實仁(てらしま・じつにん)訳(三笠書房、全2巻)も僕は、まだ一度として、そのページを繙いたことがないのである。

振り返れば、これが昭和十四年(1939年)と、その翌年の出版であるから、この時点から数えて、実に80年の長きに亘って、この国にはハイデガーの『存在と時間』の翻訳が存在していることになる。おまけに、これに平成二十五年(2013年)には同じ年に、作品社版(高田珠樹訳)と岩波文庫の新版(熊野純彦訳)が全4冊で付け加わったし、それから、さらに前回、前々回と別の形で君に紹介している、中山元(なかやま・げん)訳の光文社古典新訳文庫版も現在、刊行中であるので、ひょっとすると世界中に、このような国は存在していないのかも知れないね。ついでに、と言っては恐縮であるが、これまた学生時代の僕が、文字どおりに恐れ、身が縮んでしまい、そのまま我が家(=天野図書館)の書架に眠り続けている、河出書房の「世界の大思想」版(辻村公一訳)もあった訳である。

こちらは、ちょうど僕が大学生になった年(昭和四十九年→1974年)に、コンパクトな廉価版が出たので、よく憶えているが、もともと昭和四十二年(1967年)に出版されたものであったし、やがて平成九年(1997年)には創文社から、あらためて「ハイデッガー全集」の第2巻(ハルトムート・ブフナー共訳)として刊行されるに至っている。表題は、いずれも『有と時』である。そして――と書き継いで、これで最後であるから、もう少しの辛抱を君には願うしかないが、前回、僕が引用しておいた、ちくま学芸文庫版(細谷貞雄訳)がある。こちらは、すでに先刻、君に紹介した、理想社の「ハイデッガー選集」版に基づいたものであり、平成六年(1994年)に全2冊で出版されているけれども、後者の方の共訳者(亀井裕・船橋弘)の名が、前者から抜け落ちている事情は詳らかでない。

さて、このようにして『存在と時間』の邦訳の歴史を振り返ると、それだけでも、つくづく日本人は翻訳(translation=越境移動)が好きだな、と感じざるをえないし、このような嗜好性(志向性?)が明治時代以降、日本(と言うよりも、大日本帝国!)という国を作り、要するに、日本人と日本語を産み出し続けて、今に至っていることも歴然としている。もし君が、このような事態に興味があるのなら、てっとりばやく文庫や新書で読めるものとして、丸山眞男(まるやま・まさお)と加藤周一(かとう・しゅういち)の対談(『翻訳と日本の近代』1998年、岩波新書)か、同じ岩波新書の、柳父章(やなぶ・あきら)の『翻訳語成立事情』(1982年)か、あるいは川村二郎(かわむら・じろう)と池内紀(いけうち・おさむ)の『翻訳の日本語』(2000年、中公文庫)あたりを、どうぞ。

ただし、よく考えてみれば、このような事態は明治時代以前にも、えんえん日本人が繰り返してきた、それこそ「日本」の誕生以来の、この国の運命(Schicksal=宿縁)でもあった訳であり、そのことを想い起こすと、例えば僕自身は『存在と時間』の「訳者後記」で細谷貞雄(ほそや・さだお)が述べている、まさに筆舌に尽くし難い「翻訳技術」の苦労や、わざわざ彼が「翻訳者」として「昭和三十七年の夏にハイデッガーをフライブルク郊外の自宅に訪問」し、この「物静かで謙虚な思想家が何時間にもわたって実に厳粛な態度で三十年前の自著の文字を再検討してくれた態度」を振り返っている件(くだり)を目にすると、本当に、自然に頭が下がるし、そのような中から『存在と時間』の「運命」の一節(第74節)も訳し上げられたのか思うと、またもや感無量と言わざるをえない。

 

現存在〔すなわち、人間〕は覚悟性〔Entschlossenheit〕において〔、〕おのれ自身へと立ち帰って来る。その覚悟性は、本来的実存の〔、〕そのつどの事実的可能性を開示する〔erschließen〕。そして〔、〕それは〔、〕これらの可能性を、それが被投的覚悟性として〔、〕みずから引きうける遺産〔Erbe〕のなかから開示するのである。覚悟をもって被投性〔Geworfenheit〕へ立ち帰って来ることのなかには、伝えられて来た可能性を〔、〕みずから伝承する〔überliefern〕ということが含まれている。もっとも、そのさい〔、〕それらの可能性が伝来のものとして理解されている必要はない。すべての《善きもの》が相続遺産であるとすれば、そして〔、〕それの《善さ》が、本来的実存を可能にすることにあるのだとすれば、遺産の継承は〔、〕そのつど覚悟性のなかで、成り立つものなのである。

 

と言った辺りで、そろそろ紙幅も尽きてきたのであるが、もう「気分について」の話は今回限りで、お仕舞いにしようかな、と僕は考えている。ただし、この話は元来、君も知っての通り、その前の「スポーツ気分」論から始まっていた訳であり、その際、この語を使いながら、僕が扱おうとしていたのは、実は中井正一(なかい・まさかず)の「スポーツ気分の構造」であって、そこで彼がハイデガーを援用しつつ、論じていたテーマであった。この一文は、かつて昭和八年(1933年)に発表されたものであり、もう今から86年も昔のものであるけれども、この一文を始めとして、僕には中井正一の取り上げているテーマが、とても現代的(コンテンポラリー)なものに感じられて、仕方がない。君も気が向いたら、岩波文庫の『中井正一評論集』(1995年)で、お目通しを願えると有り難い。

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