ホームメッセージ浪漫派音楽論(第二話)――「教養」の来た道(76) 天野雅郎

メッセージ
メッセージ

浪漫派音楽論(第二話)――「教養」の来た道(76) 天野雅郎

君や僕が日本語で、割と簡単に読むことの出来る......と言ったのは、内容が簡単という意味ではなく、入手が簡単という意味であるが、ローベルト・シューマンの伝記は数が少ない。今、僕自身は授業(「音楽文化論」)の副読本で使っている、音楽之友社の「作曲家◎人と作品シリーズ」(The Great Composers : Life and Works)の中の一冊(藤本一子『シューマン』2008年)以外に、同時進行で二冊の「シューマン伝」を読んでいるけれども、このような伝記(biography)が単に個人の生涯や、その事跡の記録に留まらず、むしろ人間一般の、広く生命(bio←ギリシア語:bios)の記録に繋がっており、その意味において、それは一種の生物学(biology)でもあるからこそ、君や僕は、これまでも伝記を読んできたのであり、また、これからも伝記を読まなくてはならないのではなかろうか。

とは言っても、ひょっとすると君は内心、伝記を小馬鹿にしており、伝記を子供の読み物と、決め付けたりしてはいないであろうか。現在、多くの日本人が伝記と出会うのは、おそらく小学生の時分であって、多分、君も僕も、そのようにして伝記と付き合い始めたのであろうから、いささか伝記には子供っぽい、子供じみた印象が付き纏(まと)っていても、致し方のない面はある。でも、もともと伝記は年齢的に言えば、多くの場合、成年に達した、立派な大人(おとな=乙名)の生涯を書き記したものであり、その点で言えば、これを読むべき、最適の立場は成人(いわゆる、アダルト)のはずである。裏を返せば、そのような伝記を子供に宛がい、子供を「読者」に仕立て上げ、そのような「読書」の役割を子供に押し付けているのは、どのような成人(adult=成熟者)なのであろうか?

と言い出すと、それは意地の悪~い見方をすれば、もう自分の人生には変化(change=物々交換!)の生じないことを前提にして、日々、肯定的(positive=積極的)にしても否定的(negative=消極的)にしても、代映(かわりばえ)のしない人生を送っている、自称「大人」なのではなかろうか。――まあ、どのような時代にも「大人」とは、そのような諦念(テイネン)によって生産され、再生産を繰り返すものでは、あろうけれども、ひょっとすると君が最近、そのような「大人」の仲間入りをしそうで(^^;)不安なのであれば、以下の本を読むことを勧めたい。いずれも、たまたま「新潮選書」の中の一冊で、それぞれ続編も出版されていて、言ってみれば、ちょっと意味合いの違う「大人のための偉人伝」(それとも、大人になるための偉人伝)であり、その「生き方の研究」である。

① 森本哲郎『生き方の研究』(1987年)

② 同上『続・生き方の研究』(1989年)

③ 木原武一『大人のための偉人伝』(1989年)

④ 同上『続・大人のための偉人伝』(1991年)

さて、このような序文(preface=前口上)で、今回も僕は君に、ローベルト・シューマンの伝記(生物学?)について、話を続けよう。なお、僕が目下、彼の伝記として読んでいるのは、まず一冊目に、かつて音楽之友社から「ファブリ・カラー版・大作曲家の世界」(全六巻)として刊行された、その第三巻(『ロマン派の旗手』1990年)の中の「ローベルト・シューマン」(著者:ピエロ・ラッタリーノ、訳者:蓑田洋子)である。また、これと並んで二冊目に、その名も「ショパン」から「大作曲家シリーズ」として出版され、何と、その第一巻(!)に宛がわれている『シューマン(SCHUMANN)』(1996年)に、僕は目下、目を通しており、こちらは著者がアラン・ウォーカーであるのに対して、訳者は横溝亮一であり、付録として、訳者の「私のシューマン遍歴」という小冊子も添えられている。

と言うことは、この双方の伝記において、前者のイタリアでも、後者のイギリスでも、まさしくシューマンは「大作曲家」として扱われている訳である。そして、そのこと自体は、ことさら私たちの国においても事情は変わらない......と言えば、言えないことはないし、実際、僕が今、授業で使っている副読本も、その名の通りに「大作曲家」(The Great Composers)の生涯と作品を紹介した本であり、宣伝文句に従えば、それは「すべての音楽ファンに贈る伝記シリーズの決定版」であり、かつ「必携の決定版評伝シリーズ」であるけれども、例えば、これらの「大作曲家」シリーズにおいて等しく取り上げられている、あのショパンに比べると、かなりシューマンの認知度は低く、少なくとも、この両者の一般的な人気の高低には各段の差があるかのように感じられるのは、何故なのであろう。

もちろん、そのような一般的な認知度や、いわゆる「人気」(popularity=大衆性・通俗性)を、とやかく言っても、致し方のないことであるし、そもそも、そのような大衆性や通俗性とは違う、切り離された所に、シューマンにしてもショパンにしても、身を置いていたことは確かであるし、身を置かざるをえなかったことも、疑いがない。が、それにも拘らず、彼らが最終的に「大作曲家」として扱われるのは、ほかならぬ18世紀の後半以降に姿を見せた、まさしく近代市民革命を経た、近代市民社会の渦中であり、そこには大衆的で通俗的な音楽以外の、どのような音楽も成り立ちえない、過酷な現実が待ち構えている。逆に、そのような過酷な現実に対して、束の間の、徒花(あだばな)を咲かせたのが「ロマン派」であり「ロマン主義音楽」である、と言い換えることも可能であろうか。

ともかく、そのような現実主義(realism→実益主義、実学主義、実際主義、実在主義、実質主義、実利主義......)の真直中(まっただなか)に、あえて可憐(カレン)な、憐(あわれ=哀)む可(べ)き花を開き、結果的に、実(み=身)を結ぼうとしながらも、実を結びえないままにハラハラと散っていったのが、シューマンやショパンや、あるいは、メンデルスゾーンやリストの音楽である、と僕は思うけれども、君自身は、どのように思うかな? ちなみに、ここで白川静(しらかわ・しずか)の『字訓』(1987年、平凡社)を引くと、そこには憐(音読→レン、訓読→あわれむ)という字が、もともと「人を磔殺(たくさつ)した〔、〕その屍体から燐光を発する形」である、と書かれている。――嗚呼(ああ)これだからこそ、白川静の辞書を引くことは僕にとって、無上の喜びなのである。

ところで、このような点において僕個人は、かつて「ロマン派」を「浪漫派」と表記した、夏目漱石(なつめ・そうせき)の気分(feeling=触覚)が、分からないではない、という感じがする。なぜなら、この「浪漫派」という当て字を文字どおりに、そのまま受け取れば、そこには漫々(マンマン)として、果てしなく連なる浪(なみ=波)と、その浪が、やがて幾つもの派(音読→ハ、訓読→わかれる)に、つぎつぎ枝分かれをしていく様が、イメージされるからである。そして、それにも拘らず、その背後には大きな、一つの水の溜まり場(すなわち、海)があり、その溜り場から、絶えず浪は新しく、大小の起伏を伴いつつ、時には激しく、時には緩やかに、生まれ続けていく次第。そのように考えると、どうやら「浪漫派」の精神は、その余波(なごり)にも、留められているらしい。

教養の森に関するお問い合わせはこちらまで 和歌山大学学生センター 学務課

| 所在地:〒640-8510 和歌山県和歌山市栄谷930 | 電話番号:073-457-7130 |

Copyright ©2012 - 2017 Wakayama University