ホームメッセージDiamond Cut Diamond ――「教養」の来た道(14) 天野雅郎

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Diamond Cut Diamond ――「教養」の来た道(14) 天野雅郎

前回、虚虚実実という語を引き合いに出した際、最初から気になっていたことではあるが、この語を外国語――例えば、英語(English)に翻訳すると、いったい何という言い方をするのであろうか? もちろん、ある特定の言語の背後には、その言語を産み出したり、借り受けたり、場合によっては無理矢理、押し付けられたりした集団(すなわち、社会)と、その集団の歴史(ヒストリー)が控えているし、それに伴って、その集団を取り纏(まと)め、取り繕(つくろ)うための言語も、いわゆる共時的(synchronic)な言語と通時的(diachronic)な言語が、複雑に絡まり合っている。なおかつ、その言語を使用して、お互いの生活や人生や、世界観や価値観の溝を埋めようとするのは、いわゆる個人(individual=非分割態)であるから、いよいよ話は厄介(やっかい)である。

と嘆いた時点で、すでに今回、僕は言語という語を何回も……厳密に言えば6回(!)も、しつこく使い、君に話をし始めているけれども、例えば君は、この言語という語を普段、使う機会が多い方であろうか、それとも、少ない方であろうか?と訊いたのは、僕自身が実は、ほとんど日常的に言語という語を口に出さない側であり、場所柄によっては致し方なく、この語を口に出すことがあっても、通例は言語ではなく、より柔らかい「ことば」という語を使い、これに「言葉」や「詞」や「辞」という漢字を宛がいつつ、時には言(こと)と事(こと)とを重ね合わせながら、あれこれ頭を捻(ひね)っているのが通常であり、その所為(せい)か、このような形で普段、口に出すことの少ない語を口に出し、君に話をしようとすると、困ったことに、僕は疲れてしまうのである。

もっとも、このような疲れは僕の、個人的な疲れではないらしく、例えば今回も『日本国語大辞典』(2006年、小学館)で言語の項を引くと、そこには「人間の思想や感情、意思などを表現したり、互いに伝えあったりするための、音声による伝達体系。また、その体系によって伝達する行為。それを文字で写したもののこともいう」とあって、この説明文を君は、きっと納得してくれるに違いないし、そもそも言語には大きく、音声言語と文字言語と、さらに身振言語の区別があることも、この説明文からは汲み取れるから、言語という語と付き合う上で、このような区別も君が弁(わきま)えておいてくれると、僕は嬉しい。が、その後に続く『日本国語大辞典』の説明文を、君は理解できるかな? ――「ことば。げんぎょ。ごんご。最近では手話による伝達体系をも含めることがある」。

無論、君が冒頭の「ことば」から、さっそく躓(つまづ)くことはないであろうし、そのような時には格言(「躓く石も縁の端」)の一つでも、想い起こして欲しい限りであるが、そもそも君は僕とは違って、この21世紀を生きる、文字通りの若者であるから、この説明文の中の「手話」(sign language)が、いわゆる聴覚障害者にとっては固有の言語であり、それどころか、それが独自の文化(deaf culture)であることを、充分に理解しているはずである。何しろ、この点については国連の条約(「障害者の権利に関する条約」)にも、すでに記載済みであったから。ただし、このような考え方はアメリカで、言語学者のウィリアム・ストーキー(William Stokoe)が『手話の構造』(1960年)を出版し、はじめて主張したものであり、それが20世紀の後半を通じて、徐々に世界に普及することで、ようやく認められるに至った考え方であることを、君は知っていたであろうか?

問題は、そのような「手話」(サイン・ランゲージ)と、冒頭の「ことば」との間に置かれている、何とも怪しい、正体不明の「げんぎょ」と「ごんご」であるが、少し頭を捻れば、君にも察しが付くのは「ごんご」の方であり、これは例えば「言語道断」や「言語に(を)絶する」といった形で、現在でも私たちが使おうと思えば使うことのできる、漢字の読み方である。そして、この読み方が実は、この言語という語を私たちの国が中国から輸入して、はじめて用い出した頃から、今に至るまで伝わっている、いちばん古い漢字の読み方(すなわち、呉音)であり、これが文字通りに中国の呉の国から、私たちの国に渡来したものなのか、それとも朝鮮半島経由で渡来したものなのか、はっきりしてはいないけれども、その起源を遡ると、中国の南方に辿り着く点は確かであろう。

これに対して、主として遣唐使や留学生が中国から持ち帰り、私たちの国に広まった漢字の読み方(すなわち、漢音)が、言語という語の場合には「げんぎょ」であり、これは唐の都の長安(現在の、西安)の周辺で用いられていた、中国の北方の漢字の読み方である。したがって、このような「げんぎょ」と「ごんご」の間には、ほぼ300年から400年に及ぶ、時代のズレがあったことになるし、より新しい「げんぎょ」の方が力を得て、文字通りの「正音」と呼ばれ、もっぱら政治用語や法律用語や学術用語に宛がわれることになると、それ以前の漢字の読み方は哀れにも、誤(ゴ)音と蔑まれる呉(ゴ)音の地位にまで、転げ落ちてしまった次第である。……辛いよねえ、いくら時代が変わっても、とかく外国語に頼らなくては、二進(ニッチ)も三進(サッチ)も行かない国は。

このようにして振り返ると、もともと言語という語は私たちの国で、呉音の「ごんご」か、漢音の「げんぎょ」か、いずれにしても、この二種類の読み方で使われ続け、この二種類の読み方が消滅しないまま、並行して用いられてきたことになる。裏を返せば、この二種類の読み方とは違った読み方――すなわち、他ならぬ「げんご」が第三の読み方として、何とミレニアム(千年紀)の時を隔てて、私たちの前には登場したことになる。しかも、その読み方は漢音の「げん」と呉音の「ご」を番(つがい)にして、産み出された、あたかもモザイク(mosaic)のごとき、キメラ(chimera)のごとき存在であり、このような怪物(モンスター)が姿を見せるのは、ふたたび『日本国語大辞典』の助けを借りると、どうやら明治7年(1874年)、湯浅忠良の『公益熟字典』のようである。

さて、そろそろ紙幅も尽きてきたので、今回も最後に太宰治の話題を引き継いで、次回への橋渡しをしておくと、例えば彼の遺稿の『グッド・バイ』を英語に翻訳して、これにGood-byeという名を宛がうのは容易であろうし、彼の処女作の『思ひ出』にMemoriesという英語名を当て嵌めるのも、無難ではあろう。けれども、それでは『津軽』には何という英語名を当て嵌めれば、結果的に私たちは納得し、満足することができるであろうか?多分、何も無い。と言うよりも、それはTsugaruしか無い。とすれば、そのような行為が翻訳(translation)として成り立ちうるためには、その越境(trans)移動(lation)の困難に際して、いったい私たちは何を必要としているのであろうか? 少なくとも、それは虚虚実実をdiamond cut diamondと置き換えて、それで事が足りる類の話ではない。

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