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「教養の森」を旅する人に 天野雅郎

和歌山大学の「教養教育」を一言で表現するとすれば、それは「人間になるための教育(the art of being a human)」という言い回しが最適であろう。実際、この言い回しは本学の「行動宣言」の冒頭の文中にも書き記されており、そのまま「教養教育」の言い換 えとして用いられている。――もっとも、この言い回しが一見、ある種の奇異な感じを私たちに与え兼ねないことも確かである。それと言うのも、そもそも人間 は最初から人間であり、この世に生を受けた瞬間から、すでに人間は人間として、人間以外の何ものでもない状態を保持している、と私たちは考えているからで ある。

ところが、そのような状態を放置すれば、私たちは歩くことは疎(おろ)か、立ち上がることも出来ず、寝返りの一つすら打てない、言ってみれば、こ の世界で最も脆弱な、無力極まりない存在であることも、私たちは知っている。具体的に言えば、わざわざ私たちが飲み物や食べ物を口に運ばれ、その一つ一つ の行為に対して、泣いたり笑ったりすることを繰り返しながら、やがて片言に近い言葉を発し、人間としての行動や意志表示を始めることができるようになるた めには、結果的に私たちが多くの人に取り巻かれ、狼に育てられた少年や少女とは違う境遇に置かれているからに他ならない。

そのような境遇の別名は、さしあたり「幸運」や「幸福」以外の何ものでもないが、それを私たちは「教育」という、文字通りに人が人を教え、育てる 行為として理解することも可能であろう。なぜなら、その行為によって人は、はじめて服に腕を通す嬉しさや、柔らかい蒲団に身を横たえる喜びや、共に食卓を 囲み、温かい食事に舌鼓を打ち、とりとめのない会話に興じる楽しみを、手に入れることができるからである。その意味において、むしろ人間は「人間になる」 ことを学び、習い、そこから次第に、やがて「人間である」ことを発見する存在である、と言い換えても構わない。

和歌山大学が、その「行動宣言」の最初に掲げる「人間になるための教育」とは、このような人間の自己形成のプロセスへの、応援と祝福のメッセージ であることを銘記したい。裏を返せば、そのような人間の自己形成が順調に捗らず、私たちが「人間になるための教育」を身に付けることができなければ、たち まち私たちは非人間的(inhuman)な状態に陥り、誰かが誰かを騙したり、傷つけたり、他人のものを奪ったりする、無慈悲や不人情が私たちの周囲には 蔓延するであろうし、私たちの心には必然的に、冷淡な思いや残酷な行為が兆すであろうことも、忘れられてはならない。

事実、私たちが生きている時代(「21世紀」)の背後には、そのような非人間的な出来事が次々と起こり、それは人間と人間の間に夥しい、差別の網 の目を張り巡らし、支配と搾取の関係を築き上げ、その挙句(あげく)には世界全体を巻き込んだ、人類史上最大の、最悪のカタストロフィー(「世界戦争」) にまで発展していったことは記憶に新しい。――仮に、それを私たちが直接に体験していなくとも、この想い出は鮮明であらざるをえない。また、その惨劇の余 韻は現在でも、私たちの耳から遠ざかることはないし、より錯綜した姿で、無気味な音を鳴り響かせているのが実情である。

そのような「21世紀」において、はたして大学教育は、どのような役割を果たすべきものであろうか。和歌山大学は、その役割を「専門教育」と「教 養教育」に二分し、それぞれを「専門家になるための教育(the art of being a professional)」と「人間になるための教育(the art of being a human)」として位置付けている。そして、それは「21世紀」という、この混迷の時代に際して、そもそも私たちが専門家であり、人間的(human) であることには、どのような価値があり、どのような責任が伴われるべきであるのか、この問いに対して、真摯に向かい合うことへの意志表示である。

そこで、和歌山大学では今年度より、新たに「教養教育」の立て直しを図り、その取り組みを継続し、確固たるものにするための第一歩を踏み出そうと している。具体的に言えば、これまでの本学の教養科目を再編し、そのイメージを本学の母胎(「木の国」)に相応しい、文字通りの「教養の森」として明確化 すると共に、そもそも和歌山大学が主張し、提言しようとする「教養教育」とは何なのか、どのようなメッセージを含み持つものなのか、それを世界に向けて、 また何よりも、それを本学で学び、やがて世界に羽ばたくことになる若者に向けて、発信しようとしている。

その手始めとして、この「授業計画(シラバス)」を世に送ろう。ここには和歌山大学が、従来の大学教育には存在しなかった、教養教育専門のゼミ ナールを設け、それを大学の内外に開放することを筆頭にして、広く「21世紀」を見渡す目と、深く本学の風土的条件(「わかやま」)に根を張った、新しい 「教養教育」の体現者を産み出すための見取り図と、何よりも、その熱意が書き込まれている。そして、それは今、この「授業計画(シラバス)」を手に取り、 そのページを捲り始めようとしている若者の、一人一人に向けた、まさしく「教養の森」の旅人への誘(いざな)いである。

(初出:授業計画、2012年4月)

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