2013年12月

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スタッフ日記

2013年12月

「南紀熊野観光塾」第7回塾講演 〜外国人から見た南紀熊野〜

平成25年12月17日(火)、県立情報交流センターBig・Uで「南紀熊野観光塾」第7回塾講演〜外国人から見た南紀熊野〜を実施しました。

今回の塾講演は、山田桂一郎塾長と観光学部の出口先生、そして田辺市熊野ツーリズムビューロープロモーション事業部長のブラッドトウル氏をゲストに招いて開催しました。

ブラッド氏はカナダの出身で1999年〜2002年の間は、本宮町で英語の教師を務めていました。その後、帰国しますが2006年に田辺市熊野ツーリズムビューローで働くこととなり再び田辺に来られました。

そんなブラッド氏にまず、外国人の視点で南紀熊野の魅力、課題、そしてツーリズムビューローの取組みについて話して頂きました。

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外国人にとって南紀熊野の魅力は、日本の文化を体験しながらもアクティブに旅が楽しめ、道中では伝統的な宿に泊まることができ、田舎の食べ物や和食を体験できることだそうです。また、一番の魅力は「現地の優しい人との出会い」。熊野古道では、一緒に歩くことやゆっくり過ごす場所があることで、出会う人との時間を楽しめることは熊野の大きな魅力で、それが一番思い出に残ると話されていました。

課題としてあげられたのは「案内看板」です。日本語は外国人にはまったく分からないもので、ローマ字を入れると少し分かるようになりますが、ローマ字表記だけで問題が解決するわけではありません。例えば「登山口」を「tozanguchi」と表記しては、結局意味は伝わりません。意味が分かるように、何を翻訳し何をそのまま残してローマ字表記にするかの区別をして、案内看板はいまも少しずつ改善している最中だそうです。

もう一つの課題は「バスの時刻表」。これも日本語表記だけで外国人には分からないので、独自に外国人向けのバスの時刻表を作ったそうです。でも、バスの時刻が変更するたびに、かなりの作業を擁して大変だと話されていました。

このような外国人に伝わるように看板表記の変更するなどの取組みの他に、ツーリズムビューローでは宿泊関係者や交通関係者、観光案内所のスタッフ、観光協会のスタッフ、田辺市役所観光担当者、熊野本宮大社(神職・巫女)のみなさんと延べ60回のワークショップを実施して、外国人観光客を受入れるにあたり、何が不安か?何が課題か?どのように受入れるか?などを議論を重ねてきたそうです。

また、新たな活動として「熊野トラベル」を立ち上げ「着地型エージェント」を担っています。外国人観光客は一つの窓口で予約し、支払いも一つの窓口できるようにして利便性の向上を図っています。この取組みは、日本で初めて世界旅行ツーリズム協会「明日へのツーリズム賞」最終選考にノミネートされたそうです。

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ブラッド氏にこのようなお話をして頂いたあと、塾生は5つのグループに分かれて、「訪日外国人客に対して、皆さんが出来る事は何?」という課題を、外国人の視点で考え、受入側はどうする?外国人が南紀熊野へ来る必然性に繋がるか?何のためか?それは有効か?本当に実践できるか?を議論しました。

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 各グループでは、「南方熊楠が守った森や、岩や滝などの自然物を祀っている神社、お寺と神社が隣り合った神仏習合の場所の案内」や「古道歩き。こんにゃく作りや豆腐作り、藍染め、紙漉き体験」、「無人島にシーカヤックで行き釣り体験」など自分たちが提供できることを話されたり、英語の資料の作成やガイドさんが英会話を学べる機会を作るなどの外国人観光客を迎える準備について議論されていました。

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最後に塾長が

「できること」を一緒に考え、自分たちの地域をどうするのかを話し合うことで具体的な案が生まれてくる。それが大事で絵に描いた餅にするのではなく実践していく。次回の塾ではグループワークが中心となるので、さらに時間をかけて追究していきましょう。

と総括して、203年最後の観光塾は閉会しました。

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紀州郷土学フィールドワーク <南紀熊野ジオサイト見学・学習会>

平成25年12月1日(日)、和歌山県の南紀熊野ジオパーク活動調査研究事業の一環として、紀州郷土学フィールドワーク<南紀熊野ジオサイト見学・学習会>を実施しました。

前期に「紀州郷土学A」を担当した教育学部の久富先生、此松先生、観光学部の中串先生が講師を務めて、紀州郷土学受講生やジオに関心のある方と共に、スタッフ含めて36名でジオサイトの候補地を見学しました。

まず一行が向かった場所は、白浜町の「志原海岸」ここでは砂岩と泥岩が交互に積み重なった地層を見ることができました。砂岩と泥岩の浸食の早さの相違によって、表面に凹凸ができるそうです。

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次に向かった場所は、串本町にある「さらし首層」この岩がさらし首のように見えるから、さらし首層と呼ばれています。海底の崖が崩れたことによって砂岩と泥岩の混じった岩ができ、浸食で泥岩部分が崩れて砂岩が残ったものが、このさらし首層だそうです。この丸い岩は転がっているのではなく、下の地層とつながっているそうです。

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この次は串本町の橋杭岩に行きました。橋杭岩はこのように岩が直線上に並んでいます。泥岩の地層に割れ目から吹き出たマグマ(火成岩)が固まった後、浸食により泥岩が削られて火成岩が残ったのだそうです。弘法大師と天邪鬼が、串本から向かいの大島まで橋をかけることができるかどうか賭けをし、弘法大師が天邪鬼に騙され途中までしか作れなかったという伝説がありますが、実は海底で大島まで続いているそうです。

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この後、串本海中公園で昼食をとってから一行はすさみ町の江須崎へ。江須崎は太平洋に突き出した周囲約2キロの陸繋島で、亜熱帯植物200余種が自生しています。小さな陸繋島であることと、神社の境内であることでこれまで開発などに曝されず、豊かな自然環境が残ったようです。

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 次に上富田町の救馬渓観音に行きました。ここは一枚の大きな岩と寺院が一体となっています。このように岩の凹みを利用して仏様が安置されています。救馬渓の名は愛馬が生き返ったことに感激した小栗判官が名付けたと言われています。この場所が昔は海の底だったと聞き、地球の活動の壮大さを感じました。

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最後に行った場所は、白浜町の円月島。白浜町の有名な観光スポットですが、円月島は礫岩の層でできており、風化・浸食の作用を受けやすいので将来的には崩れてしまう可能性もあるそうです。いつまでもこのまま在ってほしいなと思いますが、地球の活動には逆らえないでしょうか。

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この後Big・Uに戻り、先生方に今日見学した場所をさらに詳しく解説して頂いてから、紀州郷土学フィールドワーク <南紀熊野ジオサイト見学・学習会>を終了しました。

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