今回の狙い 1. 満月の写真を貼ったのりパネを見せ、うさぎなどの絵をさがしてもらう。 いつも見ているつもりの月を、もっと意識して見てもらうようになってもらおう、 というための動機になってほしい。 また、ちょっと見方をかえるといろいろなものが「見えて」くることを 経験してもらいたい。 2. 「せいめいのれきし」の読み聞かせで、自然の歴史の壮大さに触れてもらう。 3. 質問の時間を取り、できるだけ園児と話し合いたい。 4. のりパネに10分、読み聞かせに10分、質問に10分を考えていた。 ほぼこの時間配分通りに進めることができた。 のりパネでは、ある程度強い印象を与えることができたと感じた。 読み聞かせは、大人数では全員によく見えるような工夫が必要と感じた。 質問の時間では、もっと質問者との会話をすべきだったと反省している。 たくさんの質問を引き出す、質問に答えながら場全体に話を返す、ということは ある程度達成できた。 00:00 嶋田さん、「うちゅうのおはなし」の前振り 3,4,5歳児の数十人(人数を後日確認)、保育士数人が、2階の広場に集まって いる。フローリングの床に、体育座りをしている。 講師側から見て、左側に5歳児、中程に4歳児、右側に3歳児のようだ。 男女約半々、みんな顔色よく、おめめぱっちり。 天気は晴、風弱く、やさしい感じの光が、大きな窓から部屋に入っている。 木目調で、すっきりしたきれいな部屋。 窓の外は閑静な住宅街。街の騒音はほとんど聞こえない。 てんもんがくしゃって、どんな人? → 宇宙を見ている人。宇宙を守っている人。宇宙を勉強している人。賢い人。 「賢い」という言葉を子どもが肯定的な意味で、よく使うとは富田の予想外。 先の附属小学校での参観授業でも「賢くなりたい人」という呼びかけがあった。 「勉強」や「賢い」という語が頻繁に出てくる。 男の人だと思う?女の人だと思う? 絵を描いてもらっていたが、見るのを忘れてしまった。 → どちらにも手があがる(男の方がやや多い)。 てんもんがくしゃ(科学者)の印象がしっかり作られる以前だろうが、 女性という予想が多かったのは意外。向井千秋宇宙飛行士の影響か。 とみたせんせー、と呼びかけてくれる。 03:00 拍手を頂きながら、富田が部屋に入る。 おはようございます。子どもの挨拶は元気。 富田は風邪気味だったので、声が少々枯れていた。 しかしマイクなどは使わずに話をすることはできた。 「おはようございます。」 「おはようございます。」 「はい、富田といいます。よろしくおねがいします。」 「よろしくおねがいします。」 右手の人差し指を立て、胸の前に持ってきて指を上に向けながら話すのは、 院生の時のゼミ発表の時についた癖。そのまま。 「はい、今日は宇宙のお話。たくさんあるんだけれど、今日はまず、お月さんの話 をしたいと思います。」 お月さんという語を聞いて、子どもはよく反応し、ざわつく。 富田は満月ののりパネを掲げて、話を続けようとする。 のりパネは注目させるにはいい材料だったようだ。 地球や、という声が飛ぶ。「お月さん。」と富田が返す。 丸いものを見て、地球という語が帰ってくるのも、絵本やテレビ映像の影響か。 「たくさんあるけどね、今日はお月さんの話、1回目です。」 「これは満月ですけど、まず、満月見たことある人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 はーい、という元気な声とともに、ほぼすべての子どもの手があがる。 年齢に関係ないようだ。 「はい、ありがとう。」 ここで「テレビで見た。」という声があがる。「それはいいねぇ。」 テレビで見るのは本当の自然観察ではないが、子どもを囲む自然な環境の中で、 月や地球の映像があふれていることをあらためて認識。 「じぇあねぇ、お月さんにうさぎがいる、って聞いたことがある人。」 はーい、と元気な声。年齢の上の子どもの方が素早く手があがる。 あれこれ、聞いた話、知っている話を聞かせたがる。 殺到するので聞き取れない。 聞き取れないので、各人に対応できないが、別に子どもはふてくされない。 「じゃあねぇ、この写真の中でどこにうさぎさんがいるか、わかりますかねぇ。」 2,3人、手をあげて、示そうとする。え〜っとという感じの声があちこちから出る。 うさぎがいるという伝説は聞いたことがあっても、絵の中にうさぎが見える、 というのは意外な展開だったようだ。これは大人に対してもそうだろう。 3歳児からも指差しが何人も出ている。 「今日はね、月の写真の中にうさぎさんとかにさんを見つけてもらいましょう。」 展開が意外だったのか、ちょっと静まり返る。 一番前の女の子が、「上がかに」などと、いろいろ主張する。 「かにのはさみ」という声も飛んでくる。かにといえば、はさみという印象が 強いのだろう。 「じゃね、まずうさぎさんからいこう。」 05:00 「じゃね、誰か代表出てきてもらって、ここがうさぎというのをみんなに 紹介してもらいたいと思います。」 「よし、ここがうさぎ、と紹介してくれる人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 数人手をあげてくれる。年齢に関係なく手があがる。 「一番先に手をあげてくれた、そこの元気な女の子。」と指名。 まわりのみんなに祝福(?)されながら、機嫌良く前に出てきてくれる。 この時,前に座っている人をかき分けるのではなく、横に出て前に行くという 行儀の良さに富田は驚いた。 拍手をしている男の子もいた。 女の子が前に出てきてくれる。 自信なさそうに、ある部分を示す。 うさぎの胴体部分あたりを指す。 「ここ?」と富田が確かめる。「近くに来るとうさぎが見えないみたいだねぇ。」 と富田が場をつなぐ。 「目、見える。」と声が飛ぶ。 うさぎと関係なく、何かが「目」に見えたのだろう。 女の子は別段恥ずかしそうにせず、子どもたちの方を時々見ながら、冷静に 周りを観察(?)している。富田は、うさぎの探し出しには別の子どもも呼び出そうと 考えた。 「誰か助けてあげよう。」 「どこが、うさぎや。」 話したがっている元気なこどもが数人いる。 正面前にいる、女の子を指名。 前に出てきてくれて、うさぎの耳のあたりを指す。 先に出てきてくれていた女の子は横で待っている。 富田はこのあたりで、こちらからうさぎを紹介する方がいいと判断。 「今から、ここにうさぎがいる、と。」 見えない、という声が飛ぶ。 2人の女の子に席に戻ってもらうことにする。「ありがとう、いいところを さがしてくれた。」「いまからみんなでうさぎを見よう。」 「だいたいいい答え、ありがとうございます。」 「わかれへんかった。」という声も聞こえてきた。 「わかれへんね。うさぎがいるように見えて、どこがうさぎかといわれれば、 ちょっと考えますね。」 「今から、ここにうさぎがいる、と話しますから、もういっぺん、その話を 聞いた後でね。」 「うさぎさんは、ここにいます。」 といいながら、富田がのりパネの「うさぎ」を手で囲みながら示す。 「え〜?」という声がいくつか上がる。 みんな注目してくれているが、1回ではわからないようだ。 富田はのりパネを回転させる(南が上になるように)。 「これがうさぎの顔。」 「あっ、わかった。」という元気な声が飛ぶ。 「これがうさぎの耳。」 「わかった〜」という声が続く。 「わかった? わかった人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 子どもみんなから元気な挙手がある。 「これ、うさぎさんの体、ね。」 「うさぎさんの顔、うさぎさんの耳。」 「わかった」という声があちこちから聞こえるが、富田は少々不安だったので、 「まだちょっと分からない、という人いるかな?」と聞く。 これで「分からない」としっかり返事をする人が多いとは思わなかったが、 念のため。 何人か、分かりにくそうにしていることは感じられる。 会場に、すっきりしないという感情の声がただよう。 「そうやな、今日はうさぎさんのぬいぐるみをもってくればよかった。」 と富田が後悔つぶやきをする。 「そこにうさぎのぬいぐるみがありますね。」 と部屋の後ろの棚の中に入っていた、うさぎのぬいぐるみの耳と思われるものを 発見。富田が指差す。 子どもはみんな中腰になって、そのぬいぐるみを一斉に見る。 保育士の方がうさぎのぬいぐるみを持ってきて下さる。 保育士の方がうさぎを持って下さり、その横にのりパネの「うさぎ」を並べる。 幸い、ちょうどよい大きさ。 富田がのりパネのうさぎを手で囲みながら、うさぎを見比べるよう、 子どもに促す。 子どもからは、分かった時の肯定的な気分の声が流れてくる。 「わかった人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 ほぼ全員から手があがる。 「つきにうさぎさんはいる。」「はい、ありがとう。」 保育士の方にうさぎのぬいぐるみを持って帰ってもらう。 「はい、これでうさぎは終わり。」 少々騒がしくなる。その時、富田は右手の手のひらを子どもの方に向けて 場を抑えようとする。この仕草は和歌山大学で講義を持ってからついた癖。 「よし、じゃ、いいかな。次は...」 「かに、かに。」と先に声が飛ぶ。 「かに、いこう。」 こういうだけで、すでに何人かから手があがる。3歳児からも手があがる。 「よし、じゃ、そのの男の子。」と指名。 指名された男の子、周りの注目。あんたです、といわれたりしている。 ちょっとはずかにそうにしているようだ。 手をあげてはみたが、指名されるとまでは思っていなかったのかも。 のりパネを下に置くと「見えへん。」と声が飛ぶ。 時々、声にこたえて、上に(顔の高さに)持ち上げる。 別の人の指名をする雰囲気をただよわせると、特に前の方に座っている子どもから たくさん手があがる。 「はい、じゃ、また後でききましょうかね。」 と先に指名した男の子にお詫びを入れて、 「じゃ、どなたにしようかな。じゃ。」 年の若い男の子を指名。 すぐに前に出てきてくれる。 これ、と「かにの目」あたりを指差す。 「これだけ?」と富田は促してみる。 「もっとこっちや。」と会場から声も飛んでくる。 「ここだね」と確かめて、男の子にありがとうと声をかけて戻ってもらう。 「はい!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 大きな声とともに、たくさん手があがる。 「はい」と年の上の女の子を指名。 前に出てきてくれ、まずのりパネを90度回転させ、「うさぎ」の部分を 出て囲みながらかにと主張。 さっきうさぎさんだったけれど、と富田が話すが、ここがかにという 主張は変わらない(うん、とうなずく)。席に戻ってもらう。 たくさんの「はい、はい」があり、とにかく指名。 「いろんなかにさんがいるんだけれど...」と富田は話しながら、 話してもらいやすいような雰囲気に努める。 女の子が前に出てきて、「かにの甲羅」の部分を手で囲む。 「全部?」と富田が確認。「正解や」と会場から声が出る。 みんなかにを事前に知っていたとは思えないので、 かには見つけやすかったのだろう。 「みんなよくしっているねぇ。」 場所を手で指し示すこと、みんなに分かるように説明することは、 案外難しいようだ。 なかよし保育園でもこれは苦労した点。 この進行の方法は、何か一工夫必要だ。 「じゃね、いまからどこにかにがいるか。」 もしかすると、かにのぬいぐるみもあるか、と富田は周りを見回してみる。 「さすがに、かにさんは、さすがに...ない。」 「もってくればよかったな。」 「家で蟹を食べたことがある人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 「じゃ、かにさん。」 といって、富田がのりパネの上のかにを手でかこみながら示す。 「ここが、かにのこうら。」 「このふたつが、かにの目玉。」 「ほんまやー」と声が飛んでくる。 「かにのはさみ。」 「かにって、ふたつはさみがあるんだけど、こっちがわのはさみだけ 立派なんや。こっちがわはね、ちょっと恥ずかしそうにしている。」 「だけど、ここにからだがあって...」 この後、目の部分をもう一度指しながら、子どもの方に顔を向けると、 「目、目、目」と声が飛んでくる。 「そうそう、目が上に出ている。」 「わかった〜」という声も返ってくる。 「わかった?」肯定的な返事が多くなってくることに、富田も安心。 「かにのこうら、目、はさみ。」 「はい、かにが全部、見えた人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 元気な声で、「はーい」と手があがる。 若い子どもからもちゃんと手があがる。 「これ、全部がかにでした。」 月の模様がいろいろに見えることを単純に紹介したかったのだが、うさぎが かにに「化ける」ことは言っていないことを伝えておいた方がよかったか? うさぎが、かにのはさみにもなっていたが、両者に関係はない。 もっとも、関係あるかないか、今回 「このお月さんは、満月なんだけれど、満月が見えている日と、見えていない日があります。次はお正月に満月が見えます。」 「お正月はもちを食べますが、お正月になったら、 うさぎとかにを見つけて下さい。」 ここで弱々しく「はい」という声が聞こえる。 もちろん、絶対探してくれ宿題だ、という意図はなく、話の流れでそう言っただけ だが、「はい」という返事まで返ってきて、富田はややびっくり。 「いままで、お月さんが空に出ていても、うさぎさんやかにを見たことはないと、 思いますけどね。」 「見たことある。」と抗議めいた返事も返ってくる。ほほえましい。 これに触発されて、「あるー」という大きな声が部屋を満たす。 「よっしゃ、お正月は、もう一回、うさぎとかにを見つけてみましょうね。」 実はこのあたり、のどが結構いたくなってしまった。 「みんな目はいいよね。」 この発言をしたあと、はっとしてしまった。 中には目を患っている子どもがいたかもしれない。 もちろん、目がよくなくても月は十分楽しめる。 「ETに乗って見た。」→映画の影響か? 「おれ、目ぇはえぇで。」などと反応してくれる子どももいる。 「よっしゃ、任しとく。」 「もういっぺん、いくで。」 「うさぎさん。これ、うさぎさんね。」 「うん。」「おぼえといてな。」 「全部が、かに。」 全部がかにさん、や、かにさん、と一緒に発言してくれる子どももいる。 「うん、はさみはこっちだけ。」 「ちょっとそれは、それはまけといたって。」 「はさみかうさぎか...」 「そうそうそう、はさみのときもあるし、うさぎのときもある。」 「すごいうさぎやね。」→富田の意味不明発言。 「これだけ見ると、うさぎさん。」 「全部見たら、かにさんのはさみ。」 「はい、うさぎとかに、分かった人!」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 みんなから手があがるが、 ちょっと疲れてきたか(マンネリか)、声に少々元気なし。 「はい、ありがとうね。」 「お正月の時は、うさぎさん、かにさん、ぜひ、見て下さいね。」 元気のよい「はい」がいくつか返ってくる。 13:55 ここで富田は時間を見、開始から11分程度経過したことを確認。 のりパネは10分程度、最大で15分を考えていたので、ちょうどやめる時。 「じゃ、お月さんの話は、まだたくさんあるんだけれど、今日はこれくらいに して、また次来た時に続きをします。」 「この写真は...」と言い始めて、園長先生や保育士の方々に、 置いていっていいか、確認(置いていきたい)。 「家に持って帰ってもいい?」という声。 「これは大変やぁ。」大きいので大変だろう、といいたかった。 裏側がちょっと見えた時に、 「後ろに!」と声。 裏返し、「後ろにも、書いてあるよ」と返事。 今回の満月画像は、公開天文台ネットワーク(PAONET)から取得したもの。 著作権は国立天文台にある。使用に当たって、画像の一部だけの使用や、 改変はよくないので、元画像の全体をA4サイズで印字して、裏に貼ってある。 14:35 かばんから「せいめいのれきし」を取り出す。  せいめいのれきし  バージニア・リー・バートン 文・え  いしい ももこ やく  地球上にせいめいがうまれたときからいままでのおはなし  岩波書店  1964年12月15日 第1刷発行、2004年3月5日 第55刷発行  ISBN 4-00-110551-9、定価本体1600円  縦、横、背中の厚さ、約24cm、約26cm、約1cm  本文部分77ページ、ハードカバー表紙、黄色を基調としたデザインの表紙  オリジナル:Life Story by Virginia Lee Burton (1962, USA) 富田はまたのどが痛くなったので、ここでお茶を一杯いただくことに。 小さな椅子をお借りし、前に置いた。 富田は最近目が近いので、眼鏡をかけた。 「眼鏡かけた〜」と声が飛んでくる。 会場が楽しくざわついている。 一番前の子に、簡易「スペシューム光線」攻撃をする。 富田が場つなぎで時々やる仕草。 子どもは「せいめいの...」とすでに題をしゃべってくれる。 読んだことがあるのかな。それとも、事前に予告があって知っていたのかな。 富田は本の表紙を持ち、胸の高さに掲げ、みんなに題字が見えるように見せる。 「いまから、読んでいきます。」 「この本の題は、なんでしょうか。」 「はい、みなさんで、せいの!」 「せいめいの、れきし。」 「はい、ありがとう。じゃ、せいめいのれきし、ね。」 「みんなも、人間で、生きています。私も生きています、ね。」 「それから、まちのいろんないきものもあるんだけれど、みんな...」 「死んだ人もおる!」と声が出る。 「死んだ人もいるし、生きてくる人もいて、みんな、子ども産んで、 赤ちゃん産んで、ちゃんと親がいる。」 「順番に、子ども産んで、子ども産んで、子ども産んで、みんながいる。 そういう話が書いてある絵本。」 「すごく長いお話なんで、今日は最初のいくつかのお話だけをして、 続く、でいきますね。」 「この絵本、読んだことがある人、います?」 といって、富田が右手を挙げ、子どもの挙手を促す。 あまり手があがらない。 「いません。」「一人だけおる。」 「よっしゃ、わかった、わかった。」 「じゃ、今からゆっくり読んでいくので、一緒に前で絵を見て下さい。」 「この絵本は、この保育園にありますから、好きになったら、 先生にお願いして、いつでも読んでもらって下さい。」 「いいですか、じゃ、せいめいのれきし、ね。」 17:05 表紙をめくる。まっくろの紙になっている。 「暗ぁ」と声。「まっくろけ」と小さい声で答える。 続いて題字の書いてあるページへ。 椅子に座ると全体に見えにくいだろうから、結局立ってお話。 全体に見えやすくするのは難しい。 「ちょっと見えにくい人」 と尋ねると、すぐ前に座っている数人から手があがる。 あちこちから、少々不満の声があがってくる。 「近すぎる?」と、すぐ前の人に聞き、少し下がってみる。l ここはこれで切り上げることとして、絵が本当に見えないか、 本文中の絵で聞いていることにした。 「よっしゃ、あのね...」 「この、星がいっぱい写っている絵、ちょっと見えにくい人!」 何人か、手を上げたそうにしているが、もうこんなもんか、という雰囲気が 場を支配してくる。 「いけますか?」「いけるね」 「今日は最初の何ページかだけです。絵を見て下さいね。」 「えぇと、こう立ってお話ししましょうかね。」 と富田は保育士の方々の顔色をうかがう。 「座ると、少し、後ろの人が見えにくいですね。」 「せいめいのれきし、ですから、生き物がうまれて、 みなさんがうまれるまでのれきし。 だけども、今日はいきものが生まれる前の話をします。」 「これは不思議やね。最初は誰もいなかった。」 「神様が作ってくれた。」 というかわいらしい声が返ってくる。 「いいこたえ、そう、神様の時代のお話を、きょうは、やります。」 「ここに、ちょっと見えにくいだけれど、男の人が立って、 話をしています。 私は今日は、この人になったつもりで、話をします。」 「ね、じゃ、いきます。」 19:05 [プロローグ 1ば] 考えられないほど大昔、太陽がうまれました。 そしてこの太陽は、何億、何兆という星の集り である、銀河系とよばれる星雲のなかの、ひとつの星です。  このあたりから、きょろきょろして落ち着きなくなる子どもが数人でてくる。 そしてまた、この銀河系は、宇宙とよばれる、ひろいひろい空間を、 おそろしい勢いで、ぐるぐるまわっている、何億、何兆もの星雲のひとつです。  「むずかしいはなしやな。えー。」と富田が一呼吸入れながら、  場の様子をうかがう。とりあえず、大丈夫と観察。 わたしたちの太陽は、これらの星のなかで、一ばん大きくもなく、 一ばん小さくもありませんが、わたしたちにとっては一ばん たいじだ -- というわけは、太陽の光と熱がなかったら、 この地球では、何もいきていけないのです。  「ね、この部屋からは直接見えないけれど、あの、お日さん、  難しいことはで太陽といいますけれど、この太陽は、あるとき、  生まれたのです。いま、その話をしました。  はい、じゃ、次いくよ。」 [プロローグ 2ば]  「はい、生まれた太陽。ね。」 わたしたちの地球は、何 億年、何十億年もの昔、うまれました。 [太陽の家族にあたる、九つの惑星のひとつで、]→この部分読み落とし 太陽からかぞえて、三ばんめの場所をしめています。 地球は、なかまのなかで、一ばん大きくもなく、一ばん 小さくもありませんが、わたしたちには一ばんだいじな惑星です。  このあたりから、少々落ち着きがなくなる。 ここに わたしたちはすんでいるからです。地球は、地軸を中心にして、 24時間でひとまわりします。これが一日です。そして、 365日かかって、太陽をひとまわりします。 こうして、わたしたちは時をはかります。  「ね、生まれたての太陽ね。生まれた時から太陽は明るく、  こんな感じ。」    場を見渡した時、この調子での読み聞かせが長い時間かけられない、  と判断。 [プロローグ 3ば]  「じゃ、次、きょうの最後、いきましょか(次で最後にすることにした)。」   「さ、すごい絵や。  これは、生まれた時の地球の絵。  だから、みんなといっしょで、太陽も地球も、生まれたんですよ。  最後のページ、いくで。」 何億、何十億年の昔、わたしたちの地球は、 まっかにもえた火のたまでした。  ここで一呼吸。ひのたま、という声が返ってくる。 そのまわりを、 もうもうとしたちりと、うずまくガスが、とりまいていました。 そして、地球は、1分間に1,760キロ、1時間に105,600キロ のはやさで、太陽のまわりの空間を、ぐるぐる、まわっていました。  この数値は、地球の太陽の周りの公転の速度で、現在も同じ値を取っている。  ここでは、大きな数値という印象を与えることが目的ではないか、  つまり天文学的数値を見せる、ということが目的なのでしょう。 月がどうしてうまれたか、それについては、いろいろ、さまざまな説があります。 ある人は、地球がぐるぐるまわっているまに、一部がはなれてできたといいます。 ある人は、はじめから、べつに小さな球があったのだといいます。 けれど、だれも、はっきりはしりません。みていた人は、いないのです。  だって、だれもおらんもん。という声。これはいい推定です。  「だれもいなかったから分からない。  でも、きっとこうだっただろう。ね。」 それはとにかく、月はひと月に一どのわりで、地球をひとまわりします。 はっきりいうと、29日と1/2日かかります。  2分の1という語は難しすぎると思い、とっさに「半分」と言い換えたが、  やはり2分の1としゃべるべきだったかもしれない。 「はい、今日はこれくらいにしとこう。この先、たくさんある。 えぇ、絵だけちょっと見てもらうと、ね、こんなふうに...」 恐竜の時代、と声がでる。 「そそ... 火山が噴火していたり..」 マンモス、と声が出る。 「マンモスがいたり、人間が出てきて、畑を耕して、冬になったり、 ね、最後は一日の流れで夜になったり。 部屋ね。ちょうどここまで。そういう長〜い、長い絵本です。 今言ったように、太陽が生まれて、地球が生まれて、みんなにいくまでに すごい時間がかかっています。 で、ページ数がたくさん...」 もっとよんで、という女の子の声。 「はい、ありがとう。」 その絵本、な、勉強になんな。という男の子の声。 その場一同、笑いに包まれる。 本の提示方法について: やはり、数十人同時に絵本の読み聞かせは、普通にやるのでは難しい。 なかよし保育園では10人程度を相手に行っている風景を普通に見る。 それと同じやり方では難しい。 前に座っている、積極的な子どもには見づらかったようだ。 この絵本はどちらかといえば大きなサイズであったが、 後ろの方に座っている子どもには絵本が小さすぎたようだ。 絵本のページをスキャンしてプロジェクター投影という手もあるが、 これでは絵本の装丁など、だいじなところの情報が落ちるばかりか、 このような絵本読み聞かせは、著作権に触れる可能性さえある。 実写投影機があればよいが、高価な上、扱いが簡単でないかもしれない。 絵本のページをめくり、また絵の部分を拡大したビデオ画像を 事前に準備し、それを前に投影し、横に立って手元で絵本を読みつつ、 前を向いて子どもに話しかける、というのはどうだろうか。 全員が絵をしっかり見ることができる。 絵本の装丁をある程度保持しつつ見せることができる。 現有の機器で対応することができる。 せっかく幻想的な絵が描かれいるので、絵がしっかり見えないと、 この絵本の場合、読み聞かせがもったいない。 今回の場合、2ページ目ですでに子どもの興味が薄れてしまっていた。 25:40 「すごく長いので、続きは、また来た時にお話しします。 楽しみにしといてね。いっぱいあるよ。」 「はい、じゃ、絵本はこれくらいにしよう。」 「今日はお月さんで、うさぎさん、かにさん、見てもらって、 ちょっと絵本の話をしました。」 「で、せっかくなんで、みんなから質問があったら、 何でも聞きたいと思います。」 「じゃ、そこの女の子、質問は何ですか。」 そこの女の子、という指名の仕方に問題はないか。 「ロケットはどこから発射しているんですか。」 質問の際は丁寧語、ということをちゃんと知っており、また丁寧語としても 正しい話し方を知っている。4歳児だろうか。 「ロケットはどこで発射しているか。かな、はい。」 質問を受けたら、質問内容を復唱することにしている。これは一般の講演の際に 身につけた方法。他の聴衆に質問内容を知らせ、質問を場で共有させるため、 質問者に、質問をちゃんと受けたことを知らせるため、講演者が質問回答を 考える時間を稼ぎ、精神的余裕を生むため、以上3点の理由からである。 「そうやな、今日はロケットをもってくればよかったな。」 「本当は、もってるんやけどな。」 もちろん本物のロケットは無理。模型でも、というつもりだったが、 実際は模型も持っていない。これは単なる時間稼ぎ。 すぐにどういう答えをするか、考えつかなかったので、わざと驚くような 答えをしてみる。 「ロケットは... おもちゃじゃなくて、本当のロケットは、 なんばの駅にあります。」 「なんば行ったこと、あるひと... ちょっと遠いな...」 ある〜、という大きな声が飛ぶ。 よく考えると、南大阪線の終着駅は難波ではなかった。 「わかった、じゃ、遠足の時に先生に、な。」 「ロケットは、日本から打ち上げています。」 小さく、えぇ、という声が出る。 「テレビで見たことがある。」 「見たことある?』 「ちょっと遠いところや。この保育園の近くからは、電車で行くよりもっと 遠いところや。」 「新幹線!」「新幹線は通ってないところや」 「歩いていったら無理?」 「歩いていったことある? それはすごいな。 下から火を噴くので、近くで飛ばすと火事になって危ない。 遠いところにありますけれど、テレビでは見れますね。 だから、ロケットは日本の中で打ち上げていますが、 電車や新幹線で行くよりは遠いところで打ち上げています。」 種子島から打ち上げています。 鉄砲伝来からロケットまで、種子島は日本の歴史の中で「火薬」で とても重要な場所だったのです。 質問が来たとき、どうしてそのような質問をもったのか、 だれとの話がきっかけか、なぜ気になるのか、しっかり聞くべきだった。 ここに、子どもの興味の源泉を見ることができたはずだった。 親からの話という返事が多ければ、親の普段の話が大きな世界の入り口ということ を示すことができたし、テレビという答えが多ければ、メディアの影響を あらためて感じることができたはずである。 また、このように質問者に逆に質問することで、質問者-回答者という 一方的な関係ではなく、いっしょに答えを見つけにいくという雰囲気を 作り出すことができたはずである。 「月にも行ってるんですよ。月に行ってます。 あの、ちょっと宣伝すると、来年、日本のロケットが月に行きます。 あとで、先生方に宣伝しますけど、月に行くロケットに みなさんの名前を刻んでもらうことができます。 あとで紹介します。 みんなで月に行くことができます。 ちょっと、あとで先生に聞いてね。」 これは実践後、保育士の方々への宣伝を忘れてしまった。 新聞やテレビだと、アメリカの宣伝に負けてばかりいるが、日本のロケットも 元気、せっかくなので応援しないか、ということを伝えたかった。 ただ、このあたり、富田の(勝手な)熱意が少々空回りして、 子どもの集中力がややとぎれている感じを、ビデオから見ることができる。 「はい、じゃ、次の質問。」 「はい、早かった。」と指名。 よく考えると、手をいち早くあげるのが好きな子どもと そうでない子どもがいる。 このような場では、目立つのが好きな子どもに対応するのは悪くないが、 別の機会に、少し地味な子どもにも対応したい。 何度かの訪問の中で、もっと少人数で座り込みながら一対一のような 感じで話をすることもあるだろう。 そういった時に、おとなしめの子どもにも対応したい。 きっと貯めた質問を一気にぶつけてくれるだろう。 「星は、きれいなんですか。」 「あっ、ありがとう。星はきれいなんですか。」 「きれいと思う人!」 はい、はい、と手があがる。3歳児は4,5歳児の挙手を見て、 さっと手があがる。 「ありがと、ありがと。」 きれい、黄色いろ、という声が返ってくる。 「星はきれいね。 えーとね、あのね、星はきれいなんだけれど。 やっぱりね、あの、そそそ、あんまり夜遅く起きてたらだめよ。 夕方。夕方でも十分星はきれいに見えます。 このあたりは、ね。空もきれいから 星がきれいでいいですね。 えー、はい。またきれいな星をいっしょに見たいですね。 また夜... 夜はちょっとしんどいかな。 また星の話もしに来ますね。」 富田はどう答えていいものか、けっこううろたえている。 場は少々ざわついているが、富田の迷走にいやけがさしたほどではない。 「はい、他に質問ないかな。」 はい、はい、と声があがる。 「はい。」と指名。 もう少し、富田は左右を見渡し、あちこちに気を配っているということを 子どもに分かるようにした方がいいだろう。 最初から指名者が決まっている、という印象を与えかねない。 「隕石はなんで熱いんですか。」 「隕石はなんで熱いか。難しい質問ですねぇ... はい、ありがとう。」 「隕石は... さすがに見たことある人いないと思うけど... 」 ある、ある、と抗議の返事。 このような話し方をすると、このような返事が返ってくる傾向を知っていると、 話の誘導の際に利用できるかも。 まぶしい、という言葉が飛んできたので、 「まぶしい、と思う人!」 3分の2くらいの人から手があがる。 隕石は黒いで、という声も出る。 どこかで隕石について情報を得たのだろう。多くの子どもが何かの発言を することから考えて、テレビ番組の影響かもしれない。近くの科学館などで、 隕石の特別展示でもあったか。 「じゃ、隕石は、熱いと思う人!」 前に座っている子どもの挙手が早く、しばらくして大勢が同調。 3分の2くらいが挙手。 「隕石は、冷たいと思う人!」 それはないだろう、という雰囲気の中、挙手がある。 若い子どもを中心に、やや躊躇しながらも、確信的に数人から挙手がある。 「お、いたねぇ。」 「じゃ、隕石はぬるいと思う人!」 え? と返事がある。 「なまぬるい。」 「あつい、つめたい、ぬるい、な。」 冷たい、という答えが返ってくるとは思わなかったので、 富田はやや驚いた。 ここで咳払い。お茶を頂く。実際のどが痛かった。 「隕石は、落ちてきた時は、熱いです。」 みんな、し〜んとしている。どういう風に考えようか、と考え込んでいる ようにも思える。 「空から落ちてきます。随分長い時間かけて、旅行して、地球に落ちてくるので、 来た時は熱い。多分、触ったらやけどする。」 大気との摩擦、運動エネルギーの変換、という話をまともにするわけにもいかず、 また、よい例え話しをすぐに思いつかなかったので、ここは長旅で熱くなった、 とかわしておこう、という意図がみえみえ。 しかし、なかなか子どもは納得してくれない。 場は、まだし〜んとしています。 「落ちたら、冷えます。だから... しばらくすると、冷たくなります。 だからね、えぇ、今日は持ってきてないだけれど...」 ここで咳払い、お茶。 「隕石という石があるんだけれど。」 話の流れが悪くなったので、子どもも集中力がややなくなり、 うるさい、などと別の子どもに文句を言う声も聞こえてくる。 石、知ってる、とやや元気な返事。 石という語に意識が移ってきたようだ。 「隕石という石。」 石の塊!、と声が出る。 「その石は、触ったら冷たい。でもそれは、冷えたから冷たい。 最初は熱い。だから隕石は最初は熱いです。」 落ちてきてぇ、などと声が飛ぶ。 「落ちてきて、地面に落ちた時は熱い。だけれど、しばらくすると、 冷えて冷たい。」 何で熱い? 「だから、それはねぇ、あの、すごいスピードで地球にやってきたあとだから、 熱い。」 じゃ、グローブでつかんでも... 「グローブでつかんでも熱い。それでも溶ける。すごい。 見たことはないだけれどね。」 溶けるん? 「溶ける。」 ボールは? 「そのボールも溶けてしまう。」 バットでばーんと打ち返したら? 「そうやな、それくらいの力があるように、ちゃんとご飯を食べて 力つけてや。」 「よっしゃ、次隕石が落ちてきたら、バットで打ち返してもらう、と。 ということで決まった。」 わはは、いやや、いやや、と声が出る。 隕石ネタは、結局富田は何を伝えたかったか心に決めないまま、何となく 話が進んでしまい、少々場がだれてしまった。 5歳児の前の方に座っている子どもから積極的な反応があって、何とか持った。 「よし、じゃ、どうしようかな。えぇと、あと、ふたつ。あとふたつ。」 気を取り直して、はい、はい、と元気な声が響く。 「はい、じゃ、声の大きいそこの...」 ちょっと恥ずかしがってしまったかな。 みんなに促されているが、ちょっと気が乗り切らなかったようだ。 「よし、じゃ、誰か助けてあげよう。じゃ、そこの女の子。」 このような時,富田は、助けてあげよう、という言い方で 周りの誰かに助太刀を求めるが、実際はどのような対応がいいのだろうか。 「宇宙は怖いですか。」 「宇宙は怖いですか。はい、ありがとう。そうやな。」 そら、怖いわな、という声が出る。 「怖いと思う人!」 怖くない、という声があるものの、結構手があがる。 年の上の子どもの手がやはり早く、年の若い子どもは、まず年の上の子どもの 挙手を見てから、態度を決めているようだ。 「じゃ、怖くなんかない!」 これも結構手があがる。 「宇宙は、怖い。怖いと思う人!」 もう一度、手をあげてもらうことにした。 「怖くないと思う人!」 はーい、という声も出ながら、元気に手があがる。 「うーん、半々やけれど...」 結構ざわつく。 「宇宙はね、まず、空気がない。空気がなかったら、大変や。」 中に入れたら... と空気を管に持っていくという類いの話をする子どもがいる。 「持っていったらえぇけども、しばらくすると、空気がなくなる。」 「うん、そうそう、持っていってもえぇけれど、そやな、空気は、 やっぱりなかったら大変や。ここはたくさん空気があるけれど。」 でもな、空気入れて... 「そそそ、そういうのんもあるんやけどな。ちょっとやっぱり大変や。」 「やっぱり、星はきれいや。だから、宇宙はえぇとこやけども、 気をつけないかん。な、だから、宇宙は怖いと言った人は、 空気がないから大変やと、よく知ってる。だけど、えぇとこやから、 怖くなんかないというのも大事や。 答えなってるかどうか分かりませんが...」 「よし、じゃ、最後の質問。」 叫び声のような、はーい!が飛ぶ。 あまりに多いので、指名に困る。 「いままで結構女の子を当ててたから、最後男の子いこか。」 「あんな、どんな仕事してるんですか。」 「どんな仕事していますか。はい、ありがとう。」 園長先生の笑い声が入る。 「えぇ質問やな。えぇと、星を見てます。お星さまの研究をしています。」 結構場は静か。 「今日はね、お月さまの..」 え〜、太陽、太陽、と声が飛ぶ。「太陽ね。」 星と聞いて、太陽が出てくるのもよく考えると意外。 昼間は太陽、夜は星、だが、空に見える天体、として同じ概念で認識している のだろうか。今頃子どもの認識に興味がわいてきた。 これでとにかく静かに質問の答えを終えようと思っていたが、 守ってるん? 宇宙? なんか守ってるやつもおんで。 これはびっくりの反応だった。最後はこの反応を利用させてもらうことにした。 「守ってるのはなぁ... 分かった。 守ってるのはやってないから、みんなで守ってもらおう。な。」 え〜、いや。という声。 「今日は何も持ってきてないんや。だから宇宙を守られへんのや。 これは、みんなに守ってもらわんと困るわ。 な、じゃ、宇宙を守るぞ、と約束してくれる人!」 あまり乗り気ではないものの、ほぼみんなが手をあげてくれた。 「よっしゃ、もいっぺんいくで、宇宙を守ると約束してくれる人!」 はいはいはい、と先ほどよりは積極的な挙手。 「よっしゃ、ありがとう。じゃ、これで...」 結構さわぎだす。これで終わり、という雰囲気も感じ取っているのだろう。 「じゃね、またね。今日はこれくらいにして、またみんなと宇宙の話を したいと思います... またやろな。」 「じゃ、えぇと今日は... はい。 37:00 「ありがとうございました。」 ありがとーございましたー、と元気なあいさつ。 この後、井本先生からのまとめのごあいさつ。 また2月、という声が子どもから出る。察知しているのか。 最後、握手をしてみたが、結構反応がよい。これも意外。 38:39 ビデオ終了 仕草や話し方について、富田の反省点: 富田は早口過ぎると言われるが、注意しながら話したので、思った以上の 早口にはならなかった。のどが少々かれていたこともあり、早口になり 過ぎることもできなかったのは、かえって幸いか。 しかし、質問の時間の話し方は早すぎたし、言葉も少々くだけてしまった。 富田の声は通らないと言われ、これもいつも注意している。 のどの調子が悪かったが、幸い30分は持った。 右左に体を揺らせる癖はどの程度気になるか、心配していた。 思った以上に気にならなかったが、もうすこし堂々と立った方がよかったかも しれない。 返答にこまると、そわそわするのはよく分かる。自分で言っていれば世話ない。 手先の仕草で特に問題になる点はなかったと思うが、 なくて七癖とは、よくいったものである。 丁寧語をこころがけた。しかし、思った以上にことばがくだけていた。 月にも行ってるんですよ。月に行ってます。 というところ、 月にも行っているんですよ。月に行っています。 と落ち着いて、しっかり発音すべきだった。 これは最近自覚し、とても気になっている。